7話 彼氏彼女、はじめました
「……どういうこと?」
「えっと、その……あの……か、彼氏のフリをしてもらえば、問題は全部解決するんじゃないかと思いまして……」
「ああ、なるほど。そういうことか」
びっくりした。
唐突に告白されて、なぜ? と混乱したが……
本気ではなくて、フリということか。
納得だ。
「こ、こんなお願い非常識で、それに、進藤くんに対しても失礼で……すごくもうしわけないと思います。でも、私、どうしていいかわからなくて……」
「いいよ」
「私にできることならなんでもするので、だから……え?」
「だから、いいよ」
天宮さんが、きょとんとなる。
なにを聞いたかわからない、という感じだ。
「あの……今、なんて?」
「いいよ、って」
「……なんでですか?」
なんで、と言われても困るぞ。
「困っているんだよな?」
「は、はい」
「で……天宮さんのお願いは、俺にできそうなことだ」
「そう、ですね……」
「なら、引き受けるのは当たり前のことじゃないか?」
「……」
天宮さんが再びきょとんとなり……
次いで、くすくすと小さく笑う。
「なんていうか……進藤くんは、本当に良い人なんですね」
「そんなことないと思うけどな。こんなことなら、誰でもできるさ」
「いいえ、誰にでもはできません」
「そうか?」
「だって……進藤くん以外は、イヤですから……」
それは、どういう意味なのだろうか?
気になるものの、今は話を先に進めることを優先する。
「それじゃあ、今日から俺と天宮さんは、彼氏彼女っていうことで」
「えと、その……は、はいっ! よろしくおねがいします!」
天宮さんは緊張した様子で頭を下げて……
ゴンッ。
テーブルに額をぶつけた。
「……ーーーっ!?」
「だ、大丈夫か……?」
「はい……大丈夫です……」
涙目ではあるものの、天宮さんはしっかりとした声で答えた。
怪我をしている様子はないから、問題はないと思う。
「それじゃあ、フリではあるけど……改めて、これからよろしく」
「はい、よろしくおねがいします」
握手をして、契約成立だ。
今日この日、この時間から、俺たちは彼氏彼女の関係になった。
フリだけどな。
「あ、あのっ……!」
話も終わったことだし、今日はお開きにしようか。
なんてことを言い出そうとしたところで、先に天宮さんが口を開く。
「どうかした、天宮さん?」
「そ、それです!」
「うん? どれ?」
「その、えと……天宮さん、っていう呼び方です。か、彼氏彼女になったわけですし、そういう呼び方だと、なんか他人行儀というか寂しいといいますか……あっ、いえ!? これは私の感想ではなくて、一般論ですっ、一般論っ!」
なるほど。
天宮さんの言いたいことは理解した。
つまり……
「彼氏彼女なのにさん付けをしていたら、恋人らしくない。フリを見破られてしまうかもしれない、って危惧しているわけだな?」
「……はい、そうです」
なぜか、天宮さんがガッカリしたような?
気のせいか?
「えっと、それでですね……私のことは、名前で呼んでもらえれば……と」
「いいのか? フリなのに、そこまでして」
「ふ、フリだからこそ、やるなら徹底的に……ですっ」
「そうだな……うん、確かにその通りだな」
「あの、えと……そ、それじゃあ、試しに私のことを名前で呼んでみてくれませんか?」
そう言う天宮さんは、ものすごく目をキラキラさせていた。
大好きなドッグフードを目の前にしたわんこみたいだ。
尻尾が左右にぶんぶんと揺れている……そんな錯覚を見た。
「それじゃあ……呼ぶよ?」
「は、はいっ、どうぞ!」
「六花」
「はぅっ!?」
名前を呼ぶと、天宮さんは奇妙な声をあげて、胸元をおさえた。
そのまま、ぷるぷると震える。
「どうしたんだ?」
「いえ、その……予想以上に破壊力が……えへへ。名前で呼んでもらっちゃった、えへへ」
なぜか、天宮さんは笑顔だ。
しかも、喜んでいる。
どういうことだろう?
「六花、どうしたんだ?」
「はぅ!?」
「六花の名前を間違えているとか、そんなオチはないよな? 六花」
「あぅ!?」
「六花のことが……」
「す、ストップですっ!」
やたらと顔を赤くして……
酸欠みたいにぜぇぜぇと吐息を荒くしつつ、天宮さんが両手を差し出してきた。
「や、やっぱり止めましょう……」
「なんでだ?」
「わ、私の心臓が保ちません……そんな風に呼ばれたら……えへ、えへへへ……」
慌てているのか喜んでいるのか、どちらかにしてほしい。
「よくわからないが……名前呼びはなし、ということか?」
「えっと……名字で呼び捨てにしてもらえれば」
「わかった、天宮」
「っ!? こ、これはこれで……えへへへ」
ニヤニヤと、とてもうれしそうな顔になる天宮さん……もとい、天宮。
俺は特になにもしていないのだけど、どういうことなのだろうか?
「それじゃあ……」
コホンを咳払いをして心を落ち着けた後、天宮が言う。
「今度は、私が進藤くんのことを名前で呼んでみてもいいですか?」
「えっと……わかった、いいよ」
天宮に名前で呼ばれる……か。
これ、よくよく考えたらすごい状況では?
転校初日でその存在が学年中に知れ渡り、姫と呼ばれるほどの女の子に名前呼びをされるなんて……
真司辺りが知れば、とんでもなく悔しがりそうだ。
「そ、それじゃあ……い、いきますね?」
天宮は緊張した面持ちで俺を見つめると……
そっと、桜色の唇を開く。
「……歩くん……」
「っ!?」
ドンッ、と心臓を撃ち抜かれたような衝撃が心に走る。
な、なんだ、今の感覚は……
甘く切なくて、でも心地よくて……なんともいえない刺激。
体が痺れるような、心が痺れるような……
そんな風に、初めて味わう感覚。
これは、いったい……?
「あ、あの……歩くん?」
「えっ!? いや、あの……」
「ど、どうかしたんですか? その、ちょっと様子が……わ、私、なにか失敗を? 歩くんを怒らせてしまうとか……?」
「いや、ちょっ……」
「歩くん、ごめんなさい……謝りますから、怒らないでください。その、私……」
「ち、違う違う違う! そうじゃないんだ!」
謎の圧力に耐えきれなくなり、俺は慌てて大きな声をあげた。
そうしたところで、ようやく胸に広がる感覚の正体に気がついた。
これは、ごくごく単純な感情。
……照れ、だ。
「その……俺のことも、今まで通り、名字で呼んでくれないか?」
「え? どうしてですか……?」
「情けないことなのだけど……ものすごく恥ずかしい」
「……恥ずかしい、ですか?」
「ああ。まさか、女の子に名前で呼ばれることが、こんなに恥ずかしいことなんて……照れくさくて照れくさくて、たまらない。正直、我慢できそうにない」
「あの……こんな時になんですけど、進藤くんは女の子に名前で呼ばれたこと、ないんですか?」
「ないよ。天宮が初めてだ」
「そう……なんですか」
天宮は、なにやら考え込むような顔になり……
不意に、その頬がにやりととろける。
「進藤くんの初めての名前呼び……私が……えへへ」
「天宮?」
「あっ、いえ、なんでもありません! なんでもありませんよ!?」
ちょくちょく挙動不審になるような気がするが……
まあ、気にしても仕方ないか。
女の子なのだから、色々とあるのだろう。
やや雑ではあるが、そんな風に自分を納得させた。
「あの……進藤くん」
「うん?」
「私、どちらかというとダメダメな女の子ですけど……でもでも、精一杯がんばります。だから、彼氏彼女、一緒にがんばりましょうね」
「そうだな……うん、よろしく」
「はい♪」
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