4話 お礼をさせてください
天宮に肩を貸してもらい、保健室へ。
間の悪いことに、保険医は席を外しているらしく誰もいない。
ひとまずベッドに座るけれど、保険医が戻ってくる様子はない。
「まいったな……」
「あ、あの……私に手当をさせてもらえませんか!?」
「天宮さんが?」
「その、元はといえば私のせいですから……この子を助けてもらったお礼もしたいですし、せめてそれくらいは」
必死な顔で訴える天宮さん。
その腕には、さきほどの子猫が……
「って、その子、連れてきちゃったの?」
「あ、えと……すみません。実はこの子、ウチの家の子でして……カナデ、っていうんですよ」
「そうなのか?」
「甘えたい盛りで、家ではいつもじゃれてくるんですよ? どこへ行くにも私の後をついてきて、にゃあにゃあって鳴いて……ふふっ」
その時のことを思い返したらしく、天宮さんは優しく笑う。
その笑みはとても優しいもので、言いすぎかも知れないけど、まるで聖母みたいだ。
ついつい見惚れてしまう。
「進藤くん?」
「あ、いや……でも、なんでその子が学校に?」
「この子、ちょくちょく家を抜け出す癖があって……たぶん、私を追いかけてここまで来たのかと」
「なるほど……わんぱくな子だね」
「……この子のこと、怒らないんですか?」
「え、なんで?」
「だって、この子が学校に来なければ、進藤くんが怪我をすることも……」
「大好きなご主人さまに会いたかったんだろう? そんなことを怒るなんてできないし、怒るつもりもないさ」
「……進藤くんは、優しいんですね。体を張って、この子を助けてくれたし……すごく優しいと思います」
そんなことはない。
あれくらい、誰でもすると思う。
たまたま、俺がその場に居合わせただけだ。
「あっ……す、すみません。手当をすると言いながら、放置してしまい……えっと、少し待っててくださいね」
天宮さんは、慌てた様子で保健室の棚を見て回る。
たぶん、湿布とか包帯を探しているのだろう。
俺が場所を知っているわけではないので、そこは任せるしかない。
10分ほどして、天宮さんが戻ってきた。
その手には、湿布と包帯が。
「おまたせしました。手当、しますね?」
「今度は、おまじないじゃないんだな。痛いの痛いの飛んでけー、って」
「あう……」
天宮さんが真っ赤になる。
それから、軽く睨みつけられた。
「……いじわるです」
「ごめん、つい」
からかわずにはいられないというか。
そんな感じだ。
「えっと……それじゃあ、頼む」
「はい、失礼しますね」
天宮さんは、そっと俺の靴下を脱がした。
それから軽く触れたり見たりして、怪我の具合を確認する。
「擦り傷とかは……ありませんね。ひどく腫れているということもなくて……よかった、ただの捻挫みたいですね」
「そうだな」
「あっ!? い、いえ、その……怪我をしたことがよかったというわけではなくて、捻挫だけで済んでよかったという意味で……あ、しかし、捻挫も場合によってはひどい怪我に分類されますし……あぁ、私、ひどいことを言うつもりではなくて……」
「えっと……天宮さん? 別に俺、なにも気にしていないから」
「そ、そうですか……? その……すみません。実は私、あまり男の人に慣れていなくて……こうして二人きりになってしまうと、えと、緊張ひてしまっへ……あう」
最後に噛んでしまい、天宮さんは恥ずかしそうにする。
言葉通り、それなりに緊張しているみたいだ。
「そうなのか……なら、無理に手当はしなくても……」
「いえっ、させてください!」
ものすごい勢いで言われてしまう。
断るなんてできない雰囲気だ。
まあ、自分で手当はしづらい状況なので……
天宮さんがしてくれるというのなら、素直に甘えよう。
「えっと、まずは湿布を……ちょっとヒヤっとしますからね?」
そんなことを言いながら、天宮さんが湿布を貼る。
「大丈夫ですか? 痛くないですか?」
「大丈夫」
「そうですか、よかったです……あとは、包帯でしっかりと固定して……あ、あれ?」
なにやら天宮さんの手付きが怪しい。
包帯を巻こうとしているのだけど、ゆるかったりきつかったり、バランスが悪い。
もしかしたら、こういう作業は苦手なのかもしれない。
それでも、天宮さんは一生懸命な顔をしてがんばる。
諦めることはなくて、最後までやり遂げる。
「で、できました……!」
ふう……と、天宮さんは吐息をこぼす。
その視線の先には、包帯が巻かれた俺の右足首。
ちょっとバランスは悪いものの、包帯はしっかりと巻かれている。
「ありがとう、天宮さん」
「いえ、これくらいなんてことありませんから」
そう言う天宮さんは、どこか誇らしげな顔をしていた。
なんとなく、わんこが褒められるのを待っているところに似ている。
「……よしよし」
「ふわっ!?」
しまった。
つい反射的に、天宮さんの頭を撫でてしまった。
「ご、ごめん。なんていうか、つい……」
「あう……」
「えっと……ごめん」
「いえ、その……いいですよ?」
「え?」
なにがいいの?
「その、えと……もっと私の頭を撫でても、いいですよ……?」
「いや、それは……」
「というか……撫でて、ほしいです……」
この子、わんこだ。
わんこ系女子高生だ。
「……よしよし」
「~♪」
懇願するような視線に負けてしまい、再び天宮さんの頭を撫でた。
ものすごくうれしそうな、気持ちよさそうな顔をされてしまう。
これ……どういう状況だ?
「にゃあ」
「「っ!?」」
猫が小さく鳴いて、俺たちは一気に我に返る。
天宮さんはぼんっと顔を赤くすると、一気に後退した。
「あっ、えと、その……今のは、つい雰囲気に流されてしまい……あううう」
「……俺の方こそごめん」
「私も……すみませんでした」
なにに対して謝罪しているのか?
それは、俺たちにもわからないが……
とりあえず、謝罪せずにはいられない雰囲気だった。
「にゃあ」
空気を読んでいない様子で、猫……カナデだっけ? が、俺の膝の上に乗る。
そのままごろごろと喉を鳴らしつつ、くるりと丸くなった。
「あ、こら。ダメですよ、カナデ。進藤くんは、あなたを助けるために怪我をしたんですよ? そんな邪魔になるようなことは……」
「いいよ。俺、猫は好きだから」
「あっ……ま、待ってください、進藤くん。その子、とても気難しい子で、自分からは近づいていくのですが触られたりすると引っ掻いたりして……」
「にゃう~♪」
頭を撫でると、カナデは気持ちよさそうに鳴いた。
さらに、こちらの手に頭を擦り付けてくる。
なんだ、人懐っこい子じゃないか。
「うそ……し、信じられないです。私以外……家族にも懐かなかったのに、どうして、進藤くんに……」
「そうなのか?」
「は、はい……ちょっと、色々とあって……とても気難しい性格になっちゃったんです」
「こんなにかわいいのにな。なあ、お前?」
「にゃうっ」
指先にじゃれついてくる。
爪はきちんとしまっているため、痛みなんてない。
「あっ……そ、そうです。それよりも、他になにかしてほしいことはありませんか?」
「してほしいこと?」
「お礼をさせてください」
「お礼、と言われてもな……」
治療はしてもらったので、他にしてほしいことは思い浮かばない。
「……特にないかな」
「そんな……それじゃあ、私の気が収まりません。なにかさせてくれませんか? なにかありませんか?」
「えっと……じゃあ、放課後までに考えておくから、それでいいか?」
勢いに押されて、そんなことを口にしてしまう。
すると、天宮さんはぱあっと顔を輝かせて、とてもうれしそうにした。
「わかりました。じゃあ、放課後を楽しみにしていますね」
「ああ、うん?」
俺が楽しみにする側なのでは……?
よくわからないまま……
俺は、天宮さんとまた会う約束をしていた。
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