毎日が幸せ(リリー視点)
魔術師にはなったが新婚だからと一か月蜜月期をもらうことになった。その分事前に学園に行きつつ放課後や休日に魔術師としての研修を受けた。私の事情に関して詳しい魔術師団団長のケアード様が特別に図らってくださった。クラリスのお父様がスケジュールの調整を見事になさったらしい。研修中の案内をしてくれると魔術師用の建物で初めて会ったがクラリスに似ていて凄まじく美形だ。近寄りがたいオーラはこちらのほうが大きく緊張してしまったが隣にいた婚約者さんのお父様が和らげてくれていた。
「何故私が?」
「だって私一人だと緊張させてしまうから。本当はクラリスにお願いする予定だったんだけど、レイモンドがすっごく嫌がってね」
「あの子は……。すまなかった」
「い、いいえ、いいえ!」
「サイモンが謝ることないよ~」
婚約者さんのお父様は真面目そうな人だったが話してみればとても柔らかい人だった。クラリスのお父様を見て肩を強張らせた人が隣にいる婚約者さんのお父様を見て緊張を和らげる場面に何度も出会った。……少々面白かった。
「あの子がレイモンドの目をかいくぐってでも仲良くしたいのは君くらいだろうから、結婚してからも仲良くしてあげてね」
クラリスのお父様に別れ際そう言われたがそれは私の台詞だと思う。私がクラリスから見放されたらどうなることか。定期的に手紙を送る約束をしてくれた。いつかまた直接会いたい。
蜜月期には屋敷に籠もることが多いそうだが、私はワイズ領に詳しくないため昼間は先生……じゃなくて、ハミルトンに案内されて勉強させてもらうことにした。
結婚を機に敬語も徐々にやめた。彼も私の願い通り呼び捨てにしてくれるようになった。「リリー」と彼の少し低めの声で呼ばれる度照れてしまう。
彼は領民に好かれているだけに会った人は誰も彼も「おめでとうございます」と祝福してくれる。
平民なら何か言われていたかもしれないが伯爵令嬢が惚れた、ということで見る目があるだの先生をお願いしますだの、私にかけられる言葉も温かいものばかり。私のせいでハミルトンは教師を辞めたのに、反対に貴女のおかげで彼が帰ってきてくれたと言われたこともある。彼の教師を反対していた人は、嫌いだからじゃなくて好きだからこそ早く領主になってほしかったようだ。
それとやっぱり、クラリスが友人であることが大きい。この領地を豊かにしてくれた彼女達が誰のためにしたのか、皆分かっている。なのでお嫁に来てくれてありがとう、貴女のおかげだと言われた。
すごいのはクラリス達で私は何もしていないからそう言われることは非常に戸惑ってしまう。クラリスに感謝の手紙を書こう。
それにしてもハミルトンは素敵だ。ずっと手を繋いでいてくれるのは私が不安がらないようにである。あくまでもエスコートであったあの時と違い、夫婦だと実感が持てる。見惚れていたら「どうした? 体がつらいのか?」と見当違いな心配をされた。いえ、あの、だ、大丈夫です。
バレないように隠していたからワイズ領を回るのはあの時以来となってしまった。皆あの時と同じくサービス精神旺盛。むしろあの時よりもすごくて、どこへ行っても無料。飲食店すらただ。ハミルトンが呆れていた。
「貴方達ねえ、少しは利益を考えてください」
「せっかく先生の結婚が決まったというのに、特別に奮発して何が悪いんですか。先生達こそ、新婚の時くらい私達に甘えてくださいよ」
「その先生呼びもやめてください、もう先生じゃありません」
「先生は先生です」
こんなやり取りが続き、結局ハミルトンが降りることになった。
「すまん、勢いに勝てなかった」
と言われたが彼と皆の会話を聞くだけでも親しいのが見て取れるからとても楽しい。
「そんな一気に覚える必要はないぞ。俺がいるから」
頑張ろうと資料を見つめる私にこう言ってくれる。結婚してもときめいてばかりである。それをもう隠さなくてもいいということがこんなにも幸せ。
私の部屋の調度品は、シーウェル家で使っていた物だ。他にも嫁入り道具としていろいろ用意してもらって本当にありがたい。一年に一回くらいは帰ってきてほしい、と言われた。帰る、なんて。三年という短い期間だったのに本当の家族のように接してくれて、すごく嬉しい。
お養母様は私の頭を撫でながら優しく語ってくれた。
「一番の帰る場所は貴女の旦那様の隣。ここは二番目でいいの。帰りたくなった時は帰ってきて。いつでも待ってるわ」
はい、と目を合わせて頷いた。彼女にも手紙を書く約束をした。
ハミルトンの両親もとても優しい人だ。彼は母親似らしく華麗で上品な方だった。物腰が柔らかく
「娘ができて嬉しいわ」
お養母様と同じ台詞を言われて、感動で少し涙ぐんでしまった。
実はうちには植物園がある。
ムシトリスミレをはじめとするハミルトンのことが大好きな植物達がこちらに移動してくることになった。まさかのストライキを起こしたのだ。「責任を持って引き取ります」とワイズ領に越してきた。
植物園の管理は私の担当になった。私に嫉妬するかな、と心配したがそんなことはない。私はずっと生物学を選択して彼らとも仲良くなっていたので良かった。
そもそも皆頭がいい。私を傷付けたらハミルトンが悲しむと分かっていて、むしろ私を尊重してくれる。私が転びそうになったところを助けてくれたり日差しから守るために影を作ったり、何かあった時は嬉々として自分の活躍をハミルトンに伝えている。彼も
「そうなのか? ありがとうな」
と撫でるので何というか子どもみたいだ。そんな様子を見るのも楽しい。
「ふふっ」
彼はもし子どもができたら怒れないだろうなあ。怒ったとしても怖くなさそう。
それにしても、植物にまでモテるなんて。本当に、この人が独身でいたことが奇跡だ。
「え? まさか、俺モテたことないよ」
「あ、やっぱり」
「リリー?」
植物のことを話題にして聞けば思った通りの答えを言われた。彼には不思議そうな顔をされたが、自分が異性からどう想われているかまったく自覚がなかったからこそ私が結婚できたのだと思う。
幸せな一か月が過ぎ、明日からいよいよ本格的に魔術師、である。
「どうした? 何か不安か?」
気遣うように私を見つめるハミルトンに首を横に振る。
部署は希望通りのところにしてもらえたし通勤も魔具が支給されてスムーズに行ける。明日からの仕事に不安があるわけではない。悩んでいるのは別のこと。
「そうじゃなくて。私、このワイズ領に何かできないかな、と」
「ん?」
「もっと発展させるために、行き来しやすくなればいいな、と思って」
来ることが容易くなれば観光客はさらに増えるはず。それにお花畑だけでなく魔法植物もある、観光スポットが増えたといえる。
「考えることが大規模だなあ」
感心してくれたが同時に顎に手を当て考える仕草をした。
「嬉しいけどゆっくりでいいかな。あの時もそうだったけど、いろいろ整備しないといきなりの発展はメリットもデメリットも多い」
私もそれに頷いた。私の卒業を考えてのことでもあるが、クラリスの婚約者さんはじっくり二年かけてこの領地を観光の名所に引き上げた。それで潤った人々はもちろん多いものの突然人が増えたことに戸惑う声もある。
急ぐ必要はない。これから先何十年、私は彼と一緒にいられるのだから。
「あなたの力になれるように私がんばる」
まずは魔術師として期待に応える。明日はその第一歩だ。
「ふふ、頼もしい」
笑いながら彼は紅茶を淹れてくれた。
「じゃあ、よく眠れるように。はいどうぞ、リリー」
うん、美味しい。私は幸せだ。