64話 わかりましたか?
「……どうしてこんなことを?」
動揺を収めつつ、静かに尋ねる。
神神楽は不敵な笑みを浮かべたまま、あくまでも落ち着いて答える。
「私の気持ちを知ってもらうためですよ」
「だからって……」
「小学生とはいえ乙女。その唇が安くないことはわかりますよね?」
「……ああ」
「なら、それが私の気持ちです。ちゃんと理解してくれましたか?」
「ものすごく」
はあ、とため息をこぼしてしまう。
神神楽は小悪魔的で、小学生らしからぬ行動力と発想を持っているのだけど……
まさか、ここまでするとか。
とはいえ、ここまでさせてしまったのは俺が原因だ。
彼女を一人の女の子ではなくて、いつまでも小学生として見ていたから。
そうした方が楽だから。
本当、情けない。
「今更だけど、ちゃんと考えるよ。そして、返事をする」
「返事は後でいいですよ。今は、フラれてしまうのが目に見えていますからね」
「ただ」と間を挟み、神神楽は言葉を続ける。
「ちゃんとわかってくれたみたいなので、嬉しいです」
にっこりと笑う。
その笑顔は子供のものではなくて、一人の女性としてのものだった。
「じゃあ、家まで送ってくれますか? 自分からお兄さんの家に行っておいてなんですけど、この時間に小学生が出歩くことの危険性は理解しているつもりなので」
「なら、次は昼にしてくれ」
「学校があるじゃないですか」
「放課後とか土日があるだろう?」
「……行ってもいいんですか?」
「いいよ」
自然とそんな言葉が出てきた。
神神楽の告白に対する答えは変わらないと思う。
今も、これからも一つしかない。
ただ……
子供だから、という理由で遠ざけるのは止めにしよう。
きちんと考えて、きちんと受け止めて。
そうやって向き合うべきなのだ。
「お兄さん、メッセージアプリは使っていますか?」
「ID、教えておくよ」
「やった♪」
スマホを取り出して、メッセージアプリを起動。
神神楽を登録した。
「ふふ、これでいつでもどこでもお兄さんにメッセージを送れるわけですね」
「本当にいつでも送るなよ?」
神神楽の場合、授業中とか深夜とかにもメッセージを送ってきそうだ。
「大丈夫ですよ。その辺りはわきまえているので」
「本当か……?」
「朝昼晩に、大好きですよ♪ っていう愛のメッセージを」
「まあ、それくらいなら……どう反応していいかわからないけど」
「それと、ちょっとえっちな自撮りも送りますね」
「やめてくれ。俺を社会的に殺すつもりか」
「愛している故の暴挙ですね」
「良いこと言った、みたいなドヤ顔はやめなさい」
俺、早まっただろうか……?
「あ、到着です」
そんなこんな、話をしつつ歩いていると、神神楽が不意に足を止めた。
「……これが神神楽の家?」
「はい、そうですよ」
辿り着いたのは、丘の上にある家。
街を見渡すことができる眺望。
池のある広い庭と、それに劣らない大きな家。
ものすごい豪邸だ。
「もしかして、神神楽はお嬢様なのか……?」
「そうですね。それと似たようなものですね」
神神楽曰く……
両親は同じ会社で働いていて、それが縁で結婚することに。
ただ、どちらも大きなプロジェクトを任されるほど有能で、大きな立場に就いているという。
その成果の一つが、この家だ。
「……すごいな」
「私の家に来たお友達、大体、お兄さんみたいな反応をしますね」
「もしかして嫌か?」
偉大な親にコンプレックスを持つ子供はいる。
神神楽もそのパターンなのだろうか? と思ったのだけど、
「いいえ」
彼女はきっぱりと否定した。
「嫌なんてことありませんよ。むしろ、誇らしいですね。私のお父さんとお母さんは、こんなにすごいことをしているんですよ、って」
「……そうやって、今、ドヤ顔をするのは合っているな」
「でしょう?」
神神楽はニヤリと笑う。
ドヤ顔だけじゃなくて、こういった笑顔も似合うんだよな。
「ではでは、またです♪」
神神楽はにっこりと笑い、投げキッスをして、それから家の中に駆けていくのだった。




