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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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今度の相手は(ブラッドリー視点)

 気になったのは、図書室でちらちら感じる視線。敵意は感じない。かといって好意も感じない。視線が外された後に見てみれば、視線の主であるクラリス・イシャーウッド嬢は何か不思議そうに首をひねっていた。

 同じクラスだが教室にいるときはまったく視線を感じないし、グループワークで一緒の班になっても普通に接するだけ。むしろ関わらないようにしているとも思えた。

 なのに図書室へ行けばまた視線を感じる。一体何なのか。

 彼女には婚約者がいる。数年前すでに婚約しており卒業後すぐ結婚する予定なら恋愛結婚だ。あの冷徹で非情なレイモンドが自身の婚約者にはベタ惚れで溺愛しているという噂はよく聞く。彼らに会った人物全員がそう言うのだから真実なのだと思う。あまりにベタ惚れでかの公爵令嬢を屋敷から出さないように、自分以外の異性と会わせないようにしているとまで耳にする。別に最初会った時は彼女がその噂の公爵令嬢か、と思っただけだ。品もあり振る舞いも完璧、美人すぎて近寄りがたい、そんな人物だった。

 中身はよく知らないが、父親には似ていないようだ。笑顔で相手の一番弱いところを完膚なきまでに突く。目を付けられたら最後、丸裸にされて国から追い出される、イシャーウッド公爵はそんな人だ。彼女の口元にもたいてい笑みが浮かべられていたが性格は違うみたいだ。同じグループのポーラの話をにこにこ笑いながら聞いているし、クラスの友人との会話も聞き役が多い。


 そんな彼女が誰よりも親しくしていたのは元平民の女性だった。横を通りかかったことがあるだけだがかなり驚いた。殿下と同じ金髪に緑色の瞳。殿下とは違うものの整った顔立ちで、そう、女王陛下に似ているともいえる。可愛らしい女性であるがおどおどした雰囲気ですぐに平民だと分かった。自分達に関わりたくないのは見て取れたから図書室で会っても気にしなかった。

 女性にとってはかなりの強運である、イシャーウッド公爵を敵に回したい者などいない。平民というだけでなくリオンの義姉になったということでかなりの嫉妬を集めていたがクラリスが傍にいる時に攻撃できるはずもなく、平穏に過ごせていた。魔力が高く、テストで殿下を抜いた時は驚いたものの殿下は特に関心を示さなかった。顔を俯かせていたせいか通りかかったことも気付いていなかった。元平民に興味を示されても困るが、国王陛下はあまりに冷めた殿下を心配されている。このまま見合いで結婚をして、好きでもない女と一生を共に過ごすのかと思うと心配だ。


 ある日図書室へ向かっていた先に何か揉め事がありその人物達をちらりと見た。それだけで逃げられる。自分の顔は怖いらしいので逃げられるのは慣れている。

 揉め事の相手はクラリスで、また彼女はじっとこちらを見てきた。まるで何かを期待するような視線。意味が分からない。見れば彼女の後ろにあの平民の女性がいた。クラリスと一緒にいる時は不安そうな顔つきが若干和らいでいた。魔力の高さで養子にしたそうだがこの容姿なら実力をつければ婚約に困らないだろう。

 後日、あの揉め事の相手達はイシャーウッド公爵とレイモンドによって国外追放になったらしい。クラリスを敵にすることの恐ろしさを知った。


 夏休み以降何故かすっかりなくなったそれ。関わりを避けることは続いている。どこか寂しいと感じる自分の目に映るのは友人や婚約者に笑顔を向ける姿。この時点で自分はレイモンドの稀有な表情でなく彼女だけを見ていたことに気付くべきだった。


 そして二年になってある日の図書室で。初めてと言っていいくらい周りに誰もいない一人きりでいる彼女を見つけた。

 多くは友人――殿下が興味を持ったあの平民の女性がいるのにいない。いつの間にかイスから立ち上がり近くに寄っていた。

 …………まずい、話すことがない。シーウェル嬢の話はしないほうが良かったか。彼女も不思議がっている。

「ブラッドリーって、すごくいい声をしてるのね。寡黙なのもったいないわ。もっとたくさん話せばいいのに」

 世間話でもするかのように簡単に他人を褒めてくる。そして次の瞬間、蕩けた瞳を見せた。どきりとする自分の耳に聞こえてきたのは

「レイの声も素敵だから、私いっぱい話したいと思うの」

「…………」

 恋愛結婚だ。出会う前から自分の出る幕はない。何とも言えず黙っていると彼女がまた口を開いた。

「ごめんなさい、私の話はいいわよね。えっと、だからブラッドリーはもっと声出したほうがいいと思う。そのほうがモテるわよ」

 その言葉を不快に感じた。頷くのをやめて口を開く。

「……その他大勢にモテても意味がない」

 自身のことだとは思わないだろう。それどころか誰か特定の人を思い浮かべたのか、敵対するような瞳を向けられた。まるでその誰かに懸想するのは許さないと言わんばかりに。

 あまりの見当違いな視線に笑いそうになった。無言に耐えられず口を開いていた彼女は黙る。どうやら嫌われてしまったらしい。

 と、髪の紐が取れかかっているのが見えた。まったく気付いていない。手を伸ばすとびくりと震えながら拒否されたため手が止まる。ああ、失礼だった。髪の紐が取れかかっていることを告げれば自分で縛り直した。

「教えてくれてありがとう」

 初めて自分に向けられた笑顔。

 そうか、彼女はこんなに優しく笑うのか。

 けれどまただ。黒と赤。誰のことを指しているのかは笑顔を見ても分かりやすい。彼女のネックレスも赤色で、指輪に至っては赤に混じり合うように彼女の瞳の色の瑠璃色まで入っている。自分に見せたものとは違う。本当にレイモンドが好きなのだな。


 レイモンドに悟られた。失恋だと分かっているのにパーティーで追い打ちをかけられた。彼からのキスだけなら別にいいが、彼女がレイモンドのことを語った蕩ける瞳をして抱きついたのは傷付いた。

 彼女の目にはレイモンドしか映っていない。自分が会う前から……学園に入る前からそうだった。

 彼女の顔を隠すようにレイモンドが抱きしめる。自分の視線には気付いているはずなのに自分を見ることはない。まるでその程度の存在だとでもいうように。いや、事実彼女にとって自分は頭の隅にも入らないただのクラスメ-トだ。彼女が何か言ったのかレイモンドの瞳が蕩けて応えるために口を開く。視線を外した。もう見ていられない、そう思った。


 殿下は殿下で、レイモンドに言われたことを気にしシーウェル嬢を見ないように背を向けていた。自分には向けられない笑顔。それを見るだけのつらさは自分にも分かる。

 ああ、殿下。彼が敵になったら勝てるとは思えない。初めから殿下の一方的な片想いだ。シーウェル嬢には両想いの人間がいるらしい。彼女が殿下のほうを向くことはない。元平民、養子先も伯爵家。周りからも反対されるのに本人も嫌がっているなら叶う確率は限りなく低い。さらに王城内でも優秀と評判のレイモンドとディーン、そして何よりイシャーウッド公爵の娘である彼女があちらの味方に回っている。いくら殿下でも不可能だ。




 *   *   *




 卒業式後、二人とも花束を受け取ることなくいなくなっていた。

 最後に一言だけシーウェル嬢と話した殿下は心配した自分の考えに反しすっきりした表情をしていた。

「あの時のパーティーである程度は分かっていた。レイモンド達が法律に手を出した時に敗北を悟った。……つらいな。恋愛とはこういうものか。初めて味わう感情だ」

 と言いつつ少しだけ笑っている。苦笑いに近いが、それでも人間めいた表情だ。

 殿下はこの二年で表情が豊かになった。自分みたく表に出ないだけで、中の感情はさらに動いているのかもしれない。殿下の成長のためには良かったのか。

「お前のほうが俺よりひどかっただろ」

 まさか俺の気持ちにも気付いているとは思わなかった。

 レイモンドは自分に何もしなかった。殿下の側近だから手心を加えたなどあり得ない。クラリスに気付かれないように、か。事実、クラリスは先ほども何も反応しなかった。元よりあれ以来俺に対しよそよそしくなった。レイモンドを嫉妬させないために近付かない、話さない、それは彼女のレイモンドに対する配慮だ。

 あそこまで想ってくれる女性が自分に現れてくれるだろうか。

 殿下が見合い結婚をすることを心配していたのに、自分が恋愛結婚をしたいと考えるようになってしまった。今度は相思相愛の人が見つかるといいなと思う。自分にも殿下にも。

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