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番外編9 最後まで真面目モード

 ってボクが暴走していてちゃダメだ。ジェシカ先輩をどうにかしないと!

 と思ったが、ジェシカ先輩はもう軽く微笑んでいた。


「ジェシカ先輩?」


「圭太さん、ありがとうございますですわ」


「え、あ……はい」


 ジェシカ先輩がボクから体を離したので、それに従い、ボクもジェシカ先輩の後ろへと回した手を離した。


「突然取り乱してしまい、申し訳ありませんでしたわ」


「い、いえ……別にそんな」


 まだ少し空葉先輩の存在が気になったが、できるだけ忘れるように心掛ける。

 そして、まだ躊躇いは残っていたが、ジェシカ先輩に尋ねた。


「あの、さっきの事、できれば話してくれませんか……。ボクなんかでは、力になれないかもしれませんが、話す事で、楽になれる事もあると思うので……」


 まるで好奇心を隠す言い訳のようにしか聞こえない自分の言葉が恨めしく思えた。本当に、ボクってダメダメだな。

 だが、ジェシカ先輩は、ボクのそんな思考を読んだのか、淡く笑みを浮かべた。


「いいですわよ。取り乱してしまったお詫びですわ……」


 そう言ってからジェシカ先輩は、もう一つあった椅子を示し、座るように促してきた。どうやら話は長くなるようだ。断る理由も無いので、ボクは椅子へと腰掛け、ジェシカ先輩と向き合った。


「長くなりますけど、よろしいかしら?」


「ええ」


 ボクが短く、だがハッキリと答えると、ジェシカ先輩は満足そうに微笑んだ。

 そして、少しだけ寂しげな表情に変わり、ゆっくりと『児玉ジェシカの物語』を語り出した。





 ワタクシは、きっととてもわがままな子どもだった。

 全人類に対してアフリカの孤児や、スラムの子どもを意識して、日々が幸せだと思って過ごせ、とは言わない。そして自分自身でもそんな事を日常において意識した事など無い。

 だけど、ワタクシは余りにわがままな子どもだ。


 自慢になるが、お金なら腐るほどある。札束をユニセフの募金箱に躊躇なく入れることも可能だ。歩道橋やビルの屋上から一万円札をばらまけ、と言われれば実行できてしまうだろう。

 ましてや、日々の暮らしになんの不満があるだろうか?

 常に満たされている。満たされなかったら、満たすために用いる金はある。


 ワタクシの人生は常に満足できるものだった。

 欲しいものなど無かった。それは既に時間さえあれば手元に来るものだったから。

 その金は両親のものだが、だからどうした? とワタクシは思っている。両親が咎めない、そして自分の良心が痛まないのだから、別段、その金を使う事を特別意識したことなど無かった。


 働かずともいい、勉強せずともいい、ワタクシの人生はなんの問題もなかった。たとえ進む道に石ころがあっても、それはワタクシが通る頃には既に撤去されている。遠回りが嫌なら、川は埋め、山は削る。なんでも思うがままだ。

 その人生を幸せと言わず、なんと言うだろうか?


 食事に困らない。そして最高級の素材を最高のシェフが料理する。

 衣服にも困らない。望めばどんな服も手に入る。気に入るものが無いのなら、作れば済む。


 両親はワタクシになにも望んでもいなかった。跡継ぎになることも、社会に貢献する事も、誰かの助けになることも、何も望んでいなかった。

 だから、努力などは人生において不必要なもので、ただ苦しいものでしかなかった。


 何ににも追われない人生は確かに楽で、浸っていたいものだった。

 だが、ワタクシはある日気付いた。


 ワタクシは本当に幸せなのだろうか?


 その疑問を抱いた瞬間から、すべての料理から味が消えた。意匠を凝らしたアクセサリーたちから興味が失せた。

 何もしていない事に気付いてしまったのだ。

 ただ、言われるがままに生きていた事に気付いてしまった。


 そして、両親と自分の間には大きな隔たりがあることを知ってしまった。

 ワタクシは両親に愛されていたからこそ、幸せな人生を享受していたものと思っていたが、真実はただの厄介払いだった。

 すべてを与え、面倒な事を避けていたのだ。


 それすらにも気付くと、与えられたものすべてに悪意を感じてしまうようになった。

 不安でたまらなくなった。

 いつ見捨てられるのか、それが恐かった。

 愛されていない存在の能無しであるワタクシをいつまでも自由にさせておくわけが無い。そういう疑心暗鬼に駆られた。


 そして、その時になってようやくワタクシは孤児たちの苦しい生活を想像した。

 なんの技術を持たないワタクシが外の世界に投げ出されることになれば、きっとワタクシはそこを地獄と思うことだろう。

 物質的に満たされていたワタクシが、その唯一を失う。


 希望など抱けるわけが無い。

 だから、その日からワタクシは只管に努力をした。何が何でも認めてもらいたかった。捨てられたくなかった。満たされる人生を失いたくなかった。

 ワタクシは学校で優秀な成績を取り続け、それを両親に示し続けた。


 しかし、反応はすべて冷たいものだった。

 顔は笑っている。口元も笑みを作っている。でも、心は冷めていた。

 どんな褒め言葉も無慈悲で痛烈なものに感じられた。


 その頃にワタクシは小説に出会った。本を余り好きではなかったのだが、なんとなく、ほとんど無意識の内に、その本を手に取った。

 学校の図書室にあったその本は、ワタクシに本当の気持ちを気付かさせてくれた。


 ワタクシは幸せな人生を失いたくなかったのではない。幸せな人生を手にしようとしていたのだ。

 欲しかったのは褒め言葉でも、プレゼントでもない。


 ただ、両親の愛が欲しかった。


 ワタクシの心は寂しくてたまらなかったのだ。それをあの本は、温かな家族の風景を描き、そしてそれをワタクシに見せ付けた。まるで、『お前は幸せか?』と問うようだった。

 そしてワタクシは、学業への努力は引き続き行い、暇な時間で小説を書き始めた。

 望んだ生活を、自分の文章で描いた。


 それはある種の逃避行動ではあった。でも、必要なことだった。それほどまでにワタクシの心は弱っていたのだから。

 しかし、そこで予想外な事態が起きた。

 ワタクシは小説を書く事を好きになっていたのだ。


 嬉しい予想外だった。趣味を得たということは、生きる活力へと直結しているからだ。

 だから、ワタクシは生きている。両親はいまだ冷たい。でも、希望があるから生きていられる。


 これが、ワタクシの物語。




 すべてを語りつくした、という様子のジェシカ先輩にボクは何か声を掛けようと思った。でも、それは無粋で無意味だと気付き控える事にした。

 ジェシカ先輩は語りながら泣いていたのだ。それは、満たされていない事を示している。

 まだ苦しんでいるのだ。だから時々悲しい顔をしたり、お金の存在に憂鬱になるのだ。


 ボクは自分を恥じる。なにも苦しんでいるのは自分だけではない事実に今更気付かされたから。

 みんな、苦しんでいる。なんとも悲しい言葉だ。



 今回の旅行は、ボクという人間をきっと大きく成長させた。そして、過去と向き合う勇気をまた少し授けてくれた。

真面目モード疲れます。というより、コメディなのに、真面目な話って必要なのかな? と首を傾げていたりします。でも、伏線を張ったのだから回収しないといけませんよね。

やっぱり自分は計画性がゼロのようです。


次回より、また部室でのくだらない話に戻ります。

これで書くペースを戻せたらいいのですが、なんとも言えない状況……頑張ります。


蝉の鳴き声が聞こえなくなり始めた今日この頃。

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