29話 ノープランデート
日曜日。
俺は駅前で適当に携帯をいじっていた。
天宮とデートをする日なのだけど、まだ彼女の姿はない。
約束の時間にはまだ早いし、好きに一日自由に遊ぼうということで、特にプランは立てていない。
だから、遅刻をしてもなにも問題はない。
「とはいえ、早く会いたいな」
天宮のことを考えると、にやけてしまいそうだ。
しかし、男が一人、そんな顔をしていたら不審者と間違われてしまうかもしれない。
必死に自制しつつ、天宮が来るのを待つ。
「だーれふぎゅ!?」
「え?」
どん、と背中に軽い衝撃。
振り返ると、涙目の天宮が。
鼻をぶつけたらしく、両手でおさえている。
「えっと……おはよう?」
「おはようございますぅ……」
「なにをしているんだ?」
「その、ですね……ほら、よくあるじゃないですか? デートの待ち合わせなどで、後ろから目隠しをして、だーれだ、っていう」
「あるあるだな」
「それをやろうとしたんですけど……勢いあまって、進藤くんの背中にぶつかってしまいました。鼻をぶつけてしまいました……うぅ、痛いです」
涙目になっているだけではなくて、耳も赤い。
奇襲が失敗して、ものすごく恥ずかしいのだろう。
「まったく、天宮はドジだな」
「ドジ言わないでください……むぅ」
「鼻、大丈夫か? 鼻血は出ていないか?」
「わっ、わわ!?」
綺麗な顔を覗き込むと、天宮はさらに赤くなる。
あたふたとしていて、小動物のようだ。
「どうしたんだ?」
「か、顔……!」
「顔?」
「顔が……ち、近い、ですっ」
「……あっ」
しまった。
これじゃあまるで、キスするみたいじゃない。
慌てて離れる。
「えっと……すまない。怪我をしていないか心配で、他意はないんだ」
「は、はい、わかっています。進藤くんは、優しいですからね」
「本当に他意はないんだ。なにもするつもりはなかったから、安心してほしい」
「……ちょっとくらいなら、いたずらをしても構いませんよ?」
「えっ」
「……」
天宮は、これ以上ないほどに赤くなる。
まるでりんごだ。
「じょ……冗談でしゅ!」
おもいきり噛んでいた。
「冗談なのか?」
「は、はひっ」
「そっか。それは……残念だな」
「え?」
「……」
なんともいえない沈黙。
天宮の瞳はどことなく潤んでいて、熱っぽい。
なにかを求めているかのようで、俺をじっと見つめて……
「ごめーん、まった?」
「おせよー、ったく」
「「っ!?」」
すぐ近くのカップルらしき男女の声で我に返る。
「そういえば、ここ……」
「駅前、でしたね……」
たくさんの人がいる中で、俺達はなにをしているのやら。
共に赤くなるのだった。
「そ、そろそろ行くか」
「そ、そうですね!」
気まずい雰囲気をごますため、そう言う。
「えっと……最初はどうする? 天宮は、行きたいところとか気になるところはあるか?」
「そうですね……うーん」
考える。
考える。
考える。
五分経った。
「特に思い浮かばないなら、まずは適当に歩いてみるか?」
「あっ、いえ、すみません! 思い浮かばないということはなくて、むしろ、思い浮かびすぎているというか……」
「どういうことだ?」
「また映画を観てもいいですし、他の定番の水族館とかも素敵だと思うんです。お互いの服をコーディネートするのも楽しそうですし、隠れ家的なお店を一緒に探すのもワクワクしそうで……」
「つまり?」
「やりたいことがありすぎて、一つに絞りきれませんでした……」
しゅん、として天宮が言う。
別に落ち込むようなことではないと思うが……
でも、そんなところにも全力なのは、天宮らしいと言えるか。
「希望がたくさんあると、大変だな。どれにしたものか」
「えっと……私は、やっぱりなんでもいいですよ?」
「そうか? コレは外せない、っていうものがあるんじゃないのか?」
「多少の差はありますけど……なによりもまず、進藤くんと一緒にいることが一番の目的ですから」
「……」
「進藤くんが一緒なら、どこでもいいんです。きっと、どんなところでも、なにをしても楽しいと思うんです。大切な思い出になりますよ」
「そっか」
「ふぁっ」
気がつけば、俺は天宮の頭を撫でていた。
ぽんぽんとして……
それから、絹のような髪をそっと撫でる。
「ど、どうしたんですか?」
「なんか、こうしたくなった」
「私、ワンちゃんじゃありませんよ?」
「うーん、似たようなところがけっこうあると思うが」
「そうですか?」
「そうそう」
ウチの彼女は、犬系彼女だ。
「わんっ」
「ど、どうしたんだ?」
「ワンちゃんに似ている、っていうものですから……ど、どうでした?」
「……すごくいい」
「えへへ」
とてもうれしそうだ。
そんな天宮を見ていると、やっぱり犬っぽいな、なんていう感想を抱くのだった。
「まだ続きを読みたい」「むしろ2部を読みたい」
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