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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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貴女のおかげ(リリー視点)

 その日の放課後の生物準備室、ハミルトン先生に教わっていたのは被っていて受講できなかったゲーム学だった。

 文字通りゲームで遊ぶのだが、全て魔法を使って行うのが違う。面白そうな名前とは裏腹にルールの縛りがきつい授業でひとえにチェスといっても右足だけで操作魔法を使ったり鼻だけで変化魔法を使ったり、細かい魔法の鍛錬ができる上級者には人気の科目である。

 普段魔法を使うのは主に手や口だから難しい。この日は目だけを使いチェスの駒を操作する。

 チェスだから一旦操作をやめると駒が変なところで止まってしまうけれどとてもためになる。被っていたのが空間魔法じゃなければこちらにした。

 ハミルトン先生の番で駒を動かしている時、ノックの音がした。

「ぁ……ど、どうぞ」

 ノックの音に気を取られて駒を中途半端なところで止まらせてしまっている。先生は立ち上がりドアへと向かう。こ、これは私のチャンスだ。よし、と気合いを入れてビショップを斜めに動かしていく。


「殿下? どうなさいました?」


 聞こえた言葉に瞬きしてしまって変なところで止まってしまった。

 あああああ! もう一つだったのにー!

 って、そうじゃない。クラリスがバリアを出してくれるようになってから魔具の授業でも会話はしていなかったのに、今頃どうして? 放課後なら王子は王城じゃないの?

 息を殺してチェス盤を見つめる。

「リリー・シーウェルはいますか?」

 や、やっぱり私? 背が縮こまってしまう。ハミルトン先生はどう答えるかな、と思う間もなく先生が私を振り返る。

「はい、いますよ。彼女に何か用事ですか?」

 先生ー! と言いたいけど、下手に隠さないほうがいいのは分かっている。私達の関係を疑われないようにしようとあらかじめ先生と決めていたことだ。

 クラリスにも王子が近付こうとしている間は学園内でも恋人らしい雰囲気を出さないほうがいいと助言された。

 わ、私出してたっけ? 気付かれたのはリオン、メイド、領の方達とそれにスージーさん……け、結構いるなあ。気を付けよう。

「やはりいるのか……。毎日のようにいると聞きましたが、魔法の勉強を?」

「はい、彼女は熱心な学生ですから。今日はチェスで目だけを使って操作魔法の練習をしていました。……私が操作を間違えてしまって負けています」

 大丈夫です先生、私も操作間違えました。ううっ、リオンやお養母(かあ)様と対戦しまくって自信があったのに。

「なるほど、だから彼女は首席なんですか」

「殿下、それは彼女の努力の賜物ですよ。私は教師としてお手伝いさせていただいているだけです」

 先生の言葉が嬉しくて思わず入り口のほうを向いてしまった。直後、王子と目が合いすぐに顔を逸らす。王子の表情は見ていない。見たくない。どんな表情をされても困る。

 私は彼の想いに応えられない。王妃もなりたくない。魔術師になって、先生の領のサポートができたらいい。願うのはそれだけだ。

「………………」

「……? 殿下、何かご質問があったのでは?」

「…………いえ、すみません。……先生は、そういう人ですよね。申し訳ありませんでした」

 私とハミルトン先生の仲を怪しんだ、のかな。大丈夫だったかな。王子がいなくなり扉を閉めると先生が私を労うように顔をうかがってくる。

「大丈夫だったか? その通り言ってしまったけど……」

「はい、ありがとうございます。先生こそ大丈夫でしたか?」

 私は何もなかった。王子は敬語だったから先生は緊張したはずだ。先生はあはは、と罰が悪そうに笑う。

「そうだな、緊張した。……ただ、殿下は何かリリーさんに言いたいことがあったと思ったんだけど……俺の勘は鈍いから違うかも」

 先生は不思議そうに扉を見つめている。私はまだバリアが瞬時にできない。クラリスがいない時に王子と会ってしまったら何もできない。先生の言葉には引っかかったけどひとまず胸を撫で下ろし、チェスを再開した。

 操作魔法、もっと勉強しよう。

 先生は何も言わないでいてくれる。私に王子を勧めないでいてくれる。先生が私を拒否しない、それが嬉しい。


 そして、帰った家で招待状を見て声にならない叫び声を上げた。放課後の王子の来訪はこれが目的だったんだ。

 私が真っ先に思い浮かんだのはクラリスだ。

 て、手紙。鞄の中をがさごそと探る。先生用にレターセットは買ってある。今すぐ書いて……。

「お義姉様? どうしたの?」

 あ、ここリビングだった。隣に座りお茶を飲んでいたリオンが怪訝な顔で見てくる。

「招待状……? 殿下がそんなことするなんて珍しいね」

 今まで言いたくなかったが言わざるを得ない。告白はおいて、王子に気に入られていてクラリスが守ってくれていることを話した。

 リオンは驚いていたが、何か思い当たることがあるのか思い出すように視線が上を向く。

「……もしかして、王城でのあれらってこれ関連なのかな?」

 小さな声で呟いている。

「リオン? 何かあったの?」

「うーんと……実は、今までまるで接点がなかった人から突然話しかけられたことがあって。不穏な空気がしたからすぐに切り上げようとしたところでレイモンド様が僕の前に立ち塞がって追い払ってくれたんだ」

 クラリスの婚約者さんが?

「その時、もう二度とこんなことはないから、とも言ってくださって。事実あれから何もないよ。ただ僕を守るみたいに近くに警備員がいることが多くなったんだ」

 その後、お養父(とう)様も同じようなことがあったと聞かされた。

「何やらロングハースト公爵が私の回りの警備を増やしてくれたそうだ。守られているのは分かるのだが一体何からなのか……ロングハースト公爵のなさることだから間違いはないだろうが」

 婚約者さんの父親への信頼がすごい。そのくらいすごい方らしい。

 私には分からないがきっとクラリスが何かしてくれたのだ。

 招待状を見つめる。すごくいやだけど、参加しないわけにはいかないと思う。でも、クラリスがいてくれるなら。


 クラリスからはすぐにペアをディーン様にお願いしたという返事の手紙が来た。お昼に時折一緒だった人だからまだいい、のかもしれない。王子に対抗できる人、でクラリスが提案してくれたので断る理由はない。

 リオンは場合によっては王子よりも怖いから断るつもりだったがその前にリオンのほうから「ごめん、僕は参加したくない」と強めに言われた。理由を聞いたら気まずそうに目を逸らされる。

「あまり言いたくないんだ……その、以前ちょっとしたことがあって……」

 クラリスに聞いてみると、リオンを巡り令嬢達が暴れ回ったらしい。言い争いどころか取っ組み合いの喧嘩にまで発展し、その中にすでに婚約者がいる人もいたのだとか。リオンとは初対面の人、すごい年齢差の人ともうその年はめちゃくちゃだったとのこと。

 それ以来リオンは避難という形で王子の誕生祭頃、領に向かっているそうだ。今年もそうしたかっただろうに私を心配してここに留まってくれている。

「僕はもうパーティーはいいや。イシャーウッド公爵令嬢とレイモンド様がいれば大丈夫だと思うけど気を付けてね、お義姉様」

 ……リオンは助けられた後、クラリスの名前を呼ばないようにと婚約者さんに告げられたらしい。




 *   *   *




 パーティー当日。待ち合わせはパーティー会場に入る前の控え室というところだった。私の隣にいるのが公爵家の跡継ぎだからか直接近付いて文句は言われないものの遠くからひそひそ囁く声やこちらをちらちら見つめる視線が止まない。

 婚約者さんからの提案で、私のドレスはイシャーウッド家御用達の仕立て屋さんがデザインしてくれたものだ。正直シーウェル家には敷居が高すぎるお店なのだが事前にクラリス達が自分達から言い出したことだから、と言伝してくれたらしくびっくりするくらい安く仕立ててもらえた。

「貴女は可愛らしい方ですからデザインは少し変えましょう。ふふ、楽しみにしていてください」

 元平民の私にも柔らかい笑みを浮かべてくれる。メイド達も張り切ってくれて、鏡を見た時はしばらく呆けていた。に、人間磨けば何とかなるものである。百合の花とクリップが合うようにアップでまとめてくれた。

 クリップをそっと触る。今日もクラリスは私の傍にいてくれる。だから大丈夫。


 周りがざわりとして、彼女達がやってきたのだと分かった。周囲が二人を通すようにさっと離れていく。

 いつも通り婚約者さんがクラリスの腰に手を回して密着していた。着飾った彼女はどこかの精巧な作品のようだ。婚約者さんが傍にいて雰囲気が柔らかくなっているし私と目が合うといつも通り笑みを向けてくれたから大丈夫だったけど、そうでなかったらまた初めましてと言わんばかりに緊張してしまっていた。そのくらい高貴なオーラと近付きがたい雰囲気を纏っている。学園でもそうだったがクラリスが傍にいてくれるだけで滅多な人は近付いてこないと思う。

 でも王子は別かな? というより彼もこういうオーラを?

「安心しろ、誰もイシャーウッド公爵とロングハースト公爵を敵に回したくねえよ」

 ディーン様がぼそりと呟く。婚約者さんのお父さんもどんな人なの?

「ああ、本人も周りから絶大な信頼を受けているすげえ人だけど怖がられているイシャーウッド公爵が恩義を感じている親友だ。その親友の息子と溺愛しているという娘。本人怒らせるより怖いだろうよ」

 私の疑問に答えてくれたディーン様はくくっと楽しそうに笑っている。

「この前レイモンドが言ったけどそういう人達があんたの味方だ、すげえだろ」

 は、はい。


「リリーすごく可愛いわ!」

 私の近くに真っ先に来てくれたクラリスはたくさん褒めてくれた。彼女は言葉にも裏表がなく真っ直ぐだから恥ずかしいけど嬉しい。

 クラリスは無意識だと思うが静かだった場に彼女の声がよく通る。お揃いの色で嬉しい、デザインが似合っている、髪型も素敵、靴もおしゃれ、とクラリスが上から下まで褒めまくってくれたおかげで私を見ていた険のある視線がなくなっていく。

 婚約者さんはわざとだ。普通だったら嫉妬しているのだろうがにこりと笑うと

「僕達が参加をお願いしたんだからね。仕立て屋のハンナさんもいい仕事をしたよね」

 周りに聞こえるように言う。それにクラリスは肯定の返事をする。仕立て屋さんも有名な方なのはお養父(とう)様の反応で分かっていた。もう声も視線もない。

 クラリス、すごい。

 彼女はなおも私を褒めてくれた。クラリスが男性だったらすごくモテただろうなあ、と見当違いなことを考えないと私は顔を真っ赤にしたまま上げられなかった。

 クラリスは魔具の授業でも常に私の隣にいてくれるし私を気にしてくれている。彼女のバリアのおかげで王子のお気に入りかもしれないという噂は消えつつあり、かわりにイシャーウッド公爵令嬢の親友という話のほうが広がっている。クラリスは「私は傍にいることしかできなくてごめんね」と言っていたがそれが私にとってどんなにありがたいことか。彼女が私を肯定してくれるから自信を持って頑張れる。

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