62話 温かいごはん
「はい、おまたせしました」
「おーっ!?」
テーブルの上に料理が並び、神神楽は目をキラキラと輝かせた。
今日はカレーとシチューだ。
カレーの具はシンプルに、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、豚肉。
ルーは市販のものを使用。
ただ、そこに買い置きしておいたスパイスをいくらか足すことによって、奥深い味になっている。
シチューもカレーと同じ具だ。
プラスきのこを入れることで、その出汁が染み込んでいる。
匂いからしてもう美味しい。
「カレーとシチュー……似たようなものだけど、でも、まったく違う料理。その相乗効果によって生まれる、素敵なハーモニー……ああ、カレーとシチュー♪」
「神神楽?」
「はっ!? 私としたことが、つい、夢のようなメニューにやられてしまいました」
「ふふ。そこまで喜んでいただけると、がんばって作った甲斐がありますね」
「た、食べてもいいですか?」
「どうぞ」
「いただきます!!!」
ぱくり、とカレーを一口。
神神楽の瞳が宝石のように輝いた。
それから、ぷるぷると全身を震わせる。
「んんんぅーーーー!!!」
「ど、どうでしょうか……?」
「美味しいです! 最高です! GOODです!」
子供らしい笑みを浮かべつつ、神神楽はさらにカレーを食べる。
合間にシチューをスプーンですくい……
そしてまた、カレーを食べる。
ものすごい食べっぷりだ。
「はぁあああ、美味しい、本当に美味しいです!」
「お、大げさですよ。普通のカレーに、ちょっとアレンジしただけですよ?」
「でもでも、コンビニのカレーとは段違いです!」
「え?」
「ここしばらく、カレーはコンビニかファミレスでしか食べていないので、なんかこう……美味しいです!」
「……」
天宮がなんとも言えない顔に。
神神楽はまったく気にしていない様子だけど……
俺達からしたら、それは異常な話だ。
普通、子供は親の手料理で育つものだけど……
ずっとコンビニやファミレスなんて寂しすぎる。
「でも、うーん……?」
「どうしたんだ?」
「お姉さんの作る料理は美味しいんですけど、その秘密、ただ料理上手っていうだけじゃない気がして……」
「えっと?」
神神楽の言いたいことがよくわからない。
天宮も不思議そうな顔をしていた。
自分でもよくわからないことを言っているという自覚はあるらしく、神神楽はもどかしそうだ。
それでも、想いのまま言葉を並べていく。
「これでも、美味しいごはんは何度も食べてきたんですよ? コンビニのお弁当も日々改良されていて、美味しいものは本当に美味しいですからね。ファミレスも機械で作ることが多いものの、手作りのところも多いですし……あと、お父さんとお母さんに、お誕生日とかクリスマスに高いお店に連れて行ってもらったりします」
日頃、一人にさせてしまっているお詫び、らしい。
よかった。
彼女の両親は娘をきちんと愛しているようだ。
そのことを知れて、なんだか妙に安堵してしまう。
「でも……なぜか、今日はとても美味しく感じます。今までとベクトルが違うというか、妙にほっとする味というか……うーん?」
スプーンを咥えたまま、神神楽は悩ましげな声をこぼす。
「……進藤君。彼女は……」
「……そうなんだろうな」
神神楽は美味しいものはたくさん食べてきた。
好みなんて人それぞれなので、コンビニ弁当を最高に美味しい、と言う人もいる。
だから、料理の味については満足していたのだろう。
そこを気にしたことはないのだろう。
ただ……
誰かと一緒にごはんを食べる。
その経験が圧倒的に不足している。
だからこそ、こうして誰かと一緒に食べる美味しさを知らず、今まで気づくことができなかったのだろう。
「むぅ、よくわからないですね」
「……それさ」
「はい?」
「誰かと一緒に食べているから、ってことはないか?」
「一緒に……食べる?」
「一人で食べるごはんは味気ないだろう? どれだけ美味しくても、寂しさがあるからつまらないというか……そんなところがないか?」
「その点、誰かと一緒だと楽しいですからね。それが好きな人なら尚更です。進藤君と一緒に食べるごはんは、なんでも美味しいですよ」
「それは……つまり、気分の問題ですか?」
「ぶっちゃけたな……」
身も蓋もない言い方をするとそうなる。
でも、わりとバカにできないものだ。
「確かに、気分の問題ですね。もしかしたら、錯覚かもしれません。でも……神神楽さんは、今、美味しいって思っています」
「なら、それでいいんじゃないか? そこが一番大事だろう」
「……そうですね。ふふ」
神神楽は無邪気な笑みを浮かべつつ、もう一口、カレーを食べるのだった。




