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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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せめて卒業までは(リリー視点)

 何が起こったのか、正直今でも分からない。午後の授業の先生の声が右から左に流れていく。

 好き、かもしれない? 王子が、私を?

 諦める理由にはならないって、何?

 私は先生と婚約していないけど、婚約していても関係ないかのような口調だった。王子は何を言っているの?

 あの魔具の授業の時から何かと私の近くに来て話しかけてきたが、王子のお気に入りかもしれないという噂など迷惑なだけなのでクラリスに言われた通りあまり答えずにいた。そうすればいつか飽きてくれるかもしれない、という期待を持って。事実、以前の令嬢達と同じようにクラリスが私の傍にいてくれるから何ともなかったのに。ああ、あの時も私は何も話さずにいるべきだった。


 でも私にだって王子が発言したことの重さは分かる。

 表情も声色も淡々としていたが、彼は相当な覚悟を持って口にしたはずだ。

 だって、私は元平民。今も伯爵令嬢。周りに反対されるのは目に見えている。

 クラリスならともかく、私は王子妃に相応しいものは何一つとして持っていない。王城にいれば魔力が高いことより必要なことがたくさんある。

 王子が私に言ったことが広まれば、諦めさせるために婚約者をすぐにでも宛てがわれるに違いない。私にとってはそのほうがありがたいけど。

 せめて両想いだったら努力によっては周りが認めてくれるかもしれないが私は絶対いやだ。

 どうして今言ったんだろう。私が拒否すると彼は分かっていた。なのに何故。振られるため、だったらその後の台詞がおかしい。

 私の意思に関係なく、王子には茨の道なのに。

 それほどまでに好かれた出来事なんて身に覚えがない。王子も分かっていない風だった。だったらなんで告白を? ああ、全然分からない。堂々巡りだ。


 お昼のことは周りに誰もいないことだったから告白は噂になっていなかった。言ったら先生を困らせてしまうかな。

 どうして王子が私を気に入ったのかまったくもって理解不能だ。午後の授業を無駄にしてしまった。悲しい。

 放課後相談しようとしたけど、その前に先生に発言された。

「リリーさん、俺やっぱり貴女が卒業すると同時に教師をやめるよ」

 すぐには飲み込めなかった。

 話を聞けば、婚約者さんが来て先生に言ったらしい。王子が私を気に入っている、私と結婚するためには私が卒業後教師をやめてもらうしかないと。

 婚約者さんならクラリスから話を聞いていると思う。それでも私が王子から好きだと言われる前に動くなんて、随分と用心深い人だ。

 クラリスが何か言ってくれたのかな。うん、きっとそう。

 またクラリス達に甘えてしまう。しかし本当に頼りになるのだ。先ほども助かった。彼女がいてくれなければ私は固まったままだった。

 ただ、これは。

「で、でも先生は私に会うずっと前から教師になりたいと思っていたんですよね? 30まででも短いのに、私……」

「十分だよ。貴女と婚約できるなら領主になっていいって言っただろ? リリーさんが卒業するまでできるのがありがたいくらいだ。ああ、レイモンドさんが言うには卒業まで待ってからだそうだけど、王子妃になる条件は初婚だからむしろ俺が今すぐ教師をやめればいい。そうすれば……」

「い、いやです! 私は先生に教師でいてほしいんです!」

 思わず大声を出す。先生が望むから、じゃない。私が学園で先生と一緒にいたい。

 私のわがままだ。先生は最後には領へ戻る。でも教師が好きなのに。私が卒業するまでの間だけでも、教師として一緒にいてほしい。

「あ、今の状態で結婚はシーウェル伯爵が許してくれないか。……本当にすまない、俺が男爵家だから」

 先生が謝ることなんて何もないのに。

 本来なら、私のほうが身分が低くて先生に会うことすらできなかった。先生は一人息子だから必ず結婚する。私以外の人とする可能性のほうが高かった。先生は最初私に応えようともしなかった。それを強引に行ったのは自分だ。

「言ったじゃないですか、それを言うなら私は平民だって。それに……」

 さらに何か言おうとする前に先生があっけらかんとした口調で言った。

「リリーさん、俺とすぐ結婚したくない?」

「したいです」

 あ。

 思わず口が本音を……。わ、私のバカ。

 先生は嬉しそうに笑ってくれた。

「うん、俺も」

 先生の笑顔は素敵だけど、は、恥ずかしくて先生の顔が見られない。

「っ……あの、でも、お願いです。せめて私が卒業するまで一緒にいていただけませんか」

「あはは、情けないことに俺はそうすることしかできないな。卒業までよろしく、リリーさん」

 伸ばしてくれた手に手を重ねる。先生の大きな手はほっとする。

 王子のことがなければ……と思ってしまう私はひどいだろうか。王子妃なんてまったく興味がない。私が隣にいたいのはこの人だけだ。この人となら努力できる。

 先生は安心させるように微笑んでくれた。

「デートは落ち着いてからきっとしよう」

「はい」




 *   *   *




 翌日、何故か朝からクラリスに頭を下げられた。

「昨日はごめんなさい。私がもっとしっかり邪魔していれば殿下があんなことを言うことはなかったわ」

「そ、そんな、クラリスは何も悪くないよ。謝らないで」

「ううん、私が悪いの。両想いにならない限り殿下が話しても何もないって思って油断してしまったわ。公爵令嬢である私が助けないといけなかったのに」

 そんな義務はない。クラリスが傍にいてくれるだけで私は助けられていることが多い。むしろ昨日先生から聞いたことを感謝したいくらいなのに。何を言えば気にしないでいてくれるかなと考えていたらクラリスがぐっと顔を上げた。

「私、もう二度とリリーと殿下を話させないから! そういう魔法は得意なの!」

 ぽかんとしているとクラリスがぱん、と両手を合わせた。すると何やら周りの雰囲気が少し違って見える。

「こ、これは?」

「周りの光を調節して私達を見えなくしたの。それと防音のバリアも張ったわ。安心して、これを解けるのは私の許可を得た人だけだから殿下にも無理よ。他の人には見えないし聞こえないし、後この場所を通ろうとしても空間がねじれてぶつかることがないの。大事な会議とかに使う魔法で時間が決められているものが多いわ。私は最大一日中できるからこれから二人で会う時はこれを周りに張りましょう」

 防音はマンドラゴラの時にしたものだ。クラリスは二つ合わせて一瞬だった。後で先生に聞けば、一日以上できるのは上級者でも一握りだとか。

 先生が言っていた通り各自得意な魔法は担当する教師と同程度できる人が少なくないらしい。クラリスが得意なのは操作魔法、とのこと。

 おかげでその日は一日中王子と会話せずに済んだ。私達からは周りが見えたが王子がこちらに来そうになった瞬間にクラリスがそれも見えなくしてくれた。私が反射的に怯えてしまったからだと思う。

「ありがとう、クラリス。先生から聞いた。婚約者さんも動いてくれているみたいで……」

「うん、今回も私一人じゃどうにもできなさそうだから」

 私はともかく同じクラスにいるクラリスはどうなのだろうと思ったら、クラリスの友人達が助けてくれているらしい。良かった。

 話を聞くと協力してくれる人がとても多い。将来の王様に元平民が嫁ぐなんてもってのほかなのだとしてもクラリスの周りがすごすぎる。

 学園初日で彼女に出会えたことが私の最大の幸運だと思う。

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