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変な奴ら(ディーン視点)

 神童だの天才だのは言われ慣れている。

 他にも口が悪いだの生意気だの何やかんや言われることも多かったが気にしたことはない。

 これがオレだ。文句を言う奴らは無視するだけ。どうせオレの足元にも及ばない。

 他の奴らはどうでもいいと思っていたのだがただ一人オレと同じくらい優秀な奴がいた。そいつはいつも不機嫌そうに眉を寄せ近寄るなと言わんばかりのオーラを放っていた。男女構わず冷たく厳しく、特に寄ってくる女性に対しては道端の石ころでも見るような瞳。

 同い年なのは知っていたがオレから話しかけても視線が来ない。まさかオレのこと知らねえのか?

「知っているよ。ディーン・アリンガムだろ。何か?」

 平坦な声色で返事をすると再度仕事に取りかかる。媚を売る奴らや陰で悪口を言う奴らはいたがこのオレを無視するとは。相変わらず不愉快そうに書類を処理している。何か急いでいるようにも見えた。質問してみれば

「今日は久々に会いに行く日なんだ。早く仕事を終わらせたい」

 会いに行く、その台詞の時だけ若干表情が柔らかかった。ということは。

「何だ、女か? どんな女なんだ?」

「知らなくていいだろ」

 初めて視線が合う。瞳がさらに冷たくなる。思わずぞくりとした。

「彼女のことを君が知る必要はない。どうせ会わないんだから」

「は?」

 どういう意味だ? よく分からない男だ。

「質問はそれだけか? さっさと自分の仕事に戻れ」

「……てめえ、オレの口調気にならねえのか?」

「誰がどんな口調だろうとどうでもいいけど」

 心の底から思っているように何を言っているのかと半目で見てくる。

「君がその口調で僕に何かデメリットがあるか? ないなら気にならない」

 こいつ変な奴。それがレイモンドに対する第一印象だった。


「てめえが言ってたのってイシャーウッド公爵令嬢か?」

 後日。何気なく発言したところぎろりと睨まれる。返ってきたのは冷たい声だった。

「どうやって知った?」

「公爵家で全然家から出ない深窓の令嬢がいるって噂になってるぞ。容姿はあんまり分からねえけど」

「ふーん……ありがとう」

 あまりに抑揚がない声で拍子抜けする。話し続けたら口調が少しだけ柔らかくなったから少しは仲良くなったかと思ったのだが。

「クラリスのことは誰も知らなくていいのに。僕だけでいいのに。情報を閉じ込めないと」

 ぶつぶつ呟いている。

 といっても、完璧な美貌を誇るイシャーウッド公爵が「娘の顔は私似だね」と発言しているからあまり意味がないと思う。仮に違っても彼の愛娘の容貌を貶すなど恐ろしい。自殺行為だ。

 その女が外に出ないのはどうやらこいつのせいらしい。

「なあ、てめえその女と付き合ってるのか?」

「いや……残念ながら僕の一方的な片想いだよ。でもいつか絶対両想いになって結婚する。諦めない。彼女に誰よりも相応しい男になるんだ。そうすれば必ず好きになってくれる。うん、僕がんばるからねクラリス。そもそも彼女の隣にいるのは僕だけだ。決して誰にも会わせるものか。選択肢は僕だけ。他はいらない潰す。ああ、だから早く僕を好きになって。大好きだよクラリス」

 こいつ、重っ!

 だんだん独り言になっている。

 以前も不機嫌な理由を聞いたら「彼女のいないところが楽しいわけがないだろ」と吐き捨てるように言われたが、若干笑っているのがいっそう怖い。

 ひええええ。イシャーウッド公爵令嬢ってすげえ奴に好かれたなあ。


 当然のことながらレイモンドはオレを決してイシャーウッド公爵令嬢に会わせようとしなかった。それどころか話題に上げるだけで目に角を立てる。

 しかしある日レイモンドの屋敷で演奏の練習をしようとした時、偶然にもあの女が来た。

 確かに父親似だ。整いすぎて隙がなく近付きがたい感じがする。オレの口調がまったく気にならないと不思議そうな顔をしていたことには好感を持ったが、レイモンドの重さを指摘しても同じように不思議そうな顔をしていたのは目を疑った。

 こいつ大丈夫か。レイモンドがオレに対し冷たい声を出してもにこにこ笑っている。笑った顔は親しみやすかったものの、何故これで笑えるのか分からない。オレは頭がいい女が好きだから頭がおかしい女はいやだぞ。それよりもご機嫌なレイモンドが見慣れなくて不気味すぎた。雰囲気からして違う。誰だこいつは。

 怖えからとっとと恋人になってくれよ。


 オレの願いが叶ったのか数日後にレイモンドから無事捕まえられたとの報告があった。いや、あれ言葉の綾だぜ? 捕まえたって何だよ。

 恋人になったなら多少あの怖さがなくなるかと期待したがそんなことはなかった。むしろ悪化していった。

「元平民の女と親友に? 何だそりゃ」

 レイモンドの婚約者が学園に入学して、また不機嫌になってきて。理由を聞いてみれば入学式初日に出会った元平民と仲良くしているらしい。短い休み時間も一緒にいるとか。ずっと屋敷にいて親友になりに行くのが平民? 変な女。

「僕が見落としていた人間だからね。クラリスなら気にしないのは分かるけど……だからってなんであの女ばかりと。腹が立つ。くそっ、今から邪魔してももう遅い」

 ちっと大きな舌打ちをする。それを聞いてしまった不運な奴らがびくついていた。あの女はこいつのこの姿を見てもにこにこ笑っていそうだ。やっぱおかしいよなあの女。


 まさかのまさか、平民の女は定期テストで首席になった。殿下さえも超えるとはどれほど勉強したのか。養子になったのも魔力が高いからだし、興味がないと言えば嘘だ。レイモンドが何をするか分からないほど怖かったのも事実だがあいつが会いに行くと言った時その女に会えるのも密かに楽しみにしていた。

 外見は可愛らしい女だった。王族の特徴と似ていることは聞いていたがそれでも驚いた。顔が整っているせいで余計に親戚かなんかかと思える。ただやはりというか何というか、あの女の友人なだけに変な女だった。あの二人を羨ましそうに見ている。オレの周りは変な奴らばっかりだ。

 それからは時折昼を一緒にすることになった。レイモンドが「クラリスを見るな、話すな」とうるさいのでオレが話しかける人間は二人。レイモンドが婚約者ばかりを見ているため自然話を聞く側になることが多かったからリリーの話も聞いた。さすが首席というだけあって魔法の話題が多く、自分が知らない魔法にも好奇心旺盛。初対面は変な女だと思ったけれど思ったより好印象だった。それだけだったのだが、オレにとって一番親しい女は誰かと聞かれればそいつになっていたくらいには一年間一緒にいた。卒業式の花も、疲れていたが嬉しかったのだ。

 ……その卒業式でレイモンドがさっさと帰ったせいでオレはパーティーに強制連行され醜い女どもの争いに巻き込まれることになった。女は厄介だ。あの昼休みがどれだけ平和だったのか身に染みた。

 だからこそ久しぶりにリリーに会った時「ああ、いい女だな」と思ったし笑顔には見惚れたが、一応釈明しとく。婚約を申し出たのは彼女が卒業する間だけでも煩わしい結婚問題から逃げたかったからだ。レイモンドの牽制がなくともオレは彼女に言い寄るつもりはなかった。ドレスだって褒めなかっただろ?

 謝った時普通に接してくれてありがたかった。事情はよく分からねえけどリリーの笑顔を曇らせる気はない。

 彼女もだがレイモンドも婚約者が卒業したら結婚か。オレの相手は今のところ全然いない。でも恋愛結婚もいいかもな。


 と、思ったのだが。

 婚約者の卒業、つまりレイモンド達の結婚が間近に迫った頃。試しに聞いてみた。どんな結婚生活が理想かと。そしたらレイモンドの目が遠くを見つめほんのり口の端が上がる。

「理想か……理想なら、朝から晩までずっと一緒にいてくっついて離れないで彼女の世話をして彼女の食べる物も全部僕が作って服だって僕が選んだ物だけ着せていやいっそのこと蜜月期だけじゃなくずっと何も着せずに部屋に閉じ込めて決して出さないで僕以外との人間とは切り離してクラリスは僕だけを見て僕の声だけを聞いて僕だけを感じて僕のことだけを考えて僕が傍にいなければ息もできないくらいに依存して……」

「怖えよ!!!!!!」

 こいつ呼吸してたか? どんどん目の光がなくなっていくようだった。

 なのに次の瞬間には平然としている。むしろうるさいなと咎める視線が来た。理不尽すぎる。

「てめえマジか……」

「理想を聞きたいと言ったのはそっちでしょ。理想は理想、非常に残念だけど実行に移すつもりはないよ。クラリスは僕が仕事する姿も好きだし、そもそも仕事しなければ彼女を養えないしね」

「あの女大丈夫か?」

「そこなんだよね。クラリスの場合ああ言っても喜んでくれそうだから怖いよ」

「……嘘だろ、てめえを受け入れる女尋常じゃねえな」

「興味は持たないでね。クラリスに近付く男は容赦しないから」

 おい、オレは呆れてるんだよ。誰がそんな女好きになるか。

「あれを聞いててめえが狂ってる女に手を出そうとする奴は自殺願望者だろ」

「そうなの? だったら声を大にして言ってもいいんだけど」

 嬉しそうに言うんじゃねえ!

「オレの心の平穏のためにもやめてくれ」

「君の心の平穏なんてどうでもいいな」

「やめてくれ。お願いだから本当に頼む」

 このオレがお願いをする時が来るとは。こんな弱気な声出したことねえよ。まともな奴らの中ではオレはただの天才でしかねえのに。


 ったく、飽きねえわ。オレはいつの間にかにやりと笑っていた。

「てめえ見てると恋は人を狂わせるって言葉は真実なんだなあと思うわ」

「失礼な。……つらいこともあるけど、それ以上に幸せだよ」

 レイモンドは幸せそうに微笑んでいる。いや、だからてめえのそういう顔は怖いんだよ。

 あの女に拒否された時こいつは躊躇いもなく監禁するに違いない。重い、重すぎる。恋愛結婚っていいもんじゃなくね? こいつらが特殊すぎるだけか?

 割れ鍋に綴じ蓋っていうものな。いい夫婦になると思う。絶対参考にしたくねえが。

 あーあー、オレは政略結婚だろ。まとも……よりは変な奴のほうが飽きねえかも。

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[一言] 凄く面白かったです!
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