自覚
この世界にCDはないが、似たようなものはある。専用のプレーヤーに置いて、魔法をかければ録音したものと変わらない音質を楽しむことができる。記録魔法と再生魔法を使っているだけなので形は何でもいいはずだが、分かりやすくするために音楽用の記録装置の見た目は黒い円盤の形をしている。名前も「レコード」や「音盤」だ。といっても針はないし、蓄音機のようなスピーカーも必要ない。魔法が使えなければダメなので貴族の娯楽品である。
レイがヴァイオリンを披露した集まりに私は参加できなかったから、後日レイが持ってきてくれた。やっぱりレイのヴァイオリンは素敵。
あの時は突発的に非常識なことをしてしまったけどレイは迷惑じゃないって言ってくれた。しかもレイに会えただけじゃなくヴァイオリンも聴けて、こうしてレコードの録音の約束もしてくれて、いいことばかりだった。あれからレイは短い時間でも頻繁に会いに来てくれている。手紙がないことも多いけど私もしてしまったし、気にならない。
嬉しい。幸せ。
けれど、ちょっと困ったことも出てきた。いや、困ってるというか、戸惑うというか、照れるというか……。
この前のことを思い出す。
ロングハースト家で食べたご飯はとても美味しかった。そしてその後、上着を脱いでシャツ一枚になったレイが持ってきてくれたのは何かが入ったボウル。一緒にフルーツがたくさん並べられたお皿とホイップクリームなどが入った絞り袋もテーブルに置かれる。
「せっかくだから目の前でできることにしようって思って。自分だけのを作るのも楽しいよね」
そう言って笑みを浮かべたレイが作ってくれたのはクレープ生地だった。大きめのフライパンで器用に生地を焼き、私の目の前に出してくれる。
「クリームもフルーツも好きなのをどうぞ。あ、僕のもクラリスが作ってくれると嬉しい」
レイと違って料理などしたことがない私はクリームを絞ることだけでも苦戦してしまい出来はよくなったが「最後は包むから均等じゃなくて大丈夫だよ」と慰めてくれた。服についた汚れは魔法で消した。魔法って便利。今回はさすがにレイに食べさせてもらうことはなかったけど、レイと一緒に食べるのはとても楽しかった。
私は前世で料理をしなかったのだろうか。記憶になくても体が覚えていたりしないものか。
何にせよ、満足には違いない。
「お腹いっぱいだわ」
「それは良かった。クラリスが美味しかったって喜んでくれて良かったって、料理人達も喜んでいたよ」
「まあ。ロングハースト家の料理人の皆は優しいのね。腕もいいから私すごく幸せ」
私が笑えば隣に座るレイも目尻を下げて優し気な笑みを浮かべる。
「でもレイが作ったスイーツを食べるときが一番幸せ。レイ、本当にありがとう」
「……そういうことをさらっと言うんだから、本当参るよね。というか、食べているときだけじゃなくてさ」
「ん?」
「僕と一緒にいるときが一番幸せだと嬉しいよ」
さらっと言ってるのはどっちよ。赤くなった頬を隠すように両手で頬を押さえる。
「ううっ、私ばっかり照れてる気がする」
「どの口が言うのさ」
呆れた顔で言われた。どういうこと? レイの赤い顔ってあんまり見たことがないと思うんだけど。
レイは手を伸ばして頬に置いてある手に重ねてくる。
「可愛い。僕以外には見せないでね。そうでないと待ってあげられなくなるから。クラリスが今のままなら大丈夫だから、安心して」
頬から手を離して、指を絡めるように手を繋がれる。手を繋ぐことはあっても、恋人繋ぎは初めてだ。
「残念だけど、帰ろうか。送っていくよ」
「う、うん」
立たされて玄関へ向かう。その時も、今まで手だけだったのに腰を引き寄せられていつもよりだいぶ密着しながら歩くことになった。
* * *
「クラリス」
ノックの音とともにレイの声が聞こえてはっとする。
「どうぞ」
立ち上がり入室の許可を出す。もうメイドが事前に「レイモンド様がいらっしゃいました」と伝えてくれることもなくなった。顔パスだ。
部屋着だがレイは幼馴染だし、今は婚約者なのだから構わないはず。レイも着替えをする時間があるなら自分に当ててほしいと言ってくれた。さすがに夜着のときは何か羽織るものを足すけど。
扉を開けて入ってきたレイは私の顔を見ると口元をほころばせる。そして私の近くにあるレコードに目を向けた。
「またあれ聴いていたの?」
「うん」
「喜んでくれたのならよかった。僕も、クラリスに聴かせると思えばいい演奏ができたよ」
頬に手が触れてくる。
告白してからも積極的だったけど、さらに積極的になったような気がする。
具体的に言えばスキンシップが増えた。頭を撫でることは多かったけどそれ以外ではあまり触れることはなかったのに、今は会話するときは頬や顎や肩や手など、どこかに必ずレイの手が当たっている。
「我慢していたからこのくらいはいいかなと思って」
と、あれからよく分からない言葉も増えた。レイも説明してくれない。よく分からないけど、今まで我慢させていたのなら申し訳ないと思う。レイに我慢させるくらいなら私の恥ずかしいという気持ちくらい耐えられる。
でもやっぱり私ばかり照れている気がするから、今度はレイを照れさせようといろいろ考え中だ。ゲームは参考にならないし、思い出したくもない。
「レイ、毎日のように来てるけど大丈夫? 忙しくて体調悪くなったりしてない?」
「大丈夫だよ。クラリスに会えないほうが悪くなるって前回学んだから」
「そ、そう」
する、と頬を撫でられ照れているとレイの瞳が蕩ける。
「可愛い。やっぱりちょっとの時間でも会えるのはいいね、元気になるよ。ありがとう、クラリス」
その後ほんの数分でレイは帰っていってしまった。
パタンと閉じた扉を見つめながら、レイが触っていた頬に触れる。
ひやああああ。
あう。甘い。何というか恋人って感じがする。最近私は顔が赤くなってばかりな気がするわ。
レイがかっこいいのも優しいのもいつも通りだけど、なんであんなに甘く感じるのだろう。
レイ。好き。
………………。
「…………ん?」
あ、あれ? 今、すごく自然に好きという言葉が出たけど。
…………うん。
レイのことが好き。好き、好きだ。
……。
………………。
…………………………。
!?!?!?!?!?
い、いつの間にレイのことが好きに?
え?
ええ?
ええええええ?
ちょっと待って。わ、私最初からレイのこと好きだったんじゃ……。
結局、私が婚約を言われたときに頑張ろうとしていたことって、すでに達成してたの?
あ、いや。両想いだからって、まだラブラブにはなってないわ。両想いであることがはっきりした今、レイにはもっともっと私を好きになってもらいたい。
隠しルートだからって安心したらいけない。絶対レイのルートに入らないように、レイを私の虜にして、他の女性なんて見えないようにしなくちゃ。
今のほうが、絶対にいやだって言える。ヒロインだけじゃない。レイを誰かにとられるなんて考えられない。
よし。レイを照れさせる作戦を実行しよう。何かプレゼントできたらいいけど私一人では買い物に行けないし、商人が来てしまってもきっとレイにばれてしまう。外出しないで今できるもので、となるとサプライズは難しい。とりあえず、レイに触れられるだけじゃなくて私からも触りにいかなくちゃ。
もうすぐ学園は夏休みになる。そうすればレイに会える時間は増えるはずだ。
うん、がんばろう。
クラリスのじょうたい
むじかく から じかくに へんか
こうげきりょくが あがった