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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
一章 ゲーム開始前~レイ×クラリス~
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作戦その①

 家でできるものを、と思って。レイがスイーツを作ってくれてすごく嬉しかったから私もレイに何かを作ろうと考えたけど、残念ながら私に料理の才能はなかった。

 目の前の、レイが作ってくれたバームクーヘンを見つめる。綺麗に、何重も層になっている。

 そもそもレイがすごすぎるのよね。年輪の形ではなくて直方体で、上にフォンダンがかかっていて見た目もとても美味しそうだ。

「はい、どうぞ」

「ん」

 口を開けてぱくり、と一口。

「美味しい……!」

「良かった。はい」

 もう一口。ゆっくりと味わう。美味しい。柔らかくてほどよい甘さ。お店のものよりも数倍美味しく感じる。幸せ。

 あ、そうだ。作るのは無理だったけど、食べさせることはできる。レイのになっちゃうけど。

「レイ。私もレイにする」

「え?」

 きょとんとするレイからフォークをもらって、一口分取りレイの口元に運ぶ。

「はい、あーん」

「クラリス?」

「すっごく美味しいから、レイにも食べてほしいの」

 ぱちぱちと長い睫毛を瞬かせたレイは苦笑して私からフォークを取ってしまう。

「大丈夫だよ、僕は味見兼毒見してるから。クラリスの笑顔が見たくて作ってるんだから、クラリスが全部食べて」

 はい、と笑って差し出すレイに対し私は聞いた言葉が信じられず目を見開いていた。

 毒見!?

「何それ、そんなの必要ないじゃない。レイが作ったものに毒があるなんて全然思ってないわよ! もしレイがそれで死んじゃったらどうするの!?」

「落ち着いて。クラリスの言う通り僕が作ってるものだし、調理中は絶対に目を離していないよ。味見のついでに言っただけだけど怯えさせちゃったね。ごめ……」

 気が動転してひしっと抱きつくと一瞬びくつかれたがすぐに抱き返してくれる。レイの発言はほとんど聞いていなかった。

「レイが死んでしまうくらいなら作らなくていいわ。私スイーツよりもレイのほうがずっとずっと大好きだもの」

 レイがいなくなるなんて無理。せっかく好きだって気づいたのに、そんなことになったらどうしよう。

 混乱しているとレイから痛いほどきつく抱きしめられて我に返った。

 はっ。私ったら。このスイーツはレイが作ってくれたものなのに。いや、でもあらかじめ材料に何かされたり……公爵家で作っているものに? というより、ハグは初めてなんだけど、何勢いでしちゃってるの。別のことでまた頭がぐちゃぐちゃになる。その時耳に響いた声は震えていた。

「初めてクラリスに好きって言われた」

 …………え。

「ねえお願い、もう一度言って」

 頬を手で包まれて顔を上げられる。それによって見えたレイの瞳には熱が籠っていて、それが移ったかのように私の体温が上がる。頭の中が真っ白になってどきどきと強くなる心臓の音が鳴っていることだけ分かる。けれどその音は一つだけじゃなかった。私の手が置かれてあるレイの胸からも同じくらい激しい鼓動の音がする。それに勇気をもらって、じっと彼の目を見つめて一字一字はっきりと心を込めて言った。

「私、レイのことが好き」

 レイの目が歓喜に染まるのが見えた。顔が近づいてくることに合わせ、自然と目を瞑る。

「僕もクラリスが好きだよ、愛してる」

 吐息とともに落ちてきた唇に、心が震えた。


「スイーツは引き続き作るよ。本当はクラリスの体が全部僕が作ったもので構成されているくらい他の料理も作りたいんだけど、料理人の仕事を取るわけにはいかないからね。毒なんて絶対入らないから安心して。君の笑顔をなくさせるような真似はしないよ」

 レイは一体何を目指しているんだろう。

 キスをされてもずっと抱きしめられている。レイの体温は温かくて安心する。

 いや、それよりも。

 落ち着いてみれば、私は自覚してからレイに今まで好きと言うのを忘れていた。

 何ということ。レイが子ども扱いするのも分かる気がする。レイを虜にしたいなら私もきちんと想いを伝えなくちゃいけなかったんだわ。私はレイに愛されてるって実感するとき、本当に幸せだから。

 よし。

 今度こそ、ちゃんとレイが誘われてるって思えるように愛情を表現しよう。

 顔を上げてもう一度レイの顔をじっと見つめる。

「レイ。私レイのことが好き。大好き」

「クラリス……」

「優しいところも甘やかしてくれるところも好きだし、器用で努力家なところも、自信家なのに心配性なところもいいと思う。勤勉でいろいろなことに詳しくて博識なところも好き。仕事が忙しくても私に会いに来てくれてとても嬉しいわ。笑顔が一番好きだけど厳しいところや冷たいところも素敵だと思う」

「ク、クラリス?」

「ヴァイオリンを弾くのも上手だし、クラシックコンサートにいつも連れて行ってくれてありがとう。スイーツもすごく美味しいし、食べさせてくれるときもちゃんと私のこと考えてくれてるって分かるから好きよ。魔法の扱いも上手で、見習わなくちゃっていつも勉強になってるし、スキンシップが多いのはちょっと照れるけど幸せになれるわ。レイと結婚できるの、本当に楽しみ」

「ちょ、ちょっと待って」

「外見ももちろん好きよ。鮮やかな赤い瞳とツヤツヤの少し長い黒髪は好きだって言ったと思うけど、優し気な顔つきも背が高いところも肩幅が広いところも、あ、さっき抱きしめて気づいたけど意外とがっしりしている体型も好きだし、手が大きいのも、手足が長いところも……」

「クラリス!!」

 口に手が当てられる。

「お願いだから黙って。嬉しいよ。嬉しいけど、嬉しすぎてどうにかなるから」

 もう一方の手を額に当てている。レイ、耳まで真っ赤だ。

「……ああ、思い出した。我慢できなさそうだからあんまり触らないようにしてたんだっけ」

 まだ我慢してたの? 口を塞がれていたレイの手を取って両手で握る。

「我慢なんてしなくていいわよ」

「やめて、本当にやめて。僕のためを思うならやめてください」

 なぜ敬語?

 照れさせることには成功したけど、嬉しがっているというよりは困ってるわよね、これ。困らせるつもりじゃなかったのに。私は嬉しかったからレイも嬉しがってくれればと思ったのに。こういうところが子どもなのよね、きっと。

「……ごめんなさい」

「え、何で謝るの? 違うよ、そんな顔させたいわけじゃない」

 慌てたレイが頬を包み込むように手で触れてくる。

「我慢しているのは僕のためだから。大丈夫だよ」

「そ、そう?」

 どうしてレイのためなのか分からないけど、レイが大丈夫だと言うならこれ以上は言うべきじゃない。

 次はレイが嬉しがることにしなくちゃ。


 あらためてバームクーヘンを食べる。とても美味しかった。

「ありがとうレイ、すごく美味しかった。大好き」

「はあ、可愛い」

 溜め息ともに言われても。あまり嬉しくなさそう。好きってあんまり言わない方がいいかな。

 そう伝えると、レイは見るからにうろたえて、手を伸ばされたと思ったら引き寄せられた。

「そんなことないよ、すごく嬉しい。ただ、その……さっきみたいな長文は、控えてほしいかな」

 なるほど、羅列するのはよくないってことね。たくさん言うんじゃなくて、ここぞというときに言うほうが効果的なのね。

「分かったわ。ありがとう、レイ。私がんばるわね」

「……う、うん」

 背中に腕を回してきゅ、と抱きしめ返す。

 レイが我慢なんてしなくて済むように、早く大人になれるようにがんばろう。

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