その先は
卒業式を終え、リリーと合流して帰宅するために歩いて行く。花束の贈呈場所である庭園には一応途中まで行くことにした。私達が一番一緒に過ごしたところだから。
「次会えるとしたら旅行に行く時……かしら?」
レイのことだから、今度はいつ会えるか分からない。リリーもしばらくは魔術師としての仕事とワイズ領の勉強で目まぐるしい日々を送るだろうし、直接、となるとハードルが高いわね。
「うん。クラリス、本当にありがとう」
「もう、いつまで言うの。私はリリーが幸せならいいの」
テレパシーは距離によっても魔力の消費が大きいから手紙のやり取りにすることをお互い約束し合う。
「私じゃなくてもオーウェンが近いうちにそちらに行くと思うからよろしくね」
「うん。師匠が来るの楽しみにしてる」
ハミルトン先生もとても心待ちにしてくれているらしい。オーウェンはすごいわ。リリーだけじゃなくレイもいつの間にか紅茶を教えてもらっていたというのだから驚きである。
「蜜月期の時は僕が淹れるからね」
とものすごく嬉しそうに言われた。
バリアに関しては、結局リリーの勉強のために卒業までやめることはなかった。夏休み以降王子が庭園に来ることはなかったがリリー本人からのバリアを見たらショックを受けたと思う。他にも私が教えられる魔法は教えた。この三年間魔法の成績で首席に居続けたリリーの実力は折り紙付きだ。三年の夏休みにはすでに魔術師団のどの部署に配属されるかまで決まっていた。
会えなくなるのは残念だけど、魔術師になったリリーの活躍が聞ける時が楽しみだわ。
私はその時もロングハースト家の自室にいるのでしょうね。レイは閉じ込める気満々だし私も籠もるつもりなので不都合はない。
「ずっとクラリスが私の傍にいてくれたから学園生活も楽しく過ごせた。ありがとう」
リリーはさっきから感謝ばかり。私こそリリーのおかげで楽しかったわ、と返せばまた「ありがとう」と笑ってくれた。
卒業の少し前にリリーは養父母にハミルトン先生とのことを話した。念のため、と私達も同行した。二人は驚くよりも今までの謎が解けた、というように納得した笑みを見せてくれた。おかげで婚約と婚姻を卒業式後に同時にすることも了承してもらえた。
教え子に手を出した、という噂はもし出たらレイとお父様が消すつもりらしいから心配はいらない。お父様が「消す」と言ったら消される。有言実行の人だ。まったく心配はいらない。ちょっと怖いけど。いやすごく怖いけど。聞いた時は震えが止まるまでレイに抱きしめてもらった。
笑顔でリリーと別れて。いつも通り最短ルートを通る。
リリーは今頃ハミルトン先生と合流しているだろう。ゲームのハッピーエンドの場面は二人だけで迎えるべきだ。
そしてハッピーエンドのその先は、どうなるのかしら。楽しみだわ。
ハミルトン先生も卒業式の少し前に教師を辞めることが発表された。男女問わず多くの学生が嘆いていたけど、一番は他の植物学教師。植物園の世話のほとんどをハミルトン先生が引き受けていたらしく、ハミルトン先生を慕う魔法植物の将来が心配なのだとか。リリーも積極的に世話をしていたし、そのままハミルトン先生が引き取ってワイズ領で育てることになるかもしれないそうだ。教師を辞めても研究で植物学が続けられるのはいいことである。
と。何もなかった目の前に一陣の風が吹き、次の瞬間待っていた姿が現れる。
「――卒業おめでとう、クラリス。迎えに来たよ」
「レイ」
伸ばされた手に手を合わせると引っ張られ、腕の中に閉じ込められた。私が二年前にあげた瑠璃色のマフラーをしてくれている。
「明日は結婚式だからね」
ちゅ、と頬にキスされて、し返したらさらに強く抱きしめられた。
「やっと、明日になるんだね。十四年間ずっと待ち望んでいた。今夜はぐっすり寝たほうがいいよ、しばらく寝かせてあげられなくなるから」
そ、外でなんということを。でも。顔を上げてレイと目を合わせる。
「うん。私も楽しみにしていたの。レイ。私の全部、奪って」
「…………後一日この苦行は続くのか。もう、本当に覚悟してよね」
「大丈夫、もうとっくにできてるわ。って、きゃっ!」
学園に通った三年間で私の世間知らずもだいぶ治ったと思う。特に……その、夫婦関連のことは知識だけでも普通の人と同じくらいにはなった、はず。まあ分からないことがあっても私の相手はレイなんだから大丈夫よね。そう考えて頷いていたら膝の裏に腕を回して抱き上げられた。反射的にレイの首に手を回してバランスを取る。
レイの顔を見てみれば幸せそうに顔をほころばせていた。
「最後の恋人の時間だよ。さ、帰ってスイーツを食べよう。今日は抹茶クリーム大福にしたよ。その後いっぱいキスしようね」
「うん」
レイにしがみつくと、魔法を使って一瞬で屋敷へ帰った。
* * *
「クラリス、入ってもいい?」
耳に馴染んだ声とともにノックされて、控え室にいた私は迷わず「どうぞ」と答えた。この世界では花婿が式の前に花嫁を見てはならない、といったことはない。
扉を開けたレイはうっとりとした表情で私を見つめてくる。
「クラリス……本当に綺麗だ」
「わあ、レイも素敵」
レイの普段の服装は黒が多いけど白いタキシードも似合うわね。前のパーティーと同じく胸元に赤い小物でアクセントをつけている。私も同じく、胸元には赤い薔薇がある。レイの瞳と同じ、鮮やかな赤色。
私のウェディングドレスは当然のことながら露出が少ない。ハイネックで腕も手の甲まであるロングスレーブ。一応デコルテと腕の部分は薄いレース生地だけど刺繍が細かいため気にならない。スレンダーラインもいいなと思ったのだが体型が分かるドレスをレイが嫌がったのでベルラインにした。髪はまとめている。
「あーあ、昨日の僕のがんばりが」
とレイが残念そうにしているのは、彼がつけたキスマークを魔法で消したからだ。……あのパーティーの時もそうすれば良かった。
「まあいいや、今夜もいっぱいつけるし」
ご機嫌にぼそりと呟いた言葉は聞こえなかったことにした。これから結婚式で皆の前に出るのに顔が赤くなっている場合ではない。二人きりでなくメイド達が控えているのに、レイったら度胸あるわね。
「ふふ。やっと、やっとクラリスが名実ともに僕だけのものに」
「……? 私はずっと前からレイだけのものだったわよ」
「心はそうかもね。嬉しいけど、僕はずっともっと欲しかったんだ。名前もロングハーストになるし、これからは僕の屋敷で過ごすことになる。学園も卒業したからクラリスが大勢の目に晒されることもなくなる。何より夜には僕の腕の中だ。決して放さないから」
私だってもう子どもじゃないんだから。
「うん。私も二週間の蜜月期がとても楽しみよ」
「本当? 後悔しても二週間は放さないよ」
「しないわよ。私は全部受け入れるんでしょ?」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
レイは嬉しそうに微笑むとポケットの中から小さな箱を取り出した。レイが開けて見せてくれる。中にあったのは二つのシンプルな金環。
「お待たせ。これが結婚指輪だよ」
一つを取り出すと私の左手を取り、薬指にはめてくれた。私も少し大きめな残りの指輪を手に持って、レイの指にはめる。式本番にこのやり取りはできないから直前に、とあらかじめ約束していた。レイは目を細めて自身の指輪を見つめると私に向かって苦笑する。
「遅くなってごめんね。僕よりも母上のほうが材質にこだわりまくってね」
「ううん。ありがとう。本当に素敵」
普段から使えるよう傷付きにくい素材で、細いもので、今の指輪に合うもの。指輪をつけるからとグローブはなしにした。値段? もちろん聞かないわ。
「お嬢様、もうそろそろお時間です」
アマンダの声に返事をする。先に行っていてくれるようお願いして、レイと二人きりになった。
「ああ、こんなに綺麗なクラリスを他人に見せる必要ないのに。さっさと済ませちゃおう」
レイったら……というか、公爵家同士の結婚だというのに招待客は親族のみなのよね。リリー達の結婚式はこれから準備するらしい。ハミルトン先生のように王都から離れていれば親族のみも珍しくないがレイの独占欲には天晴れと言うほかない。私、リリーの結婚式出られるかしら?
「あ、この日まであの女のことを!? 完璧にゲームは終わったのに! 絶対この二週間で頭の中僕だけにするんだから!」
私何も言ってない!
レイは私を柔らかく抱きしめると額にキスをした。唇はさすがに、ね。ここは後で、だ。
「愛しているよ、クラリス。ずっと、君だけを。――来世も離してあげないからね」
「ふふ。うん、離さないで」
私達だけに分かる言葉。それをあえて言うレイが愛おしい。
心配性で嫉妬深くて独占欲の強い人。
それが何だ。レイにはその権利がある。今世だろうが来世だろうが思う存分私を独り占めすればいい。
「私も、ずっと、貴方だけを愛してるわ」
体を離し、出された手に自分のを重ねる。
レイにエスコートされながら永遠を誓い合う式場へと向かった。