2話 ニセの彼氏彼女
「悪い、待たせた」
10分ほどでショートホームルームが終わり、鞄を手にして、俺は急いで廊下へ。
それから、壁に寄りかかり俺を待つ天宮に声をかけた。
「あっ、進藤くん!」
俺を見ると、ソワソワした様子の天宮は、一気に満面の笑顔に。
そのまま、トテトテと駆け寄ってくる。
なんとなく、甘えん坊なわんこを連想した。
もしも天宮に尻尾が生えていたら、ぶんぶんと左右に揺れていただろう。
「ぜんぜん待っていませんよ。だから、気にしないでください」
「そうか? でも、10分くらいはかかったような……」
「確かにそうなんですけど……でもでも、ちょっとしたデート気分でしたから、待っているのも楽しかったですよ」
「デート気分? え、どういうこと?」
「今日の放課後は、街を案内してくれるんですよね?」
「そうだな」
「だから、これはデートの待ち合わせと言っても過言ではないと思うんです」
過言のような気がするが……うーん、どうなんだろうか?
「だから、待っている間も楽しかったです。デートって、そういうものですよね?」
「えっと……まあ、退屈していないならよかったよ」
天宮は、わりとポジティブ思考なのかもしれない。
俺だったら、こうは考えられないからな。
そんな天宮の前向きなところは、俺も見習いたいと思う。
「それじゃあ、行こうか」
「あ、えと……」
一歩歩き出したところで、天宮が戸惑うような声をこぼす。
何事かと振り返ると、ちらちらと俺の手と自分の手を見ていた。
はて、どうしたのだろうか?
「あ、あの……進藤くん。その……」
「うん、どうしたんだ?」
「私たち、お付き合いしていますよね?」
「そう、だな」
軽く言いよどんでしまったのは、とある事情があるからだ。
「なら、その……手を繋ぎたいです……進藤くんの温もりを、私に分けてほしいです……」
天宮は耳まで赤くして、そんないじらしいことを言う。
手を繋ぐどころじゃなくて、そのまま抱きしめてしまいそうになるが……
いかん。
暴走するな、俺。
天宮は俺を信じて彼女をやっているんだ。
その信頼、期待を裏切るわけにはいかない。
「……じゃあ、手を繋ごうか」
心を落ち着かせた後、天宮に手を差し出した。
途端に、ぱぁっと顔が明るくなる。
ホント、わんこみたいだ。
「え、えっと……それじゃあ、その……し、失礼しますね」
ガチガチに緊張しつつ、天宮がそっと俺の手を握る。
手を繋ぎたいと言い出したのは天宮なのだけど……
それでも緊張してしまうものなのだろうか?
この辺りは、女の子特有の機微というヤツだろう。
たぶん。
「んっ」
決意するような声と共に、天宮はそっと手を繋いできた。
……繋いだ?
いや、まて。
これは、手を繋いだというのだろうか?
天宮は、ただ俺の手に自分の手を重ねているだけで……
きちんと握っていない。
ただ、触れ合わせているだけだ。
「なあ、天宮」
「は、はひゅっ……な、なんでしゅかっ、しんろーくん!?」
なぜか、天宮はものすごくテンパっていた。
おもいきり噛んでいる。
とりあえず、そのことは指摘しないで、スルーしておく。
「果たしてこれは、手を繋いでいると言えるのだろうか?」
「つ、繋いでいると思います! バッチリです!」
「そう……か?」
「え……進藤くんは、違う意見なんですか?」
「いや、その……俺、恋愛経験が豊富っていうわけじゃないから、絶対と強く言うことはできないが……これは手を繋いでいるわけじゃなくて、ただ単に、触れ合っているだけだと思うぞ」
「そ、そんなっ……!?」
ガーンと、なにやらショックを受けた様子だ。
「え、えっと……えっと……えとえと、それじゃあ、どうすれば……?」
「こうすればいいんじゃないか?」
天宮の手を握る。
女の子って、とても繊細なイメージがあるから、軽く触れる程度に優しくしておいた。
うん、これでよし。
これなら、手を握っていると言えるだろう。
「これでどうだろう?」
「……」
「これこそが、手を繋いで帰る、ということだと思うぞ。まあ、俺の恋愛観も古いから、完璧に正しいとは言えないが」
「……」
「天宮?」
「……」
天宮は人形のように全身を固まらせていた。
ほどなくして……
「きゅぅ……」
「天宮!?」
顔を火照らせて、目をグルグルと回して、天宮はその場で倒れてしまった。
――――――――――
「す、すみませんでした……」
学校の帰り道。
隣を歩く天宮は、ひたすらにもうしわけなさそうにしていた。
「まさか、その……手を繋ぐことが、あんなにも恥ずかしいことだったなんて、思いもよらなくて……」
そう……天宮は、羞恥のあまり倒れてしまったのだ。
手を繋いだだけなんだけど……それでも、天宮にとってはかなりの衝撃だったらしい。
「天宮って、恋愛慣れしていないのか?」
「は、はい……恥ずかしながら。うぅ……すみません」
「別に謝ることないさ。俺も、今まで彼女できたことないし……恋愛初心者同士、一緒にがんばっていこう」
「は、はい! そうですねっ」
ちなみに、今は手を繋いでいない。
今はレベルが高いということで、いつか慣れるまでお預け、ということになった。
「でも、手を繋いだだけであんな風になるっていうのは、さすがに珍しいかもな。俺も初めて見たよ」
「もう……進藤くん、いじわるです……」
子供が拗ねるような感じで、天宮は頬を膨らませた。
それから、小さな声でなにかをつぶやく。
「……第一……私があんな風になるのは、進藤くんだけですよ……」
「うん? 今、俺がどうのこうの、って……」
「い、いえっ、なんでもありません。なんでもないですよ?」
「えっと……わかった。なんでもないんだな」
なにか隠しておきたいことなのだろう。
無理に追求するのも悪いかと思い、聞こえなかったことにした。
「うーん、それにしても……」
「ど、どうしたんですか……?」
悩ましげな声をこぼすと、天宮が不安そうな顔になる。
「あの、その……もしかして、私に愛想を尽かしてしまった、とか……?」
「いやいや、そんなことはないよ」
「よ、良かったです……進藤くんに嫌われたら、生きていけないところでした」
大げさだなあ。
とは思うものの、微妙に本気っぽいところもあり、なんとも言えない。
「ちょっと、思ったんだよ」
「なにをですか?」
「俺たち、もっと恋愛に慣れておかないと……恋人らしくしないといけないんじゃないか、って。そうしないと、本当のことがバレてしまうかもしれない」
「それは……」
天宮がなんともいえない複雑な顔になる。
ちらりとこちらを見て……
それから、小さな声で言う。
「そうですね……私たち、ニセの彼氏彼女ですからね」
そうなのだ。
俺と天宮は本気で付き合っているわけではなくて、いわば、フェイクの関係。
なぜ、そんなややこしい事態になっているのか?
そのことを説明しよう。
あれは、そう……
今からちょうど一週間前のことだ。
一日一回、12時の更新になります。
多少は続けてみようと思います。
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