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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
一章 ゲーム開始前~レイ×クラリス~
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二重奏③

「おかえりなさい」

 そう言えば、少し怖かったレイの顔が和らいだ。厳しい顔も冷たい顔もいいけど、レイは笑顔が一番素敵だと思う。

 私の傍に来ると首を傾げる。

「ところで聞いていなかったけど、クラリスは何の用事でここに来たの? たいしたことじゃないって言ってたけど」

「…………」

 あう。忘れられたと思っていたのに。事前の手紙もなくいきなり来れば不思議に思うわよね。

「用事っていうか……レイの顔を一目でも見たくて」

「……え」

 呆然としている。やっぱりいけなかったかな。

「ごめんなさい、忙しかったよね? 外出しないように言われてたのに破っちゃったし、手紙も出さずに、他の人と約束あったのに迷惑かけちゃって……。一か月も会ってなかったから寂しくて……本当に、ただ会いたかっただけなの」

 うう、改めて言うとなんというわがまま娘。呆れられてないかな。俯いていると頭を撫でられた。ちょっといつもより力が強い。

「レイ?」

「…………あー、もー。クラリスは可愛い。本当に可愛い。可愛すぎて頭おかしくなりそうだよ」

「レ、レイ?」

 頭を撫でられているから顔が上げられなくてレイの顔が見えない。でも声の感じからすると呆れてはいないみたい。

「謝る必要はないよ。好きな人に会いたいって言われて迷惑だなんて思うわけない」

「本当?」

 よかった、とほっとする。

「まったく、敵わないよ。……でも可愛すぎるのはいけないな、やること全部放り出したくなる」

「え」

 全部はさすがにまずいんじゃないだろうか。私のせいでレイの評価が下がるのはいやだ。レイの手をどけてでも顔をあげようとしたらその前に手が離れ、代わりにレイ自身が近づいてきた。耳元で囁かれる。

「大丈夫、しないよ。ただ誘うのは結婚後にしてね。そうしたら我慢しないから」

 ぱっとレイから離れて耳を隠すように覆う。さ、誘うって何。私はただ会いたかっただけよ。

「そ、そんなつもりじゃないわ!」

「うん、分かってる。クラリスが大人になるまでゆっくり待つよ。僕は好きなものは後に大事にとっておくタイプだから」

 レイがくすくすおかしそうに笑いながら返事をする。何だかいつもよりもご機嫌だ。ディーンを見送っている間に何かあったのだろうか。

 あ、そういえば。

「ねえ、レイ。ディーン様とのデュオは、もうしない? 私レイのソロも好きだけど、レイが他の人と演奏してるのも聴きたいって思うわ」

「そうだね……いやだったけど、今ならしてもいいって思うよ。ただ頻度はあんまり高くないと嬉しいかな」

「うん、分かった。二人とも忙しいものね。ありがとう、レイ」

「そういうことじゃないよ。僕がディーンに嫉妬するからいやだってこと。クラリスにディーンを見てほしくないんだ」

 嫉妬? ディーンに? 私がディーンを見る? 訳が分からなくて小首を傾げる。

「私はレイしか見てないから、嫉妬なんてする必要ないでしょう?」

 さっきの演奏だってずっとレイを見ていたのに。イスの位置が違っていたとしても、私の視線はレイから離れなかったと思う。そう告げれば笑顔のままひくり、とレイの口が動く。

「クラリス……次から次へと、君って天然だよね」

「え?」

 どこが? この前も単純みたいに言われたし、さっきも大人になるまでって子ども扱いされたし、うう、嬉しくない。

「悪い意味じゃなくて。そういうところも好きだよ。君がそんな風だから、僕は狂わずに済んでいると思うんだ」

 何やら不穏な言葉が聞こえたがよく分からない。

「天然じゃなくて鈍感か。……うん、自覚するまで待つよ」

 最後に何かぼそっと言っていたけど、聞き取れなかった。レイは苦笑するとヴァイオリンが置いてあるところへ向かい手に取って私を振り返る。

「まあいいや。ヴァイオリン聴くでしょ?」

「いいの!?」

「言ったでしょ、クラリスが望むならいくらでも。今なら最高の演奏ができる気がするし。たださっきと同じ曲になるけど……」

「大丈夫! さっきの曲好きだし、レイはどんな曲を弾いてもかっこいいから!」

 ヴァイオリンが肩から落ちそうになって、慌ててレイが抱え直す。後ろの使用人の人達が微笑ましそうに私達を見ていたことには一切気づかないまま私はレイのヴァイオリンを堪能した。




 *   *   *




 レイの演奏が終わって、帰ろうとしたけど夕食をごちそうしてもらうことになった。私のうちには連絡してくれるらしい。音楽室からは離れてリビングで待つことにした。二人用のソファーに隣り合わせに座る。

「ありがとう」

「お礼はいらないよ。うちの料理人も久しぶりにクラリスに作るなら張り切るんじゃない? クラリスは本当に美味しそうに残さず食べてくれるから。うちの両親は今日帰るのが遅くて夕飯はいらないらしいし、二人とも好き嫌いが激しいからね、作り甲斐がないってぼやいているんだ」

「レイ詳しいのね」

 料理人と話す機会なんてそうないから彼らの事情は知らない。

「そりゃあスイーツを作るときに厨房に行っていたもの。食の事情を知っているのって結構面白いよ」

 あ、そっか。そうよね、スイーツを作るなら厨房に行かないと食材も道具もないものね。公爵家の令息が厨房に。結構すごい絵面だろうな。わ、私のためなのよね、それ。うわわわわ。

 頬が熱くなってきたから手を当てていると、レイの視線がこちらを見ていることに気づく。

「そういえば、もう一つ聞いていないことがあったんだった。いい?」

 こくりと頷く。何だか、変な雰囲気だ。ソファーの背もたれに頬杖をつきながら私をじっと見つめてくる。

「クラリスは事前の手紙がなかった。なのに僕がいる音楽室に来た。ねえクラリス、音楽室に来るまで僕以外の誰と話したの?」

 口元は笑っているけれど、目が笑っていない。お、怒ってる。私に、じゃないのよね。それは分かる。でも、これ答えたら使用人の皆が怒られるの? 理不尽すぎない?

 レイの後ろにいる執事が引いている。

「クラリス、僕を見て」

 頬杖をやめて私の近くに寄ったレイに顎を掴まれて上を向かされる。か、顔が近い。キスされそうなほどだ。

「えっと、あの、皆は親切で……」

「それは分かってる。大丈夫、怒らないよ。腹は立つけど、クラリスを僕のところまで案内してくれたんだから。ただ、誰か分からないのはいやなんだ。屋敷の中に入ってきてからはヴォルクだろうね。その前は、あの時間なら庭師のアントンが外にいたはず。君を馬車で引いてきたのは……今日のあの時間ならトムかマークの可能性が高いね。君が親しいのはトムのほうだし、いきなりのことだったから融通が利く彼かな」

 私何も言ってない。何でうちの使用人のスケジュールまで把握しているの? しかも合ってる。

「合ってるみたいだね。言ったでしょ、クラリスは分かりやすいって。そう、これで満足だよ」

 にこにこ笑っている。機嫌は直ったみたいなのに、手を離してくれない。

「レ、レイ?」

「僕は自覚しているよ。でもクラリスのことがそれだけ好きなんだ。嫉妬も少しくらいは許して?」

「???」

 何を自覚しているの? 今日のレイはご機嫌だけどちょっと変だ。

「ヴォルク、感謝する。アントンにもありがとうって伝えに行ってくれる?」

「かしこまりました」

 視線は私から逸らさずに告げるレイ。視線の端で執事が離れていく気配を感じる。あれ、この部屋他に誰がいたっけ?

「レイ?」

「ん? 僕だけを見てくれるんでしょう?」

 よく分からないけどレイはとても楽しそうだ。

「そうだよね、もうなってるって言ってくれてたもんね。誰にでも、なんて考えていて失礼だったよ。ごめんね」

 何で謝られているの? 何の話? 繋がってないよね?

 訳が分からないままレイは何も説明してくれず、夕飯ができたと告げられるまでまるでにらめっこのようにずっと顔を合わせていた。

クラリスが鈍感なのはレイが独占欲発揮して交友関係めちゃくちゃ制限したせいですよー。

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