50話 俺も
「……ん?」
ふと、香ばしい匂いがして、それで目が覚めた。
体を起こして隣を見る。
天宮の姿はない。
そして、部屋とキッチンを仕切る扉は閉められていた。
火を扱う音と、わずかに香ばしい匂いが流れてくる。
戸を閉めていても、ある程度は流れてくるものだ。
時計を見ると、いつもの起床時間だ。
「早いな」
あくびをこぼしつつ、今のうちにささっと制服に着替えた。
それからキッチンに移動する。
「おはよう」
「あ、おはようございます」
天宮は巧みにフライパンを扱いつつ、同時に挨拶をする。
朝から天使のような笑顔を見ることができた。
一緒に暮らしているんだな、という実感を改めて覚える。
「今日は早いんだな」
「目が覚めたので、先に準備をしておこうかと」
「俺も起こしてくれればよかったのに」
「そんな。わざわざ起こさなくても、時間まで寝ている方がいいですよ」
「そうか? 俺は、天宮と一緒にいる方がいいけど」
「はぅ……そ、そういうところが、もう……」
照れる天宮は可愛い。
可愛い、なんて単純な言葉かもしれない。
でも、辺に言葉を尽くすよりはたくさんの気持ちを込められるような気がした。
だから、何度でも言う。
天宮は可愛い。
「え、えっと、その、あの……」
天宮はどんどん赤くなる。
ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。
「俺も手伝うよ」
「もう少しでできるので、大丈夫ですよ」
「でも、なにかあるだろ? 料理は天宮の方が上手だから任せているけど、それでも、なにかあるはずだ。なにもしないっていうのは、ちょっと」
「もう……進藤君は本当に優しいですね」
そう微笑む天宮は、とても嬉しそうだった。
「では、できたものを運んでくれますか? あと、パンを二枚、焼いてほしいです」
「了解」
サラダとスープを部屋に運んで、それからパンを二枚、トースターに放り込んだ。
少ししたところで、一枚だけ先に取り出す。
「あれ? 進藤君、それは……」
「天宮は、ちょっとだけ焼いた、まだ少し柔らかいままの方が好みだよな?」
「そうです、けど……あれ? 私の好み、伝えましたっけ?」
「昨日、見ていて気づいた」
「……」
天宮は目を大きくして驚いた。
「そんなところまで見ていてくれたんですか……?」
「そうだけど……あ」
しまった。
これじゃあ、ちょくちょく天宮のことを見ていると自白したようなものだ。
恋人でも、さすがに気持ち悪いかもしれない。
「ごめん、悪気はないんだ」
「え?」
「気がついたら天宮のことを見ていて、それが、俺にとっての当たり前になっていて……」
「あ、う……はぅ」
「だから、ジロジロ見るつもりはなかったんだ。自然と引き寄せられたというか、ついつい見てしまうほどに綺麗というか……」
「も、もうやめてくださいっ、それ以上は死んでしまいます!」
「死ぬ!?」
何事だ!?
「謝罪するフリをしつつ口説くなんて、もう……進藤君はナンパ上手ですね」
「そんなつもりはないが……そうだとしても、相手は天宮だけだ」
「そ、そういうところですぅ……」
しゅーと、湯気がでるくらい恥ずかしがる天宮だった。
――――――――――
準備が終わり、一緒に玄関に向かう。
ただ、今日も俺が最初だ。
振り返ると……
「いってらっしゃい、進藤君」
にこにこ笑顔の天宮が。
毎日、こうしてお見送りをしたいらしい。
ただ……」
「天宮」
「はい?」
外に出たところで、手招きをした。
そのまま天宮は外に出てきて、俺の隣に立つ。
「天宮も、いってらっしゃい」
「……あ……」
「俺も、天宮にこうしたいんだ」
「……はい!」
天宮はとびっきりの笑顔を浮かべるのだった。
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