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結婚できてよかった(ロングハースト公爵視点)

 息子、レイモンドは最初からどこか冷めた子だった。だが一つのものに執着し他には見向きもしないところは幼い頃からあった。

 どんなにおもちゃを買い与えても気に入って毎日遊んでいたのは一つだけ。

 人を差別することはなかったけれど全員に興味を持てなかっただけだと思える。


 5歳の頃イシャーウッド家に行くと告げた時も始めは乗り気ではなかった。ただそこで会った親友の娘のことは殊更気に入ったようだった。

 にこにこと笑う彼女を飽きもせずじっと見つめていて、帰る時間になりそう伝えると鬱陶しそうな目を向けられた。

 キスされた時はびっくりした顔をしていたが帰りの馬車の中で口元は笑んでいた。

 何も言わなかったものの次行くまでいつもよりもそわそわしていたことを思い出す。

 だからこそ、次に会った時その娘に無視されたのは相当ショックだったようだ。

 娘には見せないようにしていたが帰りの馬車では初めて見るほど沈んでいたし、それからは遠慮なく次いつ行くのかと聞いてきた。

 息子は婚約を口にすることはなかった。彼女に好きになってもらえることを望んだ。

 周りの異性と引き離すなどやっていることは可愛くないが彼女本人に対しては誠実だった。


「ね、私の言った通りだったでしょ」

 自室のソファーでレイモンドのことを話していると私の腕に抱きついているヴァネッサがにこりと微笑む。そういえば最初にクラリスを見初めたのは彼女だった。

 ヴァネッサはカイルには嫉妬しているがエミリアのことは大好きだ。カイルの婚約者として我が家に遊びに来た彼女にとても懐いた。

「うちの子とエミリアさんの子が結婚すればいいのに。きっとお似合いよ」

 とクラリスが産まれる前から婚約したがっていたほどである。

 クラリスが産まれたばかりの時会いに行ったのは彼女だけ。クラリスの顔がカイル似でも「性格がエミリアさんに似ればいいわよね!?」と前向きだった。

 ちなみに、最初にその言葉を発したのはカイルだ。同意するヴァネッサに何と答えたらいいものか迷った。

 私の話題とはいえ二人きりで話すこともあるというし、この二人は仲がいいのか悪いのか分からない。

 当時冷めていてクラリスに会わなかったレイモンドは現在も悔しがっている。

「あああああ、僕の大馬鹿者! 0歳から3歳までの生クラリスと会える機会を逃すなんて~~~!!!」

 と叫びながら頭を搔きむしっている姿を時折目にする。

「そうだな。君はすごい」

 反対側の手で頭を撫でれば嬉しそうに目を瞑った。これはキスの催促だ。

 レイモンドの前でもしてしまうことがある。片想いの彼には酷だ、気を付けたほうがいい。


 ヴァネッサはクラリスがエミリアに似て穏やかに成長したことを喜んだ。

「あああ、可愛い。いつ見ても可愛い。私の娘に欲しいわ。レイモンド、がんばるのよ!」

「もちろんです!」

 この二人も口喧嘩することが多いというのに、ここだけは気が合う。

 クラリスは高貴なオーラはそのままに、私に会えばいつでもにこりと親しみやすい笑顔を浮かべてくれた。カイルのいいところを継いで悪いところは受け継がなかったようだ。エミリア似か。

 必ず後ろで睨みつけてくる息子とセットだが、確かに、息子が独占しなければ引く手あまただろう。しかし私とて彼女がお嫁に来てくれたら嬉しい。ヴァネッサもそれを望んでいる。そもそもこの息子が彼女以外と結婚できるか? 反対したら犯罪に走りそうだ。

 いつぞやも昼寝せず彼女をずっと眺めながら「可愛い……絶対結婚する。クラリスは僕だけのだよ」とぶつぶつ呟いていた。怖い。


 息子に執着されて可哀想だと思ったこともある。それ以上に娘を溺愛する親友に邪魔されないかと心配したものだが、意外にも親友は息子に好意的だった。

 似ているらしい。恐ろしい言葉だ。

 なら婚約するか、と息子を思って告げた言葉は即座に却下されたものの息子の異常なまでの独占も受け入れていた。

 息子は息子で「絶対結婚する」と呪いか何かのように頻繁に呟いている。何故こっちのほうが親友に似てきているのか。

 まあ、主な理由としてクラリスがカイルを大好きだからである。お父様すごい、と彼女が褒める度

「イシャーウッド公爵のような人間になるんだ!」

 とおかしな目標を作った。他の男は自分が会わせないくせに何を言うか。

 ヴォルクの名前を褒めたことにすら怒っていた。

 どうせ目標にするなら自宅にいるのんきな彼にすればいいのに、よりにもよって敵を相手にする王城での彼にするとは。困ったことにクラリスはどちらも素敵な父親だと本気で思っている。

 マジギレした真顔のカイルを見ても「いやなことあった?」と慰めようとしたらしい。カイルに自慢された。

 仮にレイモンドがブチギレようとクラリスなら普通に接しそうだ。


 レイモンドは嫉妬深い。私にすら妬いてきたこともある。

「レイのお父様は背が高いんですね」

 ある日、イシャーウッド家に遊びに行ったらクラリスがほへ~、と感心したように見上げてきた。

 レイモンドがガン見してくる。息子も同年代の中では高いほうだ。年齢を考えろ。

「ク、クラリスは背が高い男の人が好き?」

 息子が質問しクラリスが答える前ににっこりと完璧な笑顔をかたどったカイルがクラリスに視線を合わせるため屈んだ。

「クラリスはパパとあのオジサンとどっちが好き?」

 にこやかだが“オジサン”の言い方が一つ一つ区切ってはっきり発音していて怖かった。私を指差してくる。カイルが妬くとは珍しい。

「……? もちろんお父様よ?」

 クラリスは何を言われたか分からない、とばかりに素直に答えていた。そっか、ありがとうと彼女の頭を一撫でし機嫌良く元の場所に戻ってくる。

「カイル……」

「さすがにサイモンでもダメ」

 腕を組みふんぞり返る様子は見た目に反して自信がなさそうに見えた。彼も平均からすれば身長が高いほうだろうに、親バカだな。

「クラリスのパパは私だけだから」

「それは当然のことでは?」

「将来があるでしょ」

 ん? それは息子のことを認めているのか? レイモンドがこちらを見上げて瞳を輝かせてくる。

「認めない。クラリスのパパは私だけだから!」

 拗ねたようにそっぽを向く。こういう子どもっぽい仕草をする男ではないのだがな。いやなのはレイモンドのほうではなく私か。苦笑するほかない。

 エミリアはくすくすと笑っていた。うーん、強い。


「サイモンは私のだからダメよ、クラリス」

 ヴァネッサはヴァネッサで私に抱きつきながら注意していた。ただ背が高いという事実を言われただけだ。レイモンドが冷ややかな瞳で見つめている。こらこら。

「だからレイモンドにして」

 レイモンドの瞳がきらめきこくこくとすごい勢いで頷いていた。この二人実は仲がいいのでは?

「……?」

 クラリスは二人を交互に見て首を傾げている。鈍感に育ったのは息子のせいだな。


「私よりヴァネッサさんのほうに似たんじゃないの?」

 カイルにはそう言われたことがある。

「レイモンドにクラリスの幼い時のアルバムを見せたら欲しがったよ。ヴァネッサさんもサイモンの昔のアルバムを見せたら欲しがったし、ほら、似ているでしょう?」

 私の妻と息子は何をしているんだ。

 ヴァネッサに似ている、か。確かに顔と嫉妬深いところは似ていると思うが、敵に対し潰すと口にしたり潰す時は完膚なきまでに外堀を埋めていたり仕事場と好きな女性の前では態度が全然違ったり好きな女性のためなら何でもしようとするところは似ていない。

 それをカイルに告げると考える仕草をする。

「何か聞いたことがあるような……ああ、私がサイモンに言われたことに似ているや」

「だから言っただろう、君に似ていると。君ののんきなところとか使用人には絶対妬かず穏やかなところとか、そこが似れば良かったのに」

「ありがとう」

「褒めているが褒めていない」

 嬉しそうに笑い頭を掻いていた。彼は何をしているんだ。


 二人が結婚して私達がロングハースト領に引っ越してしばらく経ち、こちらに遊びに来ることとなった。

 クラリスはロングハースト領は初めてだ。

 ヴァネッサがどこを案内しようかと手紙をもらった時から嬉しそうに悩んでいる。恐らくレイモンドも同じように考えているから喧嘩しそうだ。どちらのいいところも取って早めに諫めよう。

 久しぶりに出会ったクラリスは艶やかな色気を纏っていた。外見は昔から大人びていたけれど清廉潔白と言わんばかりの近付きがたい雰囲気があった。息子も息子で一層大人びて見える。数か月でも変わるものだ。

「お久しぶりです。お義父様、お義母様」

 笑顔は変わっていない。こちらを安心させる穏やかな微笑み。

「大丈夫? レイモンドと暮らして何かいやなことはない?」

 迷惑そうに顔を歪めた息子が文句を言う前にクラリスが口を開ける。

「いいえ、全然。レイは優しいです」

 おやまあ。いつまで言えるかな、と思っていたのに息子の独占欲の強さも嫉妬深さも愛情の重さもまったく意に介していない。クラリスは強い。

 腰を抱き寄せる息子と目を合わせると二人して幸せそうに笑い合う。

 息子はどんなに不機嫌でもクラリスが笑えば機嫌良くなっていた。あんなに冷めた子だったのに。

 それを思い出して笑みを浮かべたら怪訝な顔を向けられる。

「何ですか?」

「ああうん。結婚できてよかったな、と思ったよ」

 息子は彼女さえいれば大丈夫だ。そして彼女も息子がいる限りこのままに違いない。お似合いの二人だ。

「それはもちろんです」

 そう言った息子の表情は初めて見るほど非常に幸せそうだった。

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