3話 出会い
「よう」
昼休みになると、一人の男子生徒に声をかけられた。
体は大きく、身長は180を超えている。
その身長を活かしてバスケ部で活躍しているコイツは、九条学校に入学して初めてできた友達の今井真司だ。
二年になった今も付き合いが続いていて、親友と言っても過言ではない。
「飯、行こうぜ」
「そうだな」
席を立ち、真司と一緒に学食へ向かう。
その途中、隣のクラスにやたらたくさんの人が集まっているのが見えた。
「なんだ、あれ?」
「歩は知らないのか?」
「なにを?」
「転校生だよ、転校生。今日、隣のクラスに転校生がやってきたらしいぜ」
「へぇ」
「そっけない返事だな、おい。見に行こう、とか思わないのかよ? せめて、男か女かくらい気にしろよ」
「隣のクラスだろう? 関わることなんて少なそうだから、どうでもいい」
「ったく、相変わらず枯れたヤツだなあ。そんなんじゃ、彼女できねーぞ?」
「彼女……ねえ」
そんなことを言われても、いまいちピンと来ない。
俺も男だ。
彼女が欲しくない、なんてことはないのだけど……
正直なところ、初恋さえまだだったりする。
そのせいか、いまいち恋愛というものに積極的になれないでいた。
そのことを告げると、真司は天然記念物を見るような目をこちらに向けてくる。
「お前……スゲーヤツだよな。今どき初恋もまだって、なかなかないぞ」
「そんなことを言われても、こればかりはどうしようもないだろう」
「試しに、誰かと付き合ってみたらどうだ? 彼女はいいぞー、ものすごく癒やされるぞー」
そんなことを言う真司は、彼女持ちだ。
イケメンでバスケ部のレギュラーで高身長。
勉強は苦手ではあるが、それも一種のチャームポイント。
モテないわけがなくて、付き合って一年になる彼女がいる。
ちょくちょくと自慢をしてきて……
そして、早く彼女作れと急かしてくる。
でも、いまいちピンと来ない俺は、いつも曖昧な感じで流していた。
「ま、彼女は強制されて作るもんじゃねーか。ただ、彼女が欲しくなったら、その時は俺に言えよ? 色々と相談に乗るからさ」
「ああ。その時は、頼む」
「おう、任せとけ。とりあえず……今は飯を食うか」
「そうだな……って、しまった」
「どうした?」
「財布を忘れた……悪い、先に行ってくれ」
「おいおい、大丈夫か? 誰かにパクられてるんじゃねーの?」
「鞄に入れたままだから、それは大丈夫だと思う。とにかく、俺は取りに戻るから、真司は席を確保しておいてくれ」
「おう、任されたぜ」
真司と別れて、教室へ戻る。
幸い、財布が盗られていることはなくて、きちんと鞄の中にあった。
「さて……真司を待たせているだろうからな。急いで合流を……うん?」
俺が在籍する2-Aの教室は本校舎の二階にある。
廊下側は中庭に面しているのだけど……
窓を見てみると、その中庭に挙動不審な女子生徒が見えた。
なにやら同じ場所を行ったり来たりしている。
「迷子……なわけないか。中庭で迷子になるなんて、聞いたことがない」
だとしたら、いったい?
……もしかして、なにかしら困っているのだろうか?
そう考えたらもうダメだった。
見なかったことにできず、俺は中庭に移動する。
中庭は、中央に大きな池があり、鯉が飼われている。
その周りを囲むように、ベンチと緑が。
「……いた」
中庭の端に女子生徒がいた。
ネクタイの色を見る限り、俺と同じ2年だ。
ただ、やたら制服が綺麗だ。
見たことのない顔で……
もしかしたら、彼女が噂の転校生なのだろうか?
なるほど、確かにかわいい。
美少女という言葉がピタリと似合う顔で、なんだか庇護欲をそそられる。
そんな彼女は、なにやらとても困った様子だ。
右へ左へおろおろしつつ、木を見上げている。
その視線を追うと、子猫がぷるぷると震えて、助けを求めるようにかぼそく鳴いていた。
「猫?」
「ひゃ……!?」
「あ、ごめん。いきなり話しかけて」
「い、いえ……こちらこそ、変な声を出してしまいすみません……」
「あの猫は、キミの子?」
「いえ、そういうわけでは……ただ、あそこから降りられなくなっているところを見つけて。どうにかしたいんですけど、どうにもできず……私、木登りは苦手なんです……」
「得意だとしても、キミがやらない方がいいよ。女の子なんだから」
「え?」
「こういうことは、男に任せるといい」
俺は木の幹に足をかける。
「あの、なにを……?」
「待ってて。すぐに助けるから」
本当は梯子を用意したいところだけど、それまでの間に猫が落ちてしまうかもしれない。
急いだ方がいいと判断した俺は、ゆっくりと木を登る。
木登りなんてしたことないが……よっと。
いざとなれば、なんとかなるものだ。
3メートルほどを登り、猫のところへ。
「よし、おいで」
猫はスンスンと鼻を鳴らして……
恐る恐るという感じでこちらに歩いてきた。
「あとちょっと……あとちょっとです……!」
下にいる女の子は、祈るような面持ちで両手を合わせていた。
彼女の祈りが通じたのか、猫は無事に俺の手元へ。
「わぁっ、やりました!」
「よしよし、そのままじっとしていろよ。今、下に降ろして……あっ」
バキィッ、と枝が折れる音。
俺と猫は宙に投げ出されて……
「くっ!」
とっさに手を伸ばして、猫を抱き寄せて、胸に抱えた。
そのまま……落ちる。
ドンッという衝撃が体を走り、一瞬、呼吸ができなくなる。
それでも、腕に抱いた猫は離さない。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ……ほら、この通り」
腕を開くと、途端に元気になった猫がにゃーんと鳴いた。
それを見た女の子が笑顔になり……
次いで、慌てた様子で言う。
「ね、猫のこともそうですが、あなたは大丈夫なんですか!? あんなところから落ちて……」
「大丈夫、大丈夫。特に怪我は……いてっ」
立ち上がろうとしたら、右足首に痛みが走る。
激痛というほどではないが、無視できるレベルではなくて、ついつい尻もちをついてしまう。
「もしかして、怪我を……!?」
「たぶん、落ちた時に捻ったんだろうな。捻挫だと思う」
「そんな、私のせいで……」
「キミのせいなんかじゃないよ」
「でも……」
「本当に気にしないで。俺が好きでやったことだから」
「……」
女の子はなんともいえない顔になり……
少しして、なにやら決意をした表情に切り替わる。
「なら、せめて手当をさせてください! そうする義務が私にはあります」
「えっと……じゃあ、お願いするよ」
そんな義務なんてないと思うが、言う通りにしないと、とてもじゃないけれど納得してくれなさそうだった。
なので、素直にその提案を受け入れることにした。
「あの、それじゃあ……」
「え?」
「痛いの痛いの、飛んでけー!」
「……」
どう反応していいか、本気で困った。
ややあって、女の子が赤面する。
「あ、あの、その、えと……私よく、お母さんにこうしてもらっていて……ホントに痛くなくなるような気がして、だから、あなたにも……あううう」
なんだろう? このかわいい生き物は。
「えっと……少しは痛みが収まったかな?」
「本当ですか!? よかったぁ……」
「ただ、ちょっと歩きづらい感じがあるから、肩を貸してもらっていいか?」
「はい、もちろん」
女の子に肩を借りて、ひょこひょこと歩く。
情けない格好ではあるが、こうしないと歩けないので、仕方ない。
「そういえば……えっと、キミの名前は?」
「あっ、すみません……! 私、天宮六花っていいます。今日、この学校に転校してきました」
やっぱり、この子が噂の転校生みたいだ。
噂になるだけあって、とてもかわいい。
「俺は、進藤歩。2-Aだから、隣のクラスかな。よろしく」
「進藤くん……ですね。はい、こちらこそよろしくおねがいします」
……これが、俺と天宮の出会い。
最初の馴れ初めだ。
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