もう大丈夫
お風呂上がり、胸を触ってみる。特に何も感じない。しかしメイド達曰く男の人は女の人の胸が好きらしい。レイに触られたら何か違うのかな。
私は小さくもないけれどそれほど巨乳というわけでもない。腰が細いので巨乳だと変に見えると思う。メイド達には美乳だと褒められる。ただメイド長のアマンダからは「何故その胸の脂肪が腰にいかないのか……これほど細くて心配ですよ」と言われる。褒めてはいないと思う。
レイは触るのもダメなのか。何というか、結婚した後ってレイすごそう。彼のやりたいことが多すぎる。というより今できないこと? でもそれを受け入れられるのが私だけなら受け入れるべきよね、うん。
「むしろお嬢様はもう少しレイモンド様に辛抱してもらうべきでは?」
私の首のキスマークを眺めながら夜着を着せ終えたアマンダが忠告する。
「レイは今でもたくさん我慢しているのに? 私キスマークいやじゃないわよ?」
「お嬢様はいやなことのほうが少ないでしょう。結婚した後寝室から出られる日が来るのかとても心配ですよ」
そう言って肩を竦めたものの、すぐに「まあお嬢様のことですから大丈夫ですかね」と微笑まし気に見られた。私に対する信頼、とも言えないような……大丈夫って言われたからいいわ。
* * *
数日後の午後、お茶の時間にレイが現れた。すごくにこやかな笑顔で「もう大丈夫だよ」と告げられる。
「法律変えたから!」
「……え?」
「殿下の心を変えるよりよっぽど簡単でしょ?」
簡単、って私が知らない意味があったのかしら。レイが私の隣に座るとすぐオーウェンがレイの分の紅茶を出してくれた。それに感謝しつつレイは嬉しそうに私を見つめる。
「今まではなあなあだったけど、本格的に結婚できるのは学園卒業後のみにしたよ」
「……? それだとどうなるの?」
王子ルートに行かないように決定的な打撃を与えると言っていた。法律を変えるという計画だったのはびっくりだけど、結婚時期を変えるのってどんな関係があるんだろう。
「王城に勤めている者が蜜月期を重複するわけにはいかないから、すでに申請している僕達より他の奴らが先に結婚することはない。それは殿下も同じ。だけどハミルトン先生は首都に屋敷を構えているわけではないからそんなことを気にする必要もなく時期関係なくいつでも結婚できる。王族相手なら先に結婚した者勝ちだ。リリー・シーウェルの卒業と同時に教師をやめて婚姻してしまえばいい。僕は妥協するつもりがないから、攻略キャラの中でハミルトン先生だけができる技だよ」
ああ、なるほど。他のキャラクターは全員首都に屋敷があるものね。
「レイ、すごい」
「あ、でも同日に共同結婚式とかいやだからね。というかクラリスのウェディング姿なんて僕以外の人間は見なくていいのに」
それはさすがに無理がある。レイは公爵家だ。というか、今予定しているのも結構人数が少ない。卒業式の翌日にするからと少ない人数で挙げることがいつの間にか許可されていた。抜かりないわ。
そういえば、ディーンルートで似たような台詞をエンディングの卒業式の時に言っていた気がする。
ポーラ達も大丈夫かしら。確認してみたら私の知り合いで卒業後すぐ、を予定している人で不満は出なかったそうだ。以前より蜜月期の日程は決まっていたらしい。公爵家同士である私達の婚姻が早いのは当然とのことで、良かった。
これでハミルトン先生とのハッピーエンドになれるわよね。
レイは私の頭を撫でながら少し嘆息する。
「本当は成人後すぐの婚姻を推奨したかったんだけどね。僕達の結婚時期が決まった段階で変えても羨ましいが憎たらしいに変化するだけだから」
元々そんなにいなかったが今後卒業前に結婚しようとした人には迷惑をかけることになるのね。私にとってリリーが無事ならいいわ。
「それと、殿下対策はこれだけじゃダメだと思ってこの通りやすい法案に隠れて王妃教育は卒業後に行うこと、魔術師となった者は候補から外れることになったよ。侯爵以上の身分とすることも提案したんだけど、さすがにこれは恋愛結婚の弊害になると許可されなかった。大昔どうしてもと公爵家の養女になって王族に嫁いだ子爵令嬢がいるらしくてね」
う、うわあ。パーティーもだったけど、王子が可哀想になるほど徹底的。レイ、すごく頑張ってくれたのね。レイを見つめればにこにこ笑いながら自身の頬を指差した。けれど私はレイの唇に口づけを送った。
……レイには当然のように抱きしめられて顔中にキスされた。
「リリー・シーウェルが魔術師になろうとする限り魔術師団団長が殿下を阻む。そうでなくても殿下なら花束をたくさんもらうし卒業パーティーにも出なければならない、卒業式直後に籍を入れるリリー・シーウェルの邪魔はできないさ。ふふふ。僕とクラリスの蜜月期を短縮した報いだよ。僕がどれだけ楽しみにしているか……!」
それ王子関係ある? まあ二週間になるのは国の都合だものね。
一か月も寝室に、は体がもたないと思う。さすがにいちゃいちゃしない時間もあるわよね?
……あ。
そうか、魔法で体力を回復すればいいんだ。なんだ、簡単なことだったのね。アマンダが大丈夫、と言ったのもこれのことだったのね!
「なんでそう僕に都合のいい結論になるのかな。……その予定だったけど」
レイから不思議そうに見つめられる。……レイって一体どこまで私の心が分かるの? 後半の呟きは小さすぎて聞き取れなかった。
紅茶を飲むために私から離れたレイに対して膝立ちになる。レイが紅茶をテーブルに置き私を見上げたところで抱きついた。
「レイ、ありがとう。大好きよ」
前のように私から深いキスをしようとしたのだが、腕の中にいるレイが固まる気配がする。
「……? レイ?」
少しだけ体を離してみると目を瞑りわなわなと震えていた。
「耐えろ僕……!」
な、何、何? 私何かした? まだキスしてないわよ?
「ああうん分かってるよクラリスは無意識だよねそうだよね僕の顔にちょうどクラリスの胸が来たのは偶然だよね分かっているよ大丈夫勘違いしていないクラリスは昔からそういう子だから僕が我慢すればいいだけ大丈夫結婚までだから今は触らない、――ああもう柔らかかった! 触りたい!!」
早口でまくしたてられ最後には手で顔を覆って伏せてしまった。……ここで触ってもいい、と言ってはいけないわよね?
「レ、レイ?」
「ごめんクラリス、ちょっとだけ放っておいて」
レイが動かない。わ、私かなり悪いことをしたみたい。膝立ちの時はあまり抱きつかないようにしよう。座り直して隣でじっとしているとしばらくしてレイが顔を上げてくれた。私に向かって手を伸ばしてきたので大人しくその腕の中に入る。
安堵の息をするあたり、私本当に今後は膝立ちをやめたほうが良さそう。
「後一年半。楽しみにしているね。……結婚したら触りまくろう」
よく分からないが固い決意をしていた。私もレイの背中に腕を回す。
「あのね、レイ。私が触っても何も感じなかったから、レイにつまらない思いをさせてしまわないか心配なのだけど」
「…………想像するな僕」
レイはぼそりと呟いた後私に頬ずりしてくる。
「クラリスの今までの反応を見る限りむしろ敏感だと思うから心配はいらないだろうけど……大丈夫、例えクラリスが不感症でも僕が触りまくって僕なしではいられないようにしてあげる」
「それなら今からしたほうがいいんじゃないの?」
「何言うのこの子」
顔を上げて発言すれば即座に返事された。顔が引きつっている。
じっと目を合わせ、私に言い聞かせるようにゆっくり口を開いた。
「あのね、僕は触りたいしもっといろいろなことがしたいんだよ」
「私は構わないわよ?」
首を傾げればレイは大きな溜め息をつきながら首を横に振る。
「君はなんで未知のものにまでそんなに寛容なの」
「だってレイがすることでしょ?」
「その信頼をなくしたくないんだ」
……? いいのに。レイが何をしたって今までの信頼がなくなることはないと思う。
「ダメだよ、胸に触ったら最後まで止まる自信ないもの」
え。さ、最後までって……そ、そうなんだ。胸ってそこまでのことなんだ。
無意識に抱きつく力を強くする私を安心させるように背中を撫でてくれた。
「ごめんね、理性利かなくて。卒業後すごいことになるからあらかじめ謝っとく」
それは心配いらないわよ、私はもうすでに覚悟しているもの。何があっても私は受け入れてみせるわ!
「そのやる気はありがたい……の、かな?」
「うん。大丈夫よ。だってレイだもの」
「自分のことながら僕は一体どこでその絶大な信頼を得たんだ?」
レイは不思議がっているけど、それはもちろん幼い頃からのレイの行いによって、よね。
レイはいつも私に誠実であろうとしてくれた。私をからかったり嘘をついたりしたことはない。
そして私のために王子のことで頑張ってくれた。ここまでされて信頼しないほうがおかしいと思う。こんなに私のためにと動いてくれた彼に対し、ゲームが始まればヒロインを好きになるかもしれないと考えた自分が恥ずかしい。
結婚まで後一年半。楽しみだわ。
「……あの、ところで私からもう一回あの深いキスにチャレンジしていい?」
顔を上げてレイと見つめ合う。
一回目は上手くできなかった。練習の仕方も分からないから実践で、と考えたことを告げてみるもレイの返事は曖昧だ。
「……本当に、結婚したところで僕の欲望を全部受け入れるんだろうね、君は」
嬉しそうな苦しそうな微妙な表情。うーんと、してもいいのよね?
膝立ちしないでレイの首に腕を回し唇を近付けた。レイの腕が私の腰に絡む。
…………やはり上手にできなかった。レイが最初から積極的に動いてしまったから私はついていくのに必死。立ち位置の上下が関係ある? でも膝立ちはなあ。
大丈夫、まだ一年半あるんだもの。それまでに上達してみせるわ。レイをたくさん喜ばせるの!
「……どうして僕は成人後にしなかったんだろう。ああもう、バカだなあ」
私を抱きしめ頭を撫でながらレイは大きな溜め息をついていた。