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サイモンと私(イシャーウッド公爵視点)

 幼馴染ではあるが昔からサイモンが私の世話をしていた、そういう関係だ。

 幼い頃いつも庭でほけ、としていれば私を探し出すのはたいていサイモンだった。

「カイル。家庭教師の時間だろう? 皆探していたぞ」

 いつの間にか魔法を使ってバリアしていたらしい。それで使用人の皆が探せなかったそうだ。ああ、そういえば彼は許可していた。しかし面倒くさいな、ゆったり雲を眺めているほうが有意義じゃないか? そう不満を呟けばサイモンの目が据わる。しまった、また怒らせてしまった。

「君が動きたくないなら引きずっていくぞ」

 それは何だか怖い。

「君はやればできるんだから。面倒くさがるな」

 手を差し出されたので素直に手を伸ばす。引きずられることはなかったが結構強い力で引っ張られた。

 こうして私は無事に教育を受けていた。使用人からも「サイモン様がいれば大丈夫ですね」と言われる始末。うん、私もそう思う。一緒になって頷いていたらサイモンに思い切り呆れられた。


 王城で働くようになってもそれは変わらなかった。学園に入ってからは少しだけ変わった。理由は私がエミリアに会ったからだ。

 入学式で一目惚れした侯爵家の令嬢。彼女と結婚できたら幸せだろうな、と思った。

 彼女を想って帰り道にぽけーっとしていると一緒に帰っていたサイモンに転びそうだと注意される。

「大丈夫か?」

 目の前で手を振られたので安心させるためにこくりと首を縦に振った。

「サイモン、私彼女と婚約しようと思う」

「は? 誰のことだ?」

 同じクラスのエミリア侯爵令嬢だと告げたらああ、と納得される。

「あの温厚そうなお嬢さんか。そうだな、ああいう人が君に合いそうだ」

 サイモンがそう言ってくれるなら自信になる。うん、絶対彼女と結婚しよう。そう決めた私は次の日にプロポーズした。隣にいたサイモンが目と口をこれでもかと開いていた。

「エミリアが了承してくれたから良かったものの、教室のど真ん中で何を考えているんだ!」

 後で怒られたがその時幸せに浸っていた私にはあまり効果はなかった。


 エミリアと出会ってからは彼女に早く会いたいがために仕事をスピーディーにこなすようになった。結婚して娘ができたら尚更早く帰りたくなった。それなのにある日、定時の少し前に新人のミスが見つかった。残業してカバーしなければならないことにいらっとする。それをそのまま相手にぶつけた。

「どうして私が君の尻拭いをしなければならないんだい? もう少し早く報告してくれたならともかく君の落ち度を私に押し付けて君は何をするんだ?」

 顔がどんどん青ざめていくが遅い。私の妻と娘との時間を削る罪は重い。

「すまないカイル、協力してくれないか?」

「うん分かった」

 頷いてすぐ思ったのはしまった、だった。サイモンに言われると反射的に肯定してしまう。先ほどまで青ざめていた青年もころっと意見を変えた私に驚いている。しかしサイモンからの頼みだ、これはもうやるしかあるまい。顔に笑みを張り付け相手を見つめたら悲鳴を上げられた。一応笑顔だったのに。


 終わらせた後も何故かサイモンから「手伝ってくれてありがとう」とお礼を言われた。お人好しだなあ。私のせいでもあるのだが「困った時のロングハースト公爵」として彼は日々忙しい毎日を過ごしている。それなのに頼まれていない新人のフォローもするなんて。

「君を煩わせているなら消そうか?」

「何故さらっとそんな発言を……やめてくれ、初めから失敗しないことなんてないだろう。ここから成長していくのだから少しは長い目で見てやれ」

 また呆れられてしまった。彼が気にかけるほどの将来性は見当たらないものの、消してばかりでは人材が足りなくなるので仕方がないか。



 ……ふむ、おかしい。今までの彼との思い出を振り返っても呆れられたか怒られたかのどちらかだ。もっといい思い出はないものか。



 だから何気に仕事人間なサイモンが私より先に引退するとは思っていなかった。

「え、君領に行くの?」

 レイモンドが学園を卒業し爵位を継ぐ準備に入った時、仕事の合間の休憩時間に伝えられたことを聞き返す。

「ああ、レイモンドに爵位を譲ったらのんびりしようと思う。私も妻も働きすぎだ」

「ヴァネッサさんはそれでもいいって?」

「彼女からの提案だ。レイモンドを心配するなんてバカなことを考えるより夫婦でのんびり余生を過ごそうと」

「そんな年じゃないのに?」

 心配するとそれを察したのか安心させるように笑って首を横に振ってくれた。

「病気は何もないぞ。私もヴァネッサも体を休める時間が必要だと思っただけだ。ああ、後彼女は二人きりになりたいと言っていたな」

 婚約者時代から十分人前でいちゃいちゃしていたのにまだ足りないのか。

 学生の頃はサイモンが帰宅する時に門の前で待っていて、私に見せつけるように抱きついていた。彼が何かと気にかける私のことが気に入らないらしいが私をライバル視する必要はないと思うけどなあ。

 私は彼女のことは嫌いでも苦手でもない。サイモンがいない時は彼女が知らない過去のサイモンの話をしている。幼馴染である私相手に悔しそうな顔をしつつも話を早く早くと促してくるので面白い。

 記録魔法で取ったアルバムを見せたら欲しがった。さすがに拒否した。ケチ、と言われたが彼女が欲しがったのはアルバム全てだ。私の傍にはいつもサイモンがいてくれたからなあ。そう言ったらすごい勢いで睨まれた。

「自慢?」

 ああ、自慢か。なるほど。彼女の言葉に納得したら「きーっ!」と悔しがられた。

 サイモンがやって来て「何しているんだ」と呆れられてしまったけれど禁止されなかったため未だ会えば話している。


 今でも玄関先でキスしているそうだ、レイモンドも可哀想に。レイモンドは顔も彼女似だが嫉妬深いのも独占欲が強いのも彼女に似たと思う。そして人前でもいちゃいちゃしたがるのは両親のせいである。

 二人が領へ行ってしまうということはもうヴァネッサさんとサイモン談義もできないのか。残念だ。言ったらまた呆れられるからやめとこう。

「孫ができたら遊びに来るぞ。ヴァネッサはそれだけが心残りらしい」

 私もそれは楽しみだ。イシャーウッド家は孫に継いでもらうことにしたし、クラリスが子沢山を望む以上そうなるだろう。レイモンドも嬉しさのあまり爆発するに違いない。


「君が領に行くなんて……私も寂しいけれど、それより私の周りの人が大変だなあ」

 私を宥める役がいなくなると一体全体どうなるのか。初めての経験である。

「自覚があるなら直せ」

「いやあ、さすがにもう直らないでしょ」

 にこやかに返事すればじろりと睨まれた。あれ、幼馴染の君が一番分かっているはずだよ。そのままにこにこ笑っていると大きな溜め息をつかれた。

「まったく、家ではのんびりで穏やかなのに。どうしてこうなった」

 あまりにもひどい言い草である。しかし不思議と彼に言われたら怒りが全然湧いてこない。

「家の中に危険なものはないからね。のんびりにもなるさ」

 読書するもよし妻や娘と談笑するもよし寝るもよし。家の中は最高だ。

「まあ君はエミリアとクラリスにはとことん弱いからな。彼女達の言葉には逆らえないだろう?」

「逆らえない人ナンバー1が何か言ってる」

「ん?」

 片手で口を塞ぐ。どうやら口に出してしまっていたらしい。首を横に振って何も言っていないとアピールしてみれば怪訝な顔はされたが追及されなかった。


 仕方がない、私は後継が育つまで頑張るか。

 素直に気落ちしているとサイモンに頭を撫でられてしまった。

 ………………ん?

 子どもの頃はよくされたけれども、まさか子どもが成人した今でもされるとは。ヴァネッサさんに普段しているからあまり深く考えていないのだろう。彼のほうが背が高いからそれはいいのだが、一人っ子のわりにどこまでも兄気質である。

 あ、私のせいか。この世話好きなところはレイモンドも受け継いでいる。彼は分け隔てないがレイモンドはクラリス限定で世話好きだ。

 しかしさすがにこの年になって子ども扱いは、と思うもののサイモンの穏やかな顔を見てしまうと言いづらい。

 ……待て。サイモンはしたくてしているのだ、それを無言で受け入れる私。これはもしかしてこちらのほうが兄っぽくないか?

 それを帰って意気揚々と妻に告げたところ「あなた可愛い」と頭を撫でられた。勘違いだったようだ。気持ちがいいのはずるい。

 国内で恐れられている私が一日で二人にも頭を撫でられるとは……後でクラリスにレイモンドにしてみたらどうかと提案してみよう。

 家令に

「私があの二人に勝てる日って来るかな?」

 と聞いたところ

「来ません」

 とばっさり告げられた。うん、私もそう思う。

 サイモンに時折領へ遊びに行ってもいいかと聞けば頷いてくれた。その日を楽しみにして仕事を頑張るか。

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