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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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芽を摘む(レイ視点)

 王城にやってきた殿下にリリー・シーウェルのパートナーをディーンにしたことを告げた。クラリスにもあの女にも聞かなかったらしく殿下は眉を顰めたが返事は「そうか」とシンプルだった。少しは想定していたようだ。

 話はそれだけだと職場に戻ろうとしたら声がかかる。

「お前は彼女の相手を知っているのか」

「ええ、クラリスに教えてもらいました」

 下手に嘘をつく必要はない。リリー・シーウェルの傍にいるのはほとんどクラリスだから、あの女の相手が本当に分からないのだろう。知ったところでどうするのか。僕なら潰すが、殿下にはその相手を探すより大切なことがある。

「…………お前が知っている相手か。学園の……それとも……」

 歯切れが悪い。殿下にしては珍しい。

 学園が関係なければリオンか、あるいは養子に入る前の人物とでも考えているのか。

 先ほどよりさらに眉間にしわを寄せて、つらそうに唇を噛んでいる。

 戸惑い、焦燥、逡巡、不安……マイナスばかりとはいえ表情豊かになったものだ。


 そもそも、殿下は恋をする時期を間違えた。

 ゲームではライバルもいない。一年かけて自分の気持ちに向き合い、ヒロインから想いを返されたことで自信を持ち苦難を乗り越える覚悟をして彼女を妃にするために動いていく、そんなシナリオだ。

 こんな短い期間で覚悟を決めろというのが無茶な話であり、しかも相手には相思相愛の人がいる。

 相手の幸せを願って身を引いたほうがいいかと考えても不思議ではない。僕には到底無理だが、殿下も本人の自覚は別にして即決できないくらいにはあの女に惹かれている。

 会えず話せず相手からも望まれず、とんだ三重苦だ。

 あのバリアの魔法はクラリスにフラれ僕が狂った時用にお義父様が対策としてクラリスに教えたものである。彼女はあれがどれだけ強力な魔法なのか分かっていない。おかげで学園内は安全だけれど僕がお義父様に敵う日は来るのだろうか。

 本当に、本っ当にクラリスが僕を好きになってくれてよかった!!!


 クラリスに頑張って思い出してもらったところ、ハーレムルートはバレンタインデーまで一人ずつと交流していき、チョコでヒロインの本命が自分だけではないことに気付くのだとか。そこからが意味不明だけど何故か皆ヒロインの「全員が好きなの」という発言を許し自分以外との交際を許可する。エンディングのホワイトデーでそれぞれヒロインへの想いを改めて告白し、その中で殿下はプロポーズしていた、ということだ。

 ……現実味がなくくだらなさすぎてクラリスには謝った。その中に僕がいるなんて製作者と会えたら少しだけ密室に二人きりになりたい。話し合うことはない。頭の中では幾度となく問答無用で闇に葬っている。


 殿下もリリー・シーウェルの相手を知りたいという思いとともに知りたくないという気持ちもあるのだろう。地位なら殿下に負ける人間などいない、だからこそリリー・シーウェルが惹かれた人物の性格が自分と真逆であることを恐れている。事実そうなのだから知らないほうがいい。

 クラリスのうちに行く前にハミルトン先生のいる寮を訪れた。パーティーのことは当然知っているがリリー・シーウェルに招待状が来たのは知らなかったらしい。あの女は何も言えなかったか。

「安心してください。僕とクラリスが行くしディーンもいる。殿下と彼女を近付けさせることもしない」

「ありがとうございます。……私は何もできなくて……」

 気まずそうな先生に対して首を横に振った。

「十分だよ。僕はクラリスのためにするだけ。クラリスはリリー・シーウェルのために。だから貴方の最大の功績はリリー・シーウェルを惚れさせたことだ」

「はい?」

「あの物体……こほっ、彼女が貴方に惚れたことでクラリスが僕といる時間が長くなっているから。僕が動くのは僕のためでもある」

 まずい、本音が出た。しかしまあ僕があの女を快く思っていないのは知っているだろう。それでもクラリスが大切にしている以上リリー・シーウェルが不幸せでは困るのだ。僕はクラリスの心配も不安もなくしてみせる。あの女が笑顔になればクラリスも笑ってくれる。

「……ありがとうございます」

 何も言わないで笑みを見せてくれる先生は大人だな。心の中で感謝した。

 もし僕が出しゃばらなければ彼は教師を後三年続けられたかもしれない。ゲームのことなど話しようがないため謝罪もできない。なるほど、クラリスが歯痒い思いをしていたと言っていたことが分かった。

 何かしたいだろうに我慢できていることがすごい。あいにく彼が出てきたら場が混乱するだけ。相手が禁断の教師と知れば殿下は強気に出てくる可能性が高い、申し訳ないが今のまま我慢することが僕達にとっては一番ありがたいし彼らにとってもいい。ハミルトン先生はそれをきちんと理解している。

 好きな人間のために自分が何もできないなんて、もどかしい思いは僕の何倍もしているはず。けれども彼が何もしないこと、今しているこれこそが最善手だ。僕には難しい、今の忙しさのほうが何倍もいい。ダメだと分かっていても我慢なんてできないに違いない。領について詳しく領民に慕われて、好きな女性のために我慢もできる。先生を参考にして僕も大人にならなければ。

 それに。

 ハーレムルートでハミルトン先生はお助けキャラクター。彼だけはヒロインの恋心の多さを知っていて、それでも応援した。最後には殿下からのプロポーズを喜びまでした。

 もし現実でハミルトン先生が殿下を少しでも応援した場合、好きな人にそんなことされたら殿下のルートに入ったかもしれない。だからどうか今のまま何もしないでほしい。クラリスもハミルトン先生も、お助けキャラクター二人とも殿下の敵でいなければ。

 先生は最適な選択肢を選んでいる。リリー・シーウェルに迷惑をかけているだけの殿下とは大違いだ。

 僕の場合、クラリスが迷惑だと思っていないならいい、の、かな?




 *   *   *




 翌日ディーンに対策をするため集まれる暇な時間帯を聞けば呆れたようにそこまで必要なのかと言われた。

「あいつ元平民だろ? 今で十分じゃね?」

 ……分かってないなこいつ。

「ディーン。君、本気で誰かを愛したことがないでしょ」

「あ? いきなり何だよ」

「相手が自分を好きじゃないから、身分が違うから、そんなことだけで諦められるなら最初から問題じゃない」

 その点で言えば、リリー・シーウェルは年の差があっても諦めなかった。今だって、王族の妻より僻地にある男爵家に嫁ぎたいという意志は変わっていない。そしてそれは殿下もだ。

「殿下は茨の道だと分かっている。リリー・シーウェルを本気で好きでないならわざわざ本人に言うことはない、招待状も送らない」

 覚悟ができていないにしても殿下の気持ちは本物だ。殿下に必要なのは時間。卒業まで後二年ある、これを利用されるわけにはいかない。

 相手が婚約もしていない今の状況では何を言っても諦められまい。自分は失恋するしかないのだと思い知ってもらう必要がある。普段も会えないのにパーティーでも接触を潰せば殿下の心を折ることは可能だ。

 そう伝えればにやりと意地悪そうに笑った。こいつもいい性格をしている。

「ふーん。徹底的に、っつーことか。ま、面白そうだからいーけどな。相手があいつってのも楽だし。ったく、なんでペアにするんだか」

 不満気に鼻を鳴らす。ディーンはリリー・シーウェルと時々お昼を共にしていた。あの女に好きな人物がいることは告げてある、学園を卒業して婚約問題に頭を悩ませていた彼には僕の提案は渡りに船だった。

 しかし、クラリス曰く彼も攻略キャラクター。昔から一緒に働いているから分かる。確かにリリー・シーウェルの才能も努力家なところも知的好奇心旺盛なところも彼の好みだ。ゲームでもまずは才能に惹かれ、一緒に魔法の研究をするうちに彼女自身にも惹かれて、レイモンドに発破をかけられ告白するのだと聞いた。選ばれなかった彼の将来の相手は果たしてどうなることか。

 現在彼のリリー・シーウェルに対する感情は近しい間柄、気の置けない知り合い、それくらいである。

 ディーンは気付いていない、自身にとってそれほど近い女が初めてであることに。クラリスと話してほしくなくて牽制していたから彼が昼に話す相手は僕かあの女の二人だった。後悔はしていないがそもそも同行させるんじゃなかった。これも僕の失態か。

 あいにく僕が芽を摘むのはディーン、君もだ。リオンは自ら諦めた。

 …………もう一人の男に関しては、僕は何もするつもりがない。そんな必要は、ない。

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