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お茶会の相手(レイ視点)

 10歳になるとお茶会デビューが始まる。一年前からクラリスにも多くの招待状が来ていた。

 お茶会。つまり、クラリスが僕以外の人間と一緒。

 い、いやだ。

 もし参加したお茶会で誰かに好かれたら?

 想像だけでぞっとする。今更彼女を他の男に渡してたまるものか。

 早速クラリスに来ていた招待状に断りの返事を入れる。中には求婚を申し込むものもあった。それはクラリスに見せなかった上で脅しの手紙を付け加えて返す。彼女に会ったこともない輩が何を偉そうに。呪われろ。念を入れて王城でも言い含めた。クラリスに手を出したらヤバイという噂は大歓迎だ。

 伯爵家以下は却下、兄弟に男がいる奴も却下。イシャーウッド家主催にして、少ない人数でなら……うー、それでもいやだ。

 イシャーウッド家の使用人よりも働いたと思う。イシャーウッド家の家令から

「レイモンド様……私達がいたしますからそこまでは……」

 とやんわり止められたが六年以上独占してきたのだ、何が悪いと僕は譲らなかった。


 クラリスには忙しそうね、と心配される。

「でも最近レイがよく遊びに来てくれて嬉しい」

 とも言ってもらえた。えへへ、頬が緩む。

 使用人はいるがクラリスの私室で親の目がないところで頭を撫で回す。幸せだ。


 クラリスの部屋に初めて入ったのは11歳。彼女は8歳で一人の部屋が与えられた。それまではずっとリビングで会っていた。

 ベージュを基調とした温かそうな部屋。扉を開けるとクラリスの匂いがして内心どきまぎする。

 クラリスは僕が来ると毎回ほっとしたように笑う。

「広いのに人が少ない」

 と寂しそうで、それも可愛かった。結婚したら二人で一緒の部屋にしようかな。

 大きめのソファーは大きすぎるからと斜めにある一人用の小さなソファーにこじんまりと座っていることが多かった。隣にクラリスがいないことが寂しかったので僕は来る度大きめに誘導した。彼女も素直に来てくれた。

 寂しいからと扉は常に全開だ。廊下を通る使用人が皆手を振ってくる。クラリスは嬉しそうに振り返した。可愛い。

 しかし僕と一緒にいる時もちょくちょく来るのは何だ。ソファーの位置変えてもらおうかな。

 二言三言話しかけてくる人もいる。僕がいない時は部屋に入って談笑することもあるそうだ。イシャーウッド家は本当に仲がいい。リビングの時からそうだった。仕事のついでではなくクラリスの相手をするため無駄にやってきていた。

 イシャーウッド公爵に聞けば赤ちゃんの頃かららしい。クラリスの周りには常に大勢の人がいたとのこと。羨ましい。僕も会いたかった。

 彼女が自室で寂しがる気持ちも納得できる。

 今だって、専属のメイドがいないのは全員がクラリスのお世話をしたいから。

 この家の使用人は皆クラリスが大好きで甘やかす。咎める側のイシャーウッド公爵や家令さんが特に甘いのだから仕方がない。

 ただクラリスが最も信頼していたのは彼女に優しくも厳しい母親だ。わがままに育たなかったのはエミリアさんのおかげに違いない。

 僕がクラリスに厳しく……うーん、難しい。


 とにかく、彼女は周りに愛されて穏やかに育った。

 こんなに可愛い彼女を外になんか行かせたくない。

 暑い、寒い、予定が合わない、運勢がダメ、ためにならない、時間の無駄等口八丁手八丁、ありとあらゆる手段を使ってクラリスにお茶会に参加しない同意を得る。

「クラリスだってオーウェンが淹れた紅茶のほうがいいでしょ?」

 それにはよく分からない顔をされた。あれ、クラリスってオーウェンが紅茶に詳しいって知らなかったっけ?

 オーウェンが淹れてくれた紅茶とお茶菓子を口にする。僕が買ってきた物だけれど嫉妬は止まらない。彼女に僕が作った物を食べてもらうのはこれより上手になってからだ。頑張るぞ。

 そう決意して食べているとクラリスは思い出したようににこりと笑う。可愛いな、と和やかな気持ちになったが次の瞬間衝撃的な一言が飛び出た。



「レイはお兄ちゃんみたいね」



 ドゴッと頭に岩が落ちてきたみたいに真っ白になる。


 …………。


 ………………。


 ……………………は、い?


 くくくくくくくくクラリスはぼぼぼぼくのこここことととととをおおおおおおおおに、おに、お兄、ちゃんだとおもおもおも思っっっってててててててて???


 思考などまともに働かない。

 おにいちゃん?

 オニイチャン?

 って何?

 そんな言葉この世の中にあった?


 まさかと思うけど恋愛対象外の言葉?

 クラリスにとって僕は恋愛対象として見られない人間?

 よっぽどひどい顔をしていたのか「大丈夫?」と心配そうな声をかけられたが返事などできなかった。

 やだ、やだやだやだ。

 僕は必ずクラリスと結婚するんだ。彼女に好きになってもらうんだ。両想いになって恋人になってラブラブするんだ。兄になりたくない。

 僕がなりたいのは夫だ。

「っ…………く、クラリス」

「なあに?」

 小首を傾げる姿可愛い。心の中の荒波が沈んでいく。我ながら単純な男である。

「僕、兄はいやだな。もっと特別な関係になりたいんだ」

「特別? レイはもう特別よ?」

 きょとんと真ん丸な瞳を僕に向けてくれるのも可愛いなあ。

「特別、嬉しいよ。でも兄じゃない特別がいいんだ」

「……? お兄ちゃん、いや?」

「いや!」

 そこははっきり答えた。

「そっか。ごめんね」

「謝ることないよ」

 頭を撫でれば大人しく身を任せてくれる。ああ、可愛い。僕の。

 いつか必ず彼女の一番になる。

 聞けば彼女が今読んでいる小説に出てくる「お兄ちゃん」という登場人物が妹のピンチをいろいろ助けるらしく、それが今の僕に似ていると思ったそうだ。せめて名前で言ってほしい、と思ったものの彼女が僕以外の男の名前を言うのはムカつくと思い直した。

 彼女の好みを知り僕のことを意識してくれるためにも恋愛小説を禁止することはなかったけれど、兄弟ものは禁止しようかな。

 彼女はその作品のヒーローより兄のほうが好き、と聞けたからまあ良しとしよう。

 後で彼女にその本を借りて隅々まで読み込んだ。クラリスが好きなタイプを勉強して近付けるように努力するんだ。


 イシャーウッド家の令嬢はお茶会に出たがらないという噂を広めたかったがそれだと嘘になる。僕が嘘を広めたとクラリスに知られて嫌われたくはない。

「レイと一緒は?」

 と言ってくれたもののそれならいつも通り二人きりがいい。邪魔者はいらない。


 ああもう、本当にお茶会なんてさせたくない。


 そんなこんなで断っていたが、僕の頑張りはあの人のたった一言で覆る。

 クラリスがもうすぐ10歳になるという頃、僕もいる場でイシャーウッド公爵がさらっと言葉を放った。

「クィントン伯爵からぜひに、と言われているんだよ。クラリス、どう? 会ってみない?」

 伯爵? 断る。しかしイシャーウッド公爵が前向きな以上僕に妨害できる手立てはない。

 何でも、彼にはクラリスと同い年の娘がいるそうだ。


 ……同い年?


 そうだ、15歳になる年には学園に入る。同い年ならクラリスと同じクラスになる可能性がある。さすがに僕にも授業や仕事があるからクラス内でクラリスを守る役目が必要だ。そのために友人がいるではないか。

 クラリスを他人に任せるなんていやだ。とてもいやだ。断固としていやだがこればかりは仕方がない。

 三年、三年間だけだ。

 お茶会を、開かなければならない。




 *   *   *




 国内のクラリスと同い年の女性を洗い出した。

 彼女と同じクラスになるくらい位の高い人物で、彼女を大切にして守ってくれるような人間。男はいやだから女だ。

 クラリスの笑顔を曇らせる人間を事前に察知して防ぐような賢く力がある女。イシャーウッド公爵に恩がある女ならいい。義理堅い女がいい。

 調べて調べて……一番の候補として出てきたのは、イシャーウッド公爵が言っていたクィントン家の伯爵令嬢ティナ・クィントンだった。

 ……やはり彼はすごい。悔しいことに僕が出した条件に父親の爵位以外全て当てはまっている。

 クィントン伯爵は父上とイシャーウッド公爵のおかげで宰相になったから彼らに恩義がある。そして大事なのは婚約者候補の、陛下の主治医を父に持つパーキンソン公爵家の息子。彼は滅多にお茶会に出ないため味方にできていない男だ。別に僕と直接接点を持つ必要はない。僕が味方にしたいのはクラリスのためなのだから。

 この女がクラリスの味方になれば自然公爵家も味方になる。それは心強い。女とはいえ僕以外の人間と二人きりはいやだったので後何人か見繕いクラリスの初めてのお茶会が開かれた。


「学園で彼女を守るお役目は私にお任せください。この恩は必ずお返しいたします」

 ティナ・クィントンは僕に会った時真っ先にそう告げてきた。

 僕じゃなくて父上だけど、何も言わずともクラリスを守ろうとしてくれるなら願ったり叶ったりだ。

 自分にはただの物体にしか思えないが実際会っても文句のつけようのない人物だった。

 腹が立つなもー。

 僕以外と仲良くしてほしくない。独占したい。けれどクラリスのためを想えば友人は作るべきだ。数年後学園が楽しくないと彼女の笑顔が曇ることのほうがいやだ。


 その後も何回かお茶会を開いた。

 友人と談笑するクラリスは可愛い。可愛いが、僕だけのクラリスだったのに。

 情報が不足していたせいで僕に色目を使ってくる気持ち悪い奴らも何人かいたが即刻闇に葬った。クラリスを守るつもりのない人間はいらない。

 こうなったら厳選してやる。全てにおいてパーフェクトな人間だけしか通さない。クラリスの友人は完璧な人間でないとなれないという噂が広がるくらいには厳しく審査してやる。


 お茶会は毎回庭園で行った。クラリスの私室になど入れてやるものか。あそこは聖域だ。

 そんな私室を使用人なしで二人きりで過ごすことが許可されたのは婚約を申し出る少し前。結構舞い上がった。それでもキスしたりハグしたりはしていない、ただしょっちゅう頭を撫でていた。

 僕が手を伸ばすと嬉しそうに目を細めるクラリスに癒される一方で欲望が募っていく。

 僕以外に親しい相手ができてしまった。

 数年後には学園で更に多くの同年代と接する。その時も僕は彼女の特別でいられるだろうか。


 ねえ、クラリス。

 君が好きな小説の登場人物みたく、君のピンチには必ず助けに行くよ。

 だから、早く僕を好きになって。

 恋人という、唯一無二の特別な存在にして。

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