38話 いってらっしゃい
人間って順応力が高い。
そんなことを実感させられる朝だった。
天宮と一緒に暮らすようになり、初めて訪れた朝。
昨夜のように、色々と問題が起きて慌てることになると思っていたのだけど……
実際はそんなことはなくて、平穏そのものだった。
朝は普通に起きて。
部屋の戸を引いて、その向こうで互いに着替えをして。
それから、天宮が作ってくれたごはんを一緒に食べる。
「初日なのに、慣れるものなんだなあ……」
「なんのことですか?」
「いや、なんでもないよ」
これから天宮と一緒にいる生活が当たり前のなるのだろうか?
今はまだ違和感があるけど、それもいつか消えるのだろうか?
その時は……
「……ま、いいか」
今、考えるようなことじゃない。
想像……というか、妄想くらいはするだろうけど、真剣に考えるにしては俺達はまだまだ子供だ。
「ところで……」
「はい、なんですか?」
「家は別々に出ようと思うんだけど」
「え」
天宮が絶望的な表情に。
持っていた箸がテーブルの上に落ちて、カランと鳴る。
「わ、私と一緒に……いたくない、ということですか……?」
「違う違う。早とちりしないでくれ」
思い切り泣きそうになる天宮。
なんとなく、怒られてしょんぼりする犬を連想する。
慌てて落ち着かせて、ちゃんと説明をする。
「許可はとっているとはいえ、一緒に暮らしていることは周囲には秘密にしておいた方がいいと思う」
「それは……そうなんですか?」
「妙な勘ぐりをされたり、あらぬ誤解を受けたり、心無い言葉を受けることもあるかもしれない」
「えっと……」
天宮はピンときていない様子だ。
「想像できないか?」
「そうですね……はい。あまり」
「実は俺も」
そういう話はよく聞く。
ただ、実際に自分の身に降りかかったことはない。
なんだかんだ、わりと世の中は平和なのだ。
普通に生きていればトラブルに巻き込まれることは少ない。
しかし。
だからといって、絶対に安心ということはない。
昨日までは大丈夫だけど、今日からいきなりダメになる……なんてことはある。
予期せず不幸が襲いかかってくることも、よくあることなのだろう。
だから、いざという時のための対策は必要だ。
「別々に家を出よう。それなら、一緒に家を出る、っていうのを目撃される心配はない」
「それでも、同じところに住んでいる、と推察される時はあるのでは?」
「それはもう仕方ない。その時は諦めよう」
ずっと部屋から出ないわけにはいかないし、こればかりはどうしようもない。
「無用なトラブルを避けるための努力を少しくらいはしておかないと、っていう話だ」
「なるほど……それは、その通りかもしれませんね」
「だから、別々に出て……」
「……そのまま登校するのですか?」
天宮が寂しそうにこちらを見た。
なんだか、雨に打たれている子犬のような目だ。
「私は……一人は嫌です。寂しいです」
「えっと……」
「知っていますか? うさぎは寂しいと死んでしまうのですよ? 私、うさぎタイプだと思います……」
それ、デマだから。
あと、急に話を重くしないでくれ。
やれやれ、とため息をこぼす。
「そのまま別々に登校する、なんて言っていないだろう」
「え?」
「家は別々に出るけど、その後は、いつもの場所で待ち合わせをすればいい。それで……いつも通り、一緒に学校に行こう」
「あっ……はい!!!」
ものすごい笑顔を見せられた。
やっぱり、天宮って犬系彼女だよな。
「そんなわけで、俺は先に出るよ」
食器を片付けて、鞄を手に取る。
「じゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい……えへへ」
なぜか天宮がふにゃりと笑う。
とても幸せそうな笑みで、どうして今、そんな顔をするのか謎だった。
思わず足を止めて尋ねる。
「やたら嬉しそうだけど、どうかした?」
「夢が一つ叶いました」
「夢?」
「進藤くんのこと、『いってらっしゃい』ってお見送りすること、です♪」
なにこの可愛い生き物?
天使か?
いや、俺の彼女だ。
俺、本当にこんな子と付き合えているのかな?
夢じゃないよな?
頬をつねりたい気分だ。
「どうしたんですか、進藤くん?」
「いや……なんでもないよ。ただ……」
「ただ?」
「天宮は、他にもそういう夢はないか?」
「えっと……たくさんありますよ。数え切れないほどです」
「なら……一つ一つ、叶えていこうか。協力するから」
「いいんですか?」
「もちろん。一緒に、たくさん思い出を作っていこう」
「はい♪」
嬉しそうに笑う天宮に見送られて、俺は家を後にするのだった。
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