パーティー②
パーティー会場ではオーケストラが演奏している。
私達と離れさせるためにかレイ達も誘われたらしいが「断ったよ」と晴れやかな笑顔で言われた。
「クラリスの傍から離れるわけないじゃん」
「いいの?」
「僕達別に音楽隊じゃないし。仕事はきちんとしているよ、文句を言われる筋合いはないね」
ディーンの言う実力があれば無茶ができる、か。
離れないことは嬉しいけれどレイのヴァイオリンの演奏も聞きたかったな、と思っていたら「クラリスが聞きたいなら明日にでも君だけのために演奏するよ」と言ってくれた。
レイはこんなに私のためにいろいろしてくれるのに、私にできることはもっとないかしら。
「いいよ、パーティーから帰った後をものすごく楽しみにしているから」
何かうきうきしている。……私何も言ってないんだけどなあ。嬉しがってくれるならいいけど。
レイは腕を伸ばして私を柔らかく抱きしめてきた。
「ああ、早く帰りたい。どうして僕の可愛いクラリスをこんな大勢の人間がいるところに……殿下め」
ぎりぎりと歯軋りする音が聞こえる。レイの雰囲気が怖いようで飲食スペースに私達以外誰もいなくなった。後で料理人の方々に謝るべき?
「レイったら、もう。今日何のために来たと思ってるの?」
「殿下の口封じだっけ?」
「レイ……」
周囲に人がいないと分かっているとはいえ、小声でも何ということを。
それでも、本当に。こんなにも我慢してくれているのよね。こんな舞台で私からキスする勇気はないけど、感謝の印としてレイの背中に腕を回す。レイは笑ってくれた。
「大丈夫だよ。クラリスのためならいくらでもがんばれるから」
こつ、と額を合わせてくる。ひゃああああ。
「こ、こんなところで……」
「もっとがんばれるから。許して」
許す……。
「クラリス、大好きだよ」
レイの顔が近付いてきた。え、まさかここで? 今更だけどここ外よ? 国内外の人が大勢いる場所よ?
「おいこら。いちゃいちゃしてばっかりでオレ一人に押し付けてんじゃねえよ」
ディーンの声がして顔をぱっと逸らす。あ、危なかった。私一人では絶対レイを受け入れてたわ。リリーのためにここに来ているのに、ディーンの言う通りね。
しかしレイは違ったみたい。私が受け入れると分かっていたので機嫌が急速に悪くなる。
「ああ゛?」
「ガラ悪っ! てめえオレより怖えよ」
あらまあ、ガラの悪いレイも素敵。私と二人きりだったら絶対見られない顔だわ。思わず見惚れていると「強すぎんだろ」というディーンの呟きが聞こえた。
するとぎゅう、と強く胸元に引き寄せられてディーンの視界から外される。ちょっと息が苦しい。
「見るな。興味を持つな」
「持ってねえよ。ったくお似合いだぜ」
「ありがとう」
「褒めちゃいねえんだなー」
私も褒められていないと思うがレイの機嫌が直ったおかげで腕の中から少しだけ解放された。レイの匂いは好きだけど息苦しいのはキスだけで十分。
……あれ? 視線を動かしてみるとなんだかリリーの顔が曇っている。私がレイと話している間にディーンと会話していたと思うのだが、一体何があったのか。
聞こうとしたらディーンの声に入り口を見ることになった。
「――お、来たぜ」
見れば優し気な高齢の男性が入ってきていた。まるで聖職者みたいな方。……確か、あの方は……。
「え、えっと?」
リリーが戸惑った様子でこちらに向かってくる男性と私を交互に見つめる。私が説明しようとする前にレイが口を開いた。
「魔術師団の団長だよ」
「え?」
リリーがぽかんと口を開ける。やっぱり。男性は私達の傍に来るとリリーに向かい合うように立った。
「初めまして。魔術師団団長、グレゴリー・ケアードと申します。貴女がリリー・シーウェルさんですね」
「は、はい」
「実は貴女が魔術師になりたがっていると聞きまして。お話できればと思っていたのです。殿下の誕生祭ではありますが少々お時間よろしいでしょうか」
「は、はい!」
リリーはこくこくと頷く。緊張しているけど嬉しそう。二人は何やら魔術師についての話をし始めた。私はレイを見上げる。お父様じゃない場合呼ぶとしたら、で想像はしていたがまさか本当に魔術師団団長がいらっしゃるなんて。この方は研究メインで表舞台に立つのはあまり好きではないという噂があったのに、レイすごい。
「彼ならパーティーにも出られる。リリー・シーウェルの将来のためにもなるし、さすがの殿下でも口を挟みづらいでしょ」
王子対策ではあるけど、リリーのことを考えてしてくれたのがありがたい。
「ありがとう、レイ」
「予定の調節に時間を取られただけで、結構最初から好意的な返事をもらえたよ。お義父様が折に触れて話していたのが大きいね。それもクラリスがお義父様に話していたからこそだから」
「レイは謙虚ね。お父様が話していただけではパーティーに出てくださらなかったと思うわ。レイ、大好き」
レイはふわりと柔らかく笑ってくれた。
時間的にももうそろそろ王子の登場する時間帯だ。忙しい人ゆえぎりぎりとなったのだろう。
リリーは頬を赤らめて嬉しそうに話している。リリーの表情が元に戻ってよかった、と私もつられて笑う。
レイは私の笑顔を見て満足そうに微笑んでからディーンに視線を移した。
「で、聞こえたけど随分なことを言っていたじゃないか。あの女の顔が曇るとクラリスも悲しむんだ、断っていなければ制裁していたぞ」
「怖えよ。つーか聞いてたんかよ、てめえの耳は何個あんだよ」
何の話かしら。戸惑っているとレイが私を安心させるように表情を和らげる。
「このバカがクラリスの家で対策をしている時にリリー・シーウェルに見惚れていたんだ。パーティーで何かするかと思ったら案の定だよ」
「おい、オレはバカなんて初めて言われたぞ」
ディーンは昔から天才で神童と呼ばれていた。ゲームの設定の通りで、噂なら私も聞いたことがある。
レイも気にしていたわね。私は特に会いたいと思わなかったからそれを告げれば安心していた。
実際大人になっても天才のままなのだからすごい。さすが攻略キャラクター……って、ついゲームに繋げてしまう。
ダメね。ディーンのルートは選択肢で潰れて、もう関係ないのに。
…………って、リリーに見惚れていた? や、やっぱりハーレムルートだったの?
ディーンは罰が悪そうに頭を掻いている。
「うるせえな、ちょっとくらっと来ただけだろ。てめえがしっかり牽制してきたじゃねえか」
「じゃあ今日の発言は?」
「ありゃあオレだけじゃなくあいつのためでもあるだろ。何か知らねえけど婚約できねえ理由があるなら卒業するまではオレと婚約してみたらどうかって提案したんだよ」
え、そんな会話していたの? ディーンは婚約者がいないから卒業後苦労しているという話はレイから聞くけど、リリーを隠れ蓑に、ってこと?
「はっ、彼女のため、ね。一応そういうことにしておいてあげるよ。即座に断られていたしね」
くくっ、と意地悪そうにレイが笑う。ディーンも「性格悪りぃ」と呆れていた。
リリー、断ったんだ。当然のことだが公爵家からの申し出を断るのは相当な勇気が必要だっただろう。彼女に余計な負担をかけてしまった。
「……てめえ、わざとだな。何がしたいんだよ」
「失礼な。きちんと自覚した上で失恋させてやったんだ、感謝してほしいくらいだよ。少しだけ二人きりにさせてあげたでしょ?」
「おい、そこからわざとかよ」
……レイって、どこからどこまでが計算? わざとリリーに負担をかけさせたなら怒るわよ。
「うわ、やめて。直接話をさせて失恋させたいとは思っていたけどディーンが婚約話をするとは思っていなかったよ。リリー・シーウェルが断らなければ僕が邪魔して防いでいたし今後何かするようなら抹殺するから許して」
「おいいいいい!! オレの前で喋ることか!?」
私に謝るように頬を手で包み眉を下げるレイに対しディーンが騒ぐ。私も反応に困るわ。
「殿下は跡継ぎだからともかく君なら社会的に抹殺は可能だよ。国にとって大打撃になるとしてもクラリスが悲しむことに比べれば疑問の余地はない」
「怖えよ!」
「レイ、レイ。落ち着いて。私そんなこと望んでないから。ディーン様がリリーに何もしなければ大丈夫よ」
ばっさりと言い捨てたレイの腕を摩る。レイの険のある雰囲気がなくなった。
「だそうだよ。良かったね、クラリスに感謝しないと」
「わーったよ! ったく、何が失恋させてーだ。自覚したくなかったよこんなもん」
ディーンは吐き捨てるように言って肩を竦めた。
よく分からないけど、ディーンは諦めたということかしら。
リリーはハミルトン先生に一途なのに、どうしてハーレムルートになったのだろう。現実は難しい。
レイはともかく、ハミルトン先生にディーンに。リオンは諦めたってレイは言っていたわね。
えーと……ああ、ブラッドリーは違う人が好きなんだった。良かったわ。
じゃあやっぱり後は王子だけね。
そう思い安心した私は、レイが複雑な顔で凝視していたことに気付かなかった。