58話 注文もできます
天宮はアニソンだけではなくて、色々な洋楽を歌うことができた。
基本、落ち着いた曲が多い。
それらをほぼほぼ完璧に歌いこなしていて、ドリンクを運んできた店員が驚くほどだった。
「カラオケ、楽しいですね!」
天宮は目をキラキラさせて言う。
なんとなく、新しいおもちゃを与えられてはしゃぐわんこを想像した。
ふと、天宮の飲み物がなくなっていることに気がついた。
たくさん、そして全力で歌っているから喉が乾いて、一気にドリンクを飲んでしまったのだろう。
「追加のドリンク、頼む?」
「あ、はい。お願いします。えっと……オレンジジュースで」
「了解。それと……せっかくだから、ここで昼を食べていく? 腹、減っていない?」
「え? ごはんを?」
天宮がきょとんとした。
ああ、そっか。
カラオケが初めてだから、そういうことを知らないのか。
「ドリンクだけじゃなくて、他にも色々と注文できるんだよ。パスタとかサンドとかケーキとか……お、鍋なんてものもあるな」
「す、すごいですね。ファミレスみたいです」
「最近は……っていうか、けっこう前からだけど、そういう風になっているんだ。ここはしっかりした店だから料理にも力を入れていて、おいしいらしい」
真司や七塚経由で店の良い評判を聞くことが多い。
それに、何度かテレビで紹介されたこともある。
注文したら冷凍食品でした、なんていうオチはないだろう。
「頼んでみる?」
「はい!」
天宮はキラキラとした表情で頷いた。
――――――――――
マルゲリータとトリプルチーズのハーフ&ハーフのピザ。
カルボナーラとペペロンチーノ。
海老グラタン。
シーザーサラダ。
チョコレートケーキといちごパフェ。
それと、ドリンクが数杯。
テーブルの上をたくさんの料理が埋め尽くしていた。
「これは……」
「た、頼みすぎたかもしれませんね……」
カラオケで料理を頼むのは俺も初めてだ。
だから、ついついあれもこれもと選んでしまい……
結果、こんな惨状に。
「ど、どうしましょう……?」
「……とりあえず、食べていこうか。フリータイムだから時間は気にしなくていいし」
「そ、そうですね」
俺はカルボナーラ、天宮はグラタンを手に取る。
それぞれフォークを手にして、ぱくりと一口。
「「っ!?」」
ほぼほぼ同時に、俺達は笑顔になる。
「これ、うまいな」
「はい。想像していた以上においしいです」
「カラオケでこの味が出るとか、ちょっと反則じゃないか?」
「歌うことだけじゃなくて、この味を目当てに足を運んでしまいそうです」
とにかくべた褒めだった。
でも、それくらいおいしい。
ただ……
「おいしいけど……」
「さすがに、全部は無理ですね……」
テーブルを見ると、まだまだたくさんの料理が残っていた。
時間をかけても二人で食べ切れるとは思えない。
「んー……助っ人を呼ぶか?」
「助っ人ですか?」
「真司と七塚さん」
「なるほど」
あの二人なら呼べば喜んで来るだろう。
確か、今日は特別な用事とか入っていないはずだ。
「……」
ふと、天宮がちょっとだけ渋い顔に。
「嫌?」
「えっと、そんなことはないんですけど……」
天宮は、ちらっとこちらを見る。
「進藤君と二人きりでなくなるのは、少し寂しいかな、って」
せっかくのデートだから……と付け足す。
そんな天宮のことが無性に愛おしくなり、そっとその手を握る。
「進藤君?」
「わりと同意見だけど、でも、またデートはできる。それに、今日一日でやりたいことを全部やるのはもったいなくないか? これから時間をかけて、色々なことをやっていけばいいさ」
「そうですね。ふふ」
天宮は嬉しそうに笑う。
その笑みは晴れやかなもので、そして、絵画のように綺麗だった。
「進藤君は、いつも私の欲しいものをくれますね」
「今はなにもしていないけど」
「いいえ、たくさんくれました」
と、言われても心当たりはない。
まあ……
天宮が笑っているのならそれでいいか。
それ以上に大事なことなんて他にない。
「……でも」
そっと、天宮も俺の手を取る。
「もう少しだけ、進藤君を独占していてもいいですか?」
「俺も、もう少しだけ天宮を独占したい」
指を絡ませる。
その上で手を握る。
繋いだ手から天宮の熱が伝わってきた。
それと同時に、彼女の想いも流れ込んでくるかのようだ。
温かくて、心地よくて……
そして、とても優しい時間が流れるのだった。
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