60話 誰もいない
「誰もいない?」
ついつい聞き返してしまう。
ここで、「なーんて」とか冗談っぽく笑ってもらったら気が楽なのだけど……
そんなことはなくて、神神楽は寂しそうな顔のまま続ける。
「ウチ、両親は共働きなので。それでどっちも遅いから、一人で寂しいんです」
「それは……」
「だから、ついついお兄さんの顔が見たくなって……はぁ」
神神楽はため息をこぼす。
それは自虐的なものだ。
「って……寂しいからといって、迷惑をかけたらダメですよね。こんな時間に小学生が出歩いて、男の人の家に行くなんて。普通に考えてアウトです。ダメダメですね、私」
「神神楽……?」
「すみません、わがままを言ってしまいました。帰りますね。では、また明日! ふふ、なぜ明日ですか? って。それは、明日こそお兄さんを私の魅力でメロメロにするからですよ」
「あー……」
神神楽が強がっているのは一目瞭然。
こんな子供に無理させて、それでいいのだろうか?
ここで、神神楽を一人にすることが正しいのだろうか?
「……進藤君」
ふと、天宮が俺を見る。
まっすぐな視線。
それだけで彼女がなにを考えているか理解した。
ため息を一つ。
それから、改めて神神楽と話をする。
「せっかくだから、ごはんを食べていくか?」
「え」
神神楽が目を大きくして驚いた。
こういうキョトンとした顔、初めて見るかもしれない。
普段、小悪魔っぷりが目立つからこそ、とても新鮮な反応だ。
子供らしいというか……
彼女の素が初めて見えたような気がする。
「で、でも……」
「普通に考えたらアウトだな」
「そ、そうですよ。こんな時間に小学生を家に上げるなんて……」
法に触れなかったとしても、県の条例に引っかかるかもしれない。
俺も未成年だから、いきなり逮捕ということはないだろうけど、公になれば色々と面倒なことになるのは間違いない。
なによりも周囲の目が変わるだろう。
小学生を夜、家に連れ込んだ変態ロリコン認定だ。
だとしても。
「ヒマなんだろう? なら、あがっていくといいさ」
「……お兄さん……」
「まあ、料理を作るのは俺じゃなくて天宮だけど」
「多少のリクエストなら受け付けていますよ?」
「……お姉さん……」
これは間違いだ。
ダメなことで、アウトで、ミス以外の何者でもない。
それでも、ここで神神楽を放っておくことはできない。
俺にとっては、その方が間違いなのだ。
「……いいんですか?」
「いいよ」
「迷惑かけちゃいますよ?」
「その時はその時だ」
「ロリコンって言われちゃいますよ?」
「それはもう諦めた」
「えっと、えっと……」
神神楽はとても困った様子で言葉を探している。
否定的な材料を探しているみたいだけど、うまく思いつかないようだ。
そもそも……
嫌なら断ればいいだけの話だ。
そして、そういうことに関しては、神神楽は迷いなくハッキリと言うタイプだろう。
それをしないということは、迷っているということ。
本当は甘えたいけど、でも、迷惑をかけることを恐れて……
一歩、踏み出すことができない。
まったく……
日頃、あれだけグイグイ来ているのに、こういう時は尻込みするなんて。
そういう気の使い方を気にする子供になんて、ならなくていいのに。
「神神楽」
「は、はい!?」
「プリンもあるぞ」
「……」
神神楽はキョトンとした。
「ぷっ」
ややあって、耐えられないという様子でくすりと笑う。
「お兄さん。確かに私は小学生ですけど、でも、プリンに釣られるような歳ではありませんよ?」
「そうか。なら、プリンは俺達でおいしくいただこう」
「私、二つ食べますね」
「あっ、待って。待ってください!」
ここぞとばかりに天宮が話に乗ると、神神楽は慌てた様子で言う。
「仕方ないですね。お兄さんお姉さんが、そこまでロリコンだとは思いませんでした」
「よし。天宮、家に入ろう」
「そうですね」
「あああっ、ごめんなさいごめんなさい! 素直になれなくてごめんなさい!?」
あたふたとする神神楽は、ちょっと楽しい。
こんな時だけど笑ってしまう。
「どうする?」
「えっと、その……」
神神楽は視線をさまよわせて……
ややあって、こちらを見る。
「……お邪魔してもいいですか?」




