30話 カラオケ
「私、カラオケって行ったことないんです」
そんな天宮の一言から、最初はカラオケに行くことにした。
一度も行ったことがないなんて、珍しいな。
歌うのが好きではないのか。
それとも、ただ単に機会がなかっただけなのか。
少し気になる。
「わあ、ここがカラオケなんですね」
部屋に案内されて、天宮は瞳をキラキラと輝かせた。
子供のようにわくわくとした様子で部屋を見て……
あれ? というような感じで小首を傾げる。
「部屋、けっこう小さいんですね」
「二人だからな。だいたい、こんなものだよ。今は部屋が空いているみたいだから、他のところに変えてもらうように話をしてみるか?」
「いえ、ここで大丈夫です」
「そうか? それならいいんだけど」
ひとまず、席に座る。
それを見計らっていたかのように、天宮が隣に座る。
肩と肩が触れ合うほどの距離で、なんだ、その……かなり近い。
「えへへ」
「えっと……天宮さん?」
「はい、なんですか?」
「……ちょっと近くないか?」
「部屋が狭いから仕方ないんです」
「そうか、仕方ないのか……」
「はい、仕方ないんです♪」
仕方ないという割には、ものすごくうれしそうなのだけど……
そこにツッコミを入れるのは、野暮というものだろう。
天宮がうれしそうにしているのだから、それでよし。
まあ……俺もうれしくはあるのだが。
「えっと……それで、どうすればいいんでしょう?」
「このコントローラー? を使って歌いたい曲を探すんだ。天宮は、なにを歌いたい?」
「進藤くんが探してくれるんですか?」
「よくわからないだろ?」
「いえ、大丈夫です。わからないからといって逃げていたら、いつまで経ってもわからないままですから。がんばって、チャレンジしたいと思います!」
そのチャレンジ精神、よし!
俺は一通りの操作方法を教える。
「……で、最後に転送をタップすれば終わりだ。それで曲が登録される」
「操作は携帯に似ていますね」
「できそうか?」
「はい、がんばってみます」
ぎゅっと拳を握り、がんばるぞ、というポーズをとる。
いちいちそういう仕草をとらないでほしい。
俺にとっては、色々な意味で毒だ。
「えっと、まずは歌手で絞り込んで……」
天宮がタッチペンを使い、あたふたと操作する。
でも、基本的に機械が苦手なのか、ちょっと手付きがたどたどしい。
「ここを、こうして……えっと、あれ? あれれ?」
「わからないか?」
「いえ、わかるんですけど、反応が悪いような……?」
「反応が? なんだろうな、充電切れか?」
覗き込み、指でタップして操作する。
確かに、天宮が言うように反応が悪い。
しかし、バッテリーはフル充電となっている。
「これ、もしかしたら壊れているのかもしれないな」
「……」
「もうちょっと試してみて、それでもダメなら店員に連絡して取り替えてもらうか」
「……」
「天宮?」
なぜか天宮の返事がない。
顔を横に向けると、天宮の顔が目の前にあり……
「……」
「……」
天宮と同じく、俺も硬直してしまう。
顔が近い、ものすごく近い。
少し動いただけで触れてしまいそうだ。
こうして間近で見ると、天宮の顔はものすごく綺麗だ。
同性異性問わず、目を惹きつけられずにはいられない。
砂糖のようにとても甘い顔。
俺は……
「わ、悪いっ!?」
「ひゃ、ひゃい!?」
慌てて距離を取る。
そこで天宮も我に返ったらしく、おもいきり離れていく。
天宮は、真っ赤になった顔を隠すように、明後日の方向を向いていた。
落ち着きなく、両手の指先を絡めている。
俺は俺で、同じく明後日の方向を見て……
その状態で、意味もなく頭をかいたりする。
「……」
「……」
沈黙。
歌を歌う場所なのに、なにもすることなく、言葉を発することなく、ひたすらに沈黙。
ただ、気まずいということはなくて……
どことなく空気が甘いというか、こんな時でも、互いに互いのことを意識していることがわかる。
これはこれで、心地よく感じた。
「飲み物、お持ちしましたー」
「「っ!!!?」」
店員が紅茶とオレンジジュースを持ってきた。
ワンドリンク制なので、部屋に入って五分後くらいに持ってくるシステムなのだ。
「お客さま?」
「あっ、いえ、なんでもありません。なんでも」
「ど、どうもです……」
俺と天宮はあたふたしつつ、ドリンクを受け取る。
そのまますぐにストローを刺して、一口飲む。
「進藤くん」
「ああ」
「なんていうか、その……」
もじもじとしつつ、天宮が赤い顔で言う。
「カラオケって、すごいですね」
まだ歌ってもいないのに、その感想はおかしいと思うのだけど……
でも、そんな天宮の感想を否定することもできず、俺はぎこちなく相槌を打つのだった。
「まだ続きを読みたい」「むしろ2部を読みたい」
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