19話 あーん
「映画、楽しかったですね!」
「そ、そうだな」
映画館を後にして……
天宮は、メチャクチャテンションが高かった。
とても満足した様子で、満面の笑み。
本当に、ホラーが好きなんだなあ。
天宮の新しい一面を知り、なんだかうれしくなる。
これからも、こうして、色々な一面を知っていきたいと思う。
そのためにも、今日のデートを成功させて……
そして最後に、告白をしたいと思う。
「進藤くん? どうしたんですか、ぼーっとして」
「いや、なんでもないよ。それよりも、そろそろ昼にしようか」
「はい、そうですね」
「えっと……弁当作ってきてくれたんだよな?」
「はい、これです!」
天宮はよくあるようなバスケットを見せる。
待ち合わせをした時から、もしかしたら? と思っていたが、その予想は当たりのようだ。
バスケットということは、定番のサンドイッチだろうか?
あるいは、変化球で別のものが入っているとか?
想像するだけで楽しい。
空を見上げると、青い空。
「今日、晴れてよかった。せっかくだから、外で食べないか?」
「はい!」
というわけで、天宮と一緒に公園へ。
緑を眺めながらの食事っていうのは、なかなかに趣がある。
天宮とベンチに並んで座り、間にバスケットを。
「どうぞ、進藤くん」
天宮が緊張半分期待半分というような顔をして、バスケットを開いた。
「おぉ……!」
予想した通り、サンドイッチが。
ただ、それだけじゃない。
軽くつまめる卵焼きや、弁当の定番のタコさんウインナー。
それと、いくつかの煮物。
彼女力というよりは母力が高い弁当ではあるが……
むしろ、この方がうれしい。
とてもおいしそうだ。
「あ、あの、どうでしょうか……?」
「ずいぶん腕をあげたんだな。すごくおいしそうだ」
「あっ……は、はい! 進藤くんのためにがんばりましたっ」
「ありがとう」
「はい!」
天宮は期待するような目を向けてきた。
お礼の言葉だけでは物足りない……?
わんこみたいに、頭を撫でてしてほしそうにしていて……
「んっ」
気がついたら、天宮の頭を撫でていた。
よしよしと褒めるように、そっと撫でる。
「えへへ」
反射的にやってしまったことだけど、天宮はうれしそうにしているからよしとしよう。
……いいよな?
「えっと、それじゃあ食べようか」
「はい。あっ、でも、その前に……進藤くんは、最初はなにが食べたいですか?」
「え? えっと……卵焼きかな?」
「な、なら……」
天宮はどこか緊張した面持ちで、箸で卵焼きをつまむ。
そして、それをこちらの口元へ。
「あ……あーん」
「えっ」
「あーん……です」
天宮はものすごく恥ずかしそうだ。
耳まで赤くして、手をぷるぷると震わせている。
フリのためにここまでしてくれているのか、それとも……
なんていう考察は、今はどうでもよくなった。
ただ単に、天宮にあーんをしてもらいたい。
「あ……あーん」
「……あむ」
ぱくりと、卵焼きを口の中で。
もぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「ど、どうでしょうか!?」
「……その、悪い。よくわからない」
「だ、ダメだったんですか……?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
恥ずかしいが……
黙り込んでしまうと、逆に天宮を傷つけてしまうことになる。
なので、素直に今の心境を吐露する。
「天宮にこうしてもらえることがすごくうれしいから、味がよくわからない……」
「そ、そうなんですか……」
「例えば、俺が天宮にあーんをしたら?」
「そっ、そそそ、そんなことをされたら、私、気絶しちゃいます! 味なんてわかるわけが……あっ」
「まあ、つまり……そういうことだ」
「えっと……ご、ごめんなさい」
「むしろ、この場合はありがとう、かもな」
味はわからないくらい追い込まれているのだけど……
でもそれは、嫌なものではなくて幸せなものだ。
だから、ありがとう、が一番正しい。
「えっと……自分で食べてもいいか?」
「は、はい。一度、あーんをやってみたいと思っていて、それはもう叶ったので」
「そっか。じゃあ、いただきます」
唐揚げを食べてみた。
時間が経っているため、さすがに衣がパリパリなんていうことはない。
でも、冷めてもすごくおいしい。
しっかりと味が染み込んでいて、肉は柔らかい。
「うん、おいしい」
「本当ですか?」
「ウソなんて言わないさ。すごくおいしいと思う」
「えへへ……進藤くんの舌、ようやく満足させることができました。すごくうれしいです」
天宮は、にっこりとはにかむのだった。