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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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ブラッドリーの声

 リリーと会う際はバリアを張って王子が近付けないようにした。休み時間だけでなく魔具の授業の時もクラスまで送り迎えして、放課後も生物の準備室まで一緒に移動している。

 王子からはどこにいるかと聞かれるものの無視を貫いている。お父様から「殿下を無視するとか、さすが私の娘」と高らかに笑われた。

「殿下が王城で不機嫌そうなのは意中の女の子に会えないからか。レイモンドみたいだね。でもあっちは完全な片想いで将来の希望もないんだからちょっとだけ可哀想かな」

 まあ、確かに。

 王子ルートでも彼がしたことで最後まで喧嘩せずヒロインが喜んでくれたのはアフターストーリーだけだったけど、現実ではリリーがハミルトン先生を好きな状況で何かして喜ばれるわけもなく。王子と会わずにいることで笑顔になっているほどだ。

 といっても王子を応援する気なんてさらさらない。王子の失恋を願っているのだから、国民としては最低である。

 このまま無視してレイが言う決定打まで待てるかしら。

「それにしても、万が一のレイモンド対策として教えてたこの魔法がここで役に立つなんて。面白いものだね」

 お父様はにこやかに笑っていたがどういう意味か分からない。ただレイにバリアの話をしたら「あの恐ろしい魔法か」とぶるぶる震えていた。もうすぐ夏になるのに室内寒かったかな、と部屋の温度を上げようとする前に腕を引っ張られる。

「クラリス、僕がんばるからあの魔法だけは絶対僕に使わないでね!」

 強く抱きしめられて、レイが落ち着くまで背中をぽんぽんと撫でた。


 今私がいるのは図書室。放課後、リリーのかわりに本を借りに来ている。

 リリーはそこまでしなくても、と言っていたけどレイも徹底的にすると言っていたし、私もそうするつもりだ。

 王子は放課後はすぐ王城に行くので安心だが、借りたことが分かれば図書室で待ち伏せされるかもしれないので行かないほうがいいと考えた。

 それにリリーが今借りたがっているのは私が教えた光と音のバリアの上級レベル。詳しい私が借りる本を選んだほうがいいと説得した。

 リリーは私だけが日々魔力を費やしていることが気にかかるらしい。自分もしたいのだとか。

 あれは厳密に言えば操作、変化、空間を使っている。私は操作魔法だけならレイにも負けないと思っているが、リリーの熱心さからするとそれさえも上を行かれそう。本当、リリーの魔術師としての将来が楽しみだわ。

 魔術師団団長もリリーのことを随分と気にしているようで、自分が養子にしたいくらいだと言っていた。王子が何か言う前に陛下に卒業後必ずうちの団に来させてほしいとお願いしていると聞いた時はびっくりした。

 その話をしたのはお父様。

「クラリスの友人だから、レイモンドが言った後私も時折話しているんだ」

 お父様は自分の発言の影響力をしっかり把握しているわ。

「私だけだったら冗談だと思われる可能性もあるけど、クラリスが話してくれたことを話しているだけさ。娘が素直に育ってくれてよかったよ。だからこれは君のお手柄」

 と言ってくれたものの、私が魔術師団団長に会える機会なんて一生来ないと思うのでレイとお父様のおかげだ。


 放課後はレイにすぐ帰ってきてほしいって言われているけど図書室で本を借りるだけの短い時間だもの、大丈夫。

 お目当ての本を取り出しカウンターに行くため方向転換しようとしたところで、いきなり現れた影に肩がびくりと震えた。

 顔を上げて分かる。目の前にいたのはブラッドリーだ。

 レイも背が高いけどブラッドリーは190以上あると思う。見た目もがっしりしているから立っているだけでも威圧感がある。

 な、何? いつもはイスに座ってずっと本を読んでいる人よね?

「…………彼女は、いないのか」

「……ええ」

 リリーのこと、か。軽く頷く。王子に何か言われたのかしら。というか初めて声を聞いたわ。

「すまない……」

「え?」

「殿下も、戸惑っている」

「……私に謝る必要はないわよ」

 何が言いたいのかしら。身長の関係かもしれないけど目線が合わない。どこを見ているのこの人。本棚?

「君は、彼女の好きな相手を知っているのか」

「ええ。悪いけど私はそっちを応援しているわ」

「……いや。それこそ、謝る必要はない」

「そうね。ありがとう」

 無言で頷かれて、その後会話は続かない。

 無言は気まずいなあ。リリーがいるかどうかの確認だけ? でも動きもしないのよね。

 ゲームでは側近として魔法も体術も剣術も鍛えている設定だったけど、社交性は大丈夫?

 顔を上げて何でもいいから話そうと口を開けてみた。えーと。

「ブラッドリーって、すごくいい声をしてるのね。寡黙なのもったいないわ。もっとたくさん話せばいいのに」

 目線だけ動かし凝視してくる彼に対し私はレイのことを想って笑った。

「レイの声も素敵だから、私いっぱい話したいと思うの」

「…………」

 声変わり前からレイはいい声だった。あの声でいつも好きって言われて幸せだ。えへへ。頬を片手で包みながら思い出す。

 あ、ブラッドリーと話していたらレイが嫉妬する。彼自身の用がないならさっさと本を借りて帰ろう。

 視線を向けてみれば何とも言えない視線を向けられて気まずい。特に変わったところはないと思うが私には分からないだけで彼も呆れているのかもしれない。

「ごめんなさい、私の話はいいわよね。えっと、だからブラッドリーはもっと声出したほうがいいと思う。そのほうがモテるわよ」

「……その他大勢にモテても意味がない」

 ……ん? その他大勢?

 もしかして、ブラッドリーって意中の人がいるの? まさかブラッドリーまでリリーに興味が湧いているわけじゃないわよね。王子だけでも大変なのに側近なんて手に余る。ああもう、ハーレムルートなんてろくなものじゃないわ。

 何と言っていいか分からなくて黙っているとふいにブラッドリーの眉が動いた。いきなり手が伸びてきて体を強張らせたら手が止まる。躊躇するように手を下げ、私の後ろに視線を向けた。

「髪の紐が……取れかかっている」

「え? ああ」

 手を伸ばして確認する。今日は黒い髪紐にした。紐を再度縛り直す。

「教えてくれてありがとう」

 にこっと笑えば驚いたようにぱちぱちと瞬きされた。

「……黒、好きなのか」

「黒色も好きだけど一番好きなのは赤色よ」

 特にレイの瞳の色。あの瞳にいつも見つめられて幸せ。えへへへへ。

 って、何を話しているのか。ブラッドリーは私に用があるわけじゃないみたい。

「君は…………」

 ん? やっぱり用があるの?

 顔を上げてまた視線を合わせようとした途端、横から肩をぐっと掴まれた。


「――僕のクラリスに近付くな」


 もう一方の腕も回されて顔を隠すように抱きしめられる。

 レイ。学園の図書室には学生でなくても出入り可能とはいえ、何故今こんなところに?

 めちゃくちゃ不機嫌だ。見ていたのかしら。あれだけでそんな不機嫌にならなくても、と思うと同時に些細なことでも嫉妬されて嬉しいと感じてしまう。レイに縋りつき、俯いて口がによによするのを必死に堪える。

「……貴方の婚約者でしたね」

 不機嫌なレイを見てもブラッドリーは顔色を変えない。

「……貴方は何をするつもりですか」

「僕がすることなんて一つに決まっているだろ。クラリスのためだ」

 冷たい声で吐き捨てるように言う。この状態のレイをブラッドリーは見慣れているってこと?

「行こう、クラリス。遅いから迎えに来たよ」

 私に対しにこやかに笑うレイを見て今度は先ほどよりも驚いた顔をしている。レイの王城での普段の態度が垣間見えた気がした。

 それに遅いからって……いつもと同じくらいよね?

 あ、本は借りさせて。




 *   *   *




 図書室を出た途端魔法を使われて私の家の玄関先まで来た。いつもは使うにしても学園エリアを出た後だ。

 すぐに私の自室まで行く。もう不機嫌なのは収まっていたようで腰を抱いてエスコートされた。

 レイが持っていた私の鞄と借りた本をテーブルの上に置き、ソファーに座ると私を抱き寄せる。

「何話したの?」

「そんなに話してないわよ。リリーがいないかどうか聞かれたくらい。すぐにレイが来たもの」

「笑っていたのは?」

 笑っていた? 私がブラッドリー相手に? ああ、髪紐のことか。説明すればレイは頬ずりしてきた。

「なんだ、僕を想ってのことだったの? 可愛いなあ。僕が抱き寄せた時にやにやしていたのもちゃんと知ってるんだから」

「え!?」

 気付いてたの。は、恥ずかしい。頬を両手で包む。レイは頭を撫でてきた。

「おかげで怒りが霧散したけどね。ブラッドリーは親切心だったわけだし」

 レイはいつからあそこに? でも私とブラッドリーの会話を黙って見ているわけがないから、すぐよね。

 他の会話も聞きたがったので話す。といっても、話したのは本当に少しだけだ。

「で、ブラッドリーの声って素敵なのね、って」

「クラリス……それをブラッドリーに言ったの?」

「うん。もっと話したらいいのに、って」

 何故かこめかみに手を当てて項垂れている。言わないほうが良かった? ただの雑談のつもりだったんだけど、無口な人に強制させているように思われたかしら。知り合い程度の私に言われたからって変えることはないわよね?

「他には何を言ったの?」

「レイの声が素敵だって」

「……どこからそうなったの?」

 レイが顔を上げて私を見てくる。

 どこから? ちゃんと時系列で話してるのに。

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