68話 野良猫少女
料理研究会の申請は無事に通った。
小さいながらも部室をもらうことができた。
部室で料理の勉強をする時は自由に活動してよし。
ただし、調理室を使う時は顧問の先生に監督してもらうこと。
そんな話をしたところで、今日の活動は終わり。
俺と天宮は肩を並べて帰る。
ただ、その行き先は家じゃない。
駅前にあるスーパーだ。
「進藤君は、今日はなにが食べたいですか?」
「いつも俺を優先しなくてもいいんだけど」
「私が進藤君の好きなものを作りたいんです。進藤君が私の作ったごはんをおいしそうに食べているところを見ると、すごく嬉しいんですよ?」
「そう言われるとリクエストするしかないじゃないか」
「ふふ、作戦勝ちです」
そこで本当に嬉しそうにするのはずるい。
「じゃあ……手間がかかるものでも?」
「むしろ、そういう方が嬉しいです。進藤君のためにがんばっている、という気持ちになれるので」
「なら、とんかつでもいいかな? キャベツの千切り多めで」
「了解です」
そんなわけで、まずはキャベツを買うために野菜コーナーへ向かう。
運の良いことに特売が行われていて、キャベツ一玉30円という安さだった。
「これは……」
「お買い得ですね……」
「……」
「……」
「「え?」」
気がつけば神神楽の姿があった。
学校帰りらしく、ランドセルを背負っている。
「おや? お兄さんとお姉さんじゃないですか。こんにちは」
「こ、こんにちは……」
天宮は挨拶を返すものの、ちょっと警戒した様子だ。
かくいう俺も警戒している。
そんな俺達を見て、神神楽は笑いながら手を振る。
「嫌ですねー、さすがに毎日はストーキングしませんよ」
毎日は、っていうことは、たまにならするっていうことか?
「夕飯を買いに来ただけですよ。お二人に会ったのは、本当に偶然です」
そう言って、神神楽はカートに乗せたカゴの中を見せてきた。
惣菜、惣菜、惣菜。
たまにパン。
……小学生が買う内容じゃない。
「これが夕飯……?」
「はい。正確に言うと、数日分の夕飯ですが」
「キャベツは?」
「なんか安かったので、つい」
「「……」」
天宮と顔を見合わせる。
店の惣菜が悪いとは言わない。
おいしいものはたくさんあるし、栄養のバランスもきっちり考えられているものが多い。
ただ……
惣菜ばかりというのはいかがなものか。
お腹は膨れても心は満たされないような気がする。
そう考えるのは、俺が古いタイプの人間だからだろうか?
今時、そういうことは気にしないのだろうか?
「……あの」
なにか決意した様子で天宮が口を開く。
すぐに彼女がなにを言いたいか察した。
だからこそ、特に口を挟むことなく、そのまま任せる。
「よかったら、一緒にごはんを食べませんか?」
「え?」
「これから……進藤君の家に行ってごはんを作るので、よかったら神神楽さんも一緒に」
「えっと……お姉さん、本気で言ってます?」
神神楽はなんともいえない微妙な表情に。
「昨日は、まあ、私が押しかけたので仕方ないと思いますが……でも、今はそんなことはないわけで。敵に塩を送るつもりですか?」
「神神楽さんは敵じゃないです。ライバルですよ」
「……」
天宮が迷うことなく即答して……
神神楽はキョトンと、目を大きくして驚いた。
「進藤君のことは譲るつもりはありませんけど、だからといって、仲良くしてはいけないという決まりはないと思うんです」
「……私に同情しているんですか?」
「はい」
「え」
こちらも迷うことなく即答して、神神楽は再び戸惑う。
たぶん、これまでもたくさん同情されてきて……
でも、本人はそれを嫌い……
何度も噛みついてきたのだろう。
それこそ警戒心の高い野良猫のように。
でも、天宮のような答えは初めてらしく、明らかに困惑していた。
「同情の意味、知っていますか?」
「……相手をかわいそうに思ったり、哀れんだりすることですよね?」
「それは正しいです。でもそれだけじゃなくて、相手の気持ちに寄り添い、親身になって共に感じること……でもあります」
「……」
「私も今、両親と離れて暮らしているので、神神楽さんの気持ちはわかるつもりです。だからこそ、放っておけないんです。なにより……」
「なにより……?」
「神神楽さんともっと仲良くなりたいんです。そして、進藤君のことについてたくさん語りたいです」
「……」
沈黙。
ややあって、ぷはっ、と神神楽が笑う。
「なんですか、それ。お姉さん、落ち着いているようで、でも、とんでもなく無茶苦茶ですね」
「そう……でしょうか?」
「そうですよ。言っていること、全部規格外です」
神神楽はくすくすと笑う。
さきほどまでの警戒感が消えて、年相応の笑みを浮かべている。
「わかりました。じゃあ、お邪魔になりますね」
「はい、どうぞ」
「じゃあ、この惣菜は戻してきますね」
「あ、その前に……今日はとんかつですが、いいですか?」
「大好物です!」
神神楽はとてもいい笑顔でそう言うのだった。




