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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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来世も君と一緒に(???視点/後半レイ視点)

 最愛の妻が死んだ。

 多くの子どもにも孫にも恵まれたが、それでも一番大切な人がいないという事実に打ちのめされる。もう何も応えてくれない写真を見つめる。泣きまくったはずなのにまだ涙が出てくる。これから僕に君のいない世界で生きろというのか。


 同じ小学校に通っていた女の子だった。友人に向けていた笑顔に目が離せなくなって、他の表情も見るようになり自然と目で追っていた。しかし自分は初恋を持て余していて見ていることしかできなかった。遠目から見ているだけでも幸せだった。中学も同じだ。高校への進学となって、両親は自分に進学校の男子校を勧めたが断固反対した。彼女と一緒の学校に行きたかった。ストーカーじみていることは分かっていたがせめて近くにいたかった。幸い彼女も成績優秀だったのでそれほど落とさずに済み両親からも了承を得ることができた。

 そこまでしたにも関わらず相変わらず僕は意気地なしだった。初めて同じクラスになれても全然話そうとしなかった。

「私はディーンが一番好きかな」

 休み時間、友人に勧められたらしい乙女ゲームについて話しているのを耳にする。彼女はその中の天才と呼ばれているキャラクターが好きだそうだ。勉強だけじゃなく運動も頑張ろうと決心した。

「レイモンドは意味が分からないけど」

「そうよ、最低でしょ? でもこれをクリアしないとハーレムルートに行けないのよ」

「乙女ゲームって大変ね」

 そんなに最低ならしなければいいのに。幼い頃からの婚約者よりゲームのヒロインを選ぶとか僕には理解不能だ。僕がもし幼い頃彼女と婚約できたら他の男に会わせないように囲い込んで他の女なんて見向きもしないに違いない。隠しルートになんか絶対行かせない。ハーレムはもっとあり得ない。そもそも彼女が複数人と恋をする乙女ゲームのヒロインになるなんていやだ。

 ゲームより僕を見てほしいと言うこともできないくせに物にさえ嫉妬していた。

 けれど初めて話すことができた。玄関でたまたま登校時が一緒になっただけのある日

「おはよう」

 と何のてらいもなく話しかけてきてくれた彼女に面を食らう。おはようと返すこともできず初めまして、と微かに言った自分に

「え? ――くん、私小学校から一緒だったよ?」

 きょとんとしながら自分をまっすぐ見つめてくる彼女に体の熱が上がる。これだけの会話だったが何十年経った今もその時の玄関の様子の隅々まで覚えている辺り自分は相当重い。


 大学も同じところにした。友人からも「重い」だの「ストーカーか」だのと言われたがそれを気にしていられる余裕はなかった。だって彼女は贔屓目を抜きにしても美人なのだ。誰に狙われてもおかしくない。

 一年時はただ同じ基礎科目に出席するだけだった。だんだん見ているだけでは我慢できなくなって、彼女の隣にいる人間に嫉妬して、でも何もできなくて。家に帰る度落ち込む日々だった。このまま彼女が他の人間と仲良くなっていくのを黙って見ていることしかできないのか。ずっと見ているだけの自分が情けない。明日こそ、と何度思っただろう。もう一回人生をやり直したいとまで思った。


 そしてやっぱり始まりは彼女からだった。

「――くん、隣いい?」

「え……」

 今日は教室にまだ来ていないからどうしたのかとそわそわしていると隣のイスが引かれるととともに耳に残って離れない声が聞こえた。幻聴か幻覚かと思った。

「今日ちょっと電車が遅れちゃって……いいかな?」

「あ、あ、ああ、うん」

 壊れた人形か何かみたいに首を縦に振るしかない自分に対し笑いかけ「ありがとう」とイスに座る。

「あの……私のこと覚えてる?」

「あ、う、うん」

「良かった」

 は、え、え?

 頭の中はパニックだ。だって夢にまで見た隣の席。手を伸ばせば届く距離。心臓の音が聞こえていないかと抑えるのに必死で授業の内容なんて何も聞いていなかった。最初から最後まで固まっていた。彼女の甘い匂いとか、ペンを走らせたり教科書をめくる音とか、きれいな髪とか服装とか覚えているのはそんなことばかりだ。

「――くん? 今日体調悪いの?」

「え……あ……や……」

「大丈夫? 保健室行く?」

 首を横に振る。次も彼女と同じ講義だ。一緒にいられなくなってしまう。かなりの重症であることは自分も分かっていた。

「ならいいけど……次も同じだよね? 行こ」

 まさか彼女が知っていたなんて。自分は彼女がこっそり見られるように彼女より後ろの席にばかり座っていた。


 それから一体何があったのか、彼女と一緒の講義の時隣か比較的近くに座れるようになった。中には彼女が知らない講義ももちろんあった。

「これも一緒だったんだ。学部が違うのに結構一緒なの多いね」

 内心ぎくりとしたが彼女が怪しむことはなかった。

「じゃあいろいろ一緒にいられるね。よろしくね」

 こくこくと頷く。自分は前世でよっぽど善行をおこなったのだろうか。それから少しずつ授業以外も一緒にいられるようになって、電話番号もゲットして連絡できるようになって、偶然ではなく約束して会うようになって、大学以外でも会えるようになって。二年の冬、彼女の誕生日に史上最大の勇気を出して告白した。彼女からOKの返事が聞けた時は生涯で最高に幸福だった。

 前世の自分に感謝だ。来世でも彼女と一緒にいられるようこれから徳を積もう。

 恋人になれてからはたかが外れた。それまでのヘタレがどこへ行ったのか毎日のように連絡し会いに行き、バカップルと言われようとむしろ嬉しかった。乙女ゲームは当然やめてもらった。彼女が重いと思っていないのが救いだった。

 彼女の家は資産家だったので財産目当てだと噂されたこともあるが実は僕の家のほうが若干資産が多い。だから噂は自然と消えていった。かわりに出たのは婚約者か、というもの。そちらは残念ながら違う。違うと聞くと彼女に言い寄ろうとする男を潰したくて仕方がなかった。

 それならと在学中にプロポーズし、大学まで行かせた彼女の両親には悪いが卒業後すぐに結婚した。

 彼女を他人に見せるのがいやだったので専業主婦になってくれるようお願いした。家政婦を雇うという案もあったがせっかくの二人きりの生活を邪魔されたくなかったため家事も僕がやると言うと

「私家でもやってたわよ? それに夫婦は助け合いでしょう。あなただけに任せるわけにはいかないわ」

 と呆れたように笑ってくれた。なので毎夜彼女の手にハンドクリームを塗るのが僕の日課になった。


 残業も出張も単身赴任も大嫌いだったので早く出世した。

 子どもができて健やかに成長した頃、僕達の結婚まで至る過程を聞きたがった時があった。その時は大学時代のことしか言わなかったが彼女と二人きりになった時思い切って告白した。小学生の頃から好きだったのだと。最初は目を丸くして聞いていたけど、話し終えたら笑ってくれた。

「私はそんなに愛されてたのね。ありがとう」

 まさかそんなすぐに受け入れられるとは思っていなかった。まして感謝されるなんて。たまらず抱きしめた。

 子どもが成人して結婚して、孫までできて。会社も定年になり二人きりで老後を楽しんだ。彼女はしわが増えていくのを気にしていたが僕と過ごした年月の証だ。彼女を構成する要素は何一つなくしてほしくなかったので頑張ってなくそうとしている彼女に「今のほうが美人なのに」と言ったらまた呆れたように笑われた。


 自殺はしない、そんなこと彼女は望まない。それにそんなことをしたら来世で会えないかもしれない。最後にそんな愚行はおかさない。生きる気力がごっそり消えてしまった自分が長く持つとも思えない。彼女が最期に見たのは自分の姿だ。だからいい。

「今度は来世でね」

 きっと出会えると信じている。願わくば次は積極的になって早く恋人になれるといい。生涯を越えても僕のものでいてほしい。この重苦しいまでの想いを向けるのは彼女だけだし、受け止められるのも彼女だけだ。




 ******




「――レイ、大丈夫?」

「え?」

 目を開けると心配そうな妻の顔が見えた。そんな顔をしてほしくないとベッドから起き上がろうとすれば両目から涙が流れる。どうやら寝ている時に泣いていたらしい。

「そんなに悲しい夢だったの?」

「ん……いや、どうだろう?」

 クラリスと結婚してから悪夢を見たことはない。今日のはむしろ現実と同じくらい幸せな夢だった気がする。残念ながらあまりよく覚えていない。何かぼんやりとしている。うーん、覚えていたかったなあ。

 涙を拭おうと手を目尻に当てるクラリスの腰に腕を回して引き寄せた。

 ああ、この温もりだ。やっぱりまた会えた。何故かそう思った。

「レイ? どうしたの?」

「ううん。なんだか幸せだな、と思って」

「そう? それなら良かった」

 クラリスが抱き返してくれる。ああ、本当に幸せだ。絶対死んでも放さない。来世でも僕の隣にいてくれるように頑張ろう。

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[良い点] 最終回\( 'ω')/アアァァァァアアアァァァァアアア!!! ただのヤンデレヒーローの物語かと気軽に読み始めましたが最終回でトドメを刺されました ここ最近更新時間が近づくとソワソワして待っ…
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