作戦その②
「レイ、疲れてない?」
「ん? どうして?」
だって、最近は私に会うときにも宿題やら書類やら持ってきているのだから。
そう指摘するとレイは困ったように笑った。
「ごめんね。本当は来る前に片付けられたら良かったんだけど……夏休みということで仕事が増えちゃってて」
「謝る必要はないわ。仕事しているレイも素敵だもの。普段見れないから嬉しい」
私を無視しているわけでもなく、片手間にちゃっちゃと済ませてしまっている。ペースが早いのにそれでもたくさんあるのだから大変そうだ。レイはさらに困ったように眉を下げて頭を撫でてきた。あ、あれ? 好きとは言ってないのに困らせてる?
あまりに忙しいなら私がレイのうちに行こうか、と提案したのは断られた。
「あまりクラリスを外に出したくない。誰の目があるか分からないし、屋敷でいえばここのほうが安全だからね」
お父様がいろいろ魔法を使ってるものね。
どっちみち私が行こうとするとレイが迎えに来たり見送りに来たり手間をかけさせてしまうから、このほうがいいのかな。
でも、疲れているなら作戦を実行するときよね。
たくさん「好き」と言うのはあまり効果がないと分かったから、立ち上がってソファーの後ろに回ってみる。
「クラリス?」
「ちょっといい?」
レイの肩に両手を置いてぐっと力を入れてみる。マッサージなら私でもできるんじゃないかと思ったんだけど、レイの肩が震える。
「何? くすぐったいよ」
うーん、どうやら私にはマッサージの才能もないらしい。どうすればレイの役に立てるんだろう。顎に手を当てて考えているともう一方の手にレイの手が重なって、後ろを振り返ってくる。
「どうしたの?」
「疲れているなら、肩もみは効果があるかと思ったんだけど……下手でごめんなさい」
「肩もみ? ああ、僕を癒そうとしてくれているの? それなら……」
よし。元の場所であるレイの隣にちょっと離れ気味に座って、太ももをぽんぽんと叩いてみる。
「レイ、座って」
「ん?」
「あ、全身じゃなくて。ここにレイの頭を乗せて」
「えーと……」
戸惑っている。娯楽小説では恋人の膝枕っていいって読んだんだけど。これなら才能はいらないはず。
「クラリス、その……」
「ダメ?」
レイには当てはまらないのかしら。小首を傾げれば、レイは目を瞑り息を吐くと持っていた書類をテーブルに無造作に置いてごろんと寝転がってきた。髪を縛っているし少しだけ収まりのいい場所を探して動いていたけどしばらくすると顔を隠すように下のほうを向く。
えーと、この後はどうすればいいんだろう。とりあえず目の前にあるレイの頭を撫でてみる。レイの髪って触り心地もいいのね。
「どう? 休める?」
「……ちょっと無理、かな」
ここから見えている耳が赤い。照れさせることは成功? じっと赤い耳を見つめる。耳掃除をするには綿棒を探しに行かないといけない。ふにふにと耳たぶを触ってみた。あ、柔らかい。
「クラリス?」
「レイって耳の形も綺麗なのね。また一つレイを好きになったわ」
つ、と周りをなぞってみる。びくりとレイが震えたので慌てて手を離した。あ、また好きと言ってしまった。だめだったかしら。
「ご、ごめんなさい。びっくりさせた?」
「……いや、うん。ああ、恋人になった途端君はこうなるわけね。……なるほど、これに比べれば僕のアピールなんてたいしたことないか」
ははは、と力のない笑い声が聞こえる。腕を伸ばして太ももを覆うようにして、更に顔を隠された。うつ伏せって寝づらくない?
どっち? 肯定? 否定?
でもやっぱり困ってるような気がする。これも失敗かな。
「レイ、嬉しくない?」
「え?」
「今までレイが何かしてくれると私は嬉しかったから、レイにも嬉しがってほしかったんだけど……」
あまりしないほうがいいのかな。そう思っていると、レイががばりと起き上がる。表情を見る間もなく抱きしめられた。
「嬉しいよ。本当に。この前もそう言ったでしょ? 君が鈍感なのは知っていたけど、僕は昔からだいぶいい思いをしているよ。最近は特にもう、本当に……嬉しすぎて死にそうなくらい」
「死んだらダメ!」
なんでそうなるの。動転して叫ぶけど、レイは落ち着かせるように背中を撫でてきた。
「大丈夫、クラリスをおいて死ぬなんて絶対ないから。……好きだよ、大好き」
力強く抱きしめられる。耳元で口にされて私が真っ赤になる番だった。い、今ちょっと唇が耳に当たらなかった? 偶然? わざと?
「クラリス」
名前を呼ばれて、頬に手が当たる。顔を上げればちゅ、とキスされた。
レイがにやりと笑みを深める。
「可愛い。――死んでも放さない」
* * *
「ところで、クラリス」
しばらく抱きしめられていると、軽い口調でレイに言われた。
「僕を甘やかそうとしてくれるのは嬉しいけど、僕はどちらかというと際限なく甘やかしたいほうなんだ。だからクラリスはいつも通り受け入れてくれると嬉しい」
レイが離れてソファーの端のほうへ行く。にこにこ笑いながら自分の腿を叩いた。
「僕を癒したいなら、はい。おいで」
「レイ?」
「硬くて寝心地はあまり良くないと思うけど。ああごめん、書類は見てていいかな?」
テーブルの上の書類とペンを持つ。
え? えーと。
戸惑っているとまたにっこり笑ってレイが私を見た。
「僕を嬉しがらせてくれるんだよね?」
すっごく楽しそう。こくりと頷くとレイの太ももに自分の頭を乗せてみる。ふふ、とレイの嬉しそうな声が聞こえた。
こういうのがレイは嬉しいの?
そういえばあーんも結局できなかったし。
照れさせるよりも、こういうのが嬉しいと言うならそうしたいけど、受け入れるだけで本当にいいのかしら。
レイが困らないことで、何か私からできることってないのかな。