5話 姫さまの手料理
放課後になる頃には、右足首の痛みはだいぶ引いていた。
多少の傷みは残るが、一人で歩くことはできる。
「よう、歩。怪我は大丈夫か?」
真司に声をかけられて、笑顔を返す。
「ああ、問題ないさ。心配してくれて、ありがとうな」
「べ、別に歩のことなんか心配してないんだからね!?」
「……頭壊れたか?」
「……すまねえ。俺も、今のは寒いと思ったわ」
どうやら、真司なりのジョークだったらしい。
アニメと漫画が好きらしく、ちょくちょくこういう会話が挟まれるんだよな。
「で、どうしたんだ?」
「俺、今日部活休みなんだけどさ、歩はヒマか? なにもないなら、どこか寄っていこうぜ」
「ああ、別に……」
構わない、と言おうとしたところで、教室の入り口の方から声が聞こえてきた。
「あ、あの……進藤くんはいますか?」
クラスが一気にざわついた。
姫さまだ!?
姫さまが下界に降臨されたぞ!
姫さまが俺を見つめている!
そんな感じで、主に男子生徒がどよめいている。
「……なあ、姫さま、ってなんだ?」
「転校生の愛称? みたいなもんだな。姫のごとく可憐」
「なるほど」
わずか一日でそんな愛称がつけられてしまうとは。
わからないでもないが……
ただ、本人は微妙な顔をしている。
俺は普通に呼ぶことにしよう。
「っていうか……お前、なんで天宮さんに呼ばれてるわけ? なんかしでかしたのか? オラ、吐けや」
「彼女持ちが嫉妬をするな」
「彼女がいても、気になるもんは気になるんだよ」
面倒な親友だった。
というか、ある意味で、天宮さんも面倒だ。
放課後に……と約束はしていたが、まさか、教室を訪ねてくるなんて。
今日転校してきたばかりだから、難しいかもしれないが……
自分が一日で有名になってしまうほどの美少女であることを自覚してほしい。
「天宮さん」
「あっ、進藤くん。よかった、ちゃんと会えました。お礼の話を……」
「こっちへ」
「え? え?」
天宮さんの手を引いて、一気に教室を離脱した。
背後で、「姫さまがさらわれたぞ!?」「下手人を捕らえろ!」「八つ裂きだ!」……などと物騒な声が聞こえてきたが、全て無視。
天宮と一緒に、そのまま学校の外に出た。
「ふう……ここまで来れば、もう大丈夫だろう」
「あっ、あああ、あのあのあの!? し、しんど、しんろーくんっ!?!?!?」
やたらと慌てた声。
振り向くと、天宮が目をグルグルと回しつつ、りんごのように顔を赤く染めていた。
「その、あの、その……てっ、ててて、手が……!?」
「……あっ、すまない」
その場の勢いで、ついつい天宮の手を取ってしまった。
男に慣れていないと聞いているし、緊張してしまうのも仕方ないだろう。
俺は謝罪をして、すぐに手を離した。
「すまない。急いで教室から離れたくて……悪気はないということは、信じてほしい」
「あ、いえ……緊張していただけで、イヤということはありませんから」
「そっか、ならよかった」
「……むしろ、もっと……」
「うん? 今、なんて?」
「なっ、なななんでもありません!」
おとなしい子かと思っていたが、意外と感情表現が豊かな子なのかもしれない。
一緒にいて飽きないというか……
もっと一緒にいたいと思うような、そんな女の子だ。
それが今、俺が天宮さんに抱いている印象だった。
「そういえば……カナデ、って言ったっけ? あの猫は?」
「あ、はい。ちゃんと、学校の外に放してきました。まだ小さいですが、とても賢い子なので、一人でも家に帰れると思いますから」
「また学校に戻ってくるという可能性もあるんじゃないか?」
「……あっ」
どうやら、その可能性は考えていなかったらしい。
感情表現豊かなだけではなくて、やや抜けているところもあるらしい。
「だ、大丈夫です。戻ってきていたのなら、まっさきに私のところに顔を見せると思いますし……今日は、おうちに帰っているはずです……たぶん」
天宮がそう言うのならば大丈夫なのだろう。
「えっと、それでですね……私にお礼をさせてくれませんか?」
「あー……」
確かに約束はしたものの、内容は未だ思いついていない。
このままなにもなし、という雰囲気ではない。
なにかしらお願いしないと、とてもじゃないけれど納得してくれなさそうだ。
とはいえ、困ったことなんて……
グゥウウウッ。
「……」
「……」
腹の音が鳴ってしまった。
そういえば……色々とあったいせいで、今日は昼を食べていないんだった。
育ち盛りの高校生にとって、昼飯抜きはけっこう辛い。
「あの……お腹が空いているんですか?」
「ああ……そうだな。結局、あれから昼は食べてないんだ」
「そうだったんですか……あ、あの。そういうことなら、私がごはんを作りましょうか?」
「天宮さんが?」
「はい。私、こう見えても料理は得意なんですよ」
えへん、と天宮さんが胸を張る。
形がよく大きな胸が強調されて、視線のやり場に困る。
「えっと……なら、お願いしようかな?」
「はい、任されました♪」
――――――――――
「ふんふ~ん♪」
天宮さんはキッチンに立ち、鼻歌を歌いながらフライパンでなにかを炒めている。
その後ろを姿を、俺は少し離れたところで見ていた。
ワンルームの部屋に、俺と天宮さんの二人だけ。
……なんで、こんなことに?
料理を作ってもらうことになったけれど、まさか、俺の部屋で作るなんて普通は思わないよな?
一人暮らしの男の部屋に、無防備に上がり込むなんて、想像できないよな?
俺は悪くない。
悪くないぞ。
「進藤くん」
「な、なんだ?」
「味付けなんですけど、濃い方と薄い方、どっちが好みですか?」
「えっと……こ、濃い方かな」
「なるほどー……やっぱり、男の子なんですね。わかりました。もうちょっとでできるので、楽しみに待っててくださいね」
一日で噂になるような美少女転校生にごはんを作ってもらうなんて、夢だろうか?
夢だよな……?
いや、なんかもう……
夢でもなんでもいいか。
とりあえず、成り行きに任せることにしよう。
「はい、おまたせしました」
意外というべきか、天宮が作ったのは牛丼だ。
ほかほかのご飯に、タレで焼かれた牛肉と玉ねぎが乗せられている。
たっぷりと味が染み込んでいそうで、とてつもなくおいしそうだ。
「ど、どうぞ!」
「えっと……うん。それじゃあ、いただきます」
肉とごはんを箸で一緒にすくい、ぱくりと一口で食べる。
「ど、どうですか……!?」
「えっと……」
まずいということはない。
ただ、絶賛できるほどでもなくて……なんだろうか?
肉と玉ねぎを、ただ単に焼き肉のタレで焼いただけのような……そんな味。
期待値が高かった分、微妙な落胆を覚えてしまう。
そんな俺の様子を見て察したらしく、天宮さんはがくりと肩を落とす。
「うぅ……ダメでしたか……」
「あっ、いや。ダメなんてことはないんだ。普通においしい」
「普通、なんですね……」
「えっと……すまない」
ここで「おいしい」と言うことができればいいのだけど、俺は不器用な性格で、それができない。
もうしわけない。
ただ、本当にまずいわけではないので、普通に食べることはできる。
そのままパクパクと食べ進めて、完食した。
「ごちそうさま。腹、いっぱいになったよ」
「そうですか、それならよかったですが……うーん」
「天宮さん?」
「……あのっ!」
天宮さんは、なにやら決意したような顔でこちらを見た。
さらに身を乗り出して……って、近い近い!
「やっぱり、これじゃあ、ちゃんとしたお礼にならないと思うんです。このままでは、進藤くんにもうしわけないというか、顔向けできないというか……だから、また……」
「ま、まってくれ。それよりも、その……顔が近い」
「え?」
天宮さんは、きょとんとして……
「……ひゃあっ!?」
現状に気がついたらしく、慌てて離れた。
熱くなった頬を両手で抑えるような仕草をして、ぷるぷると震える。
「うぅ……つ、ついついあんなことを……恥ずかしいです」
「えっと……大丈夫、いいにおいがしたから!」
って、俺はなにを言っているんだ!?
もっと他に言うべきことがあるだろうに。
「ふぁ……!?」
天宮さんが再び赤くなる。
今日一日で、何度赤面したのだろう?
ついつい、そんなことを思ってしまう。
「えと、その、あの……あ、ありがとう、ございます……」
「わ、悪い。決して変な意味ではなくて、変な目的もなくて、ただ、ふとそう思っただけで……」
「い、いえ、大丈夫です。その……進藤くんにそう思われることは、イヤじゃなくて、むしろ……うれしいです」
気になる発言ではあるが、さらなる墓穴を掘りそうな気がしたため、追及はしないでおいた。
「えっと……それで、なにか言いかけていたみたいだけど?」
「あ、はい。そのことなんですけど……また料理を作りに来てもいいですか?」
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