番外編8 重なる記憶とお約束
「さて、まあ冗談は置いときますわ。なんでこんな時間にワタクシの別荘を徘徊してるんですの? まさか、夜這い――」
「な訳ないですってっ!!」
探るような視線で見てくるジェシカ先輩が物凄く腹立たしいが、確かに人様の家を夜中に歩き回ってれば、不審といえば不審だ。
「なら、もしかして、ハッチに隠されているサテラ○トキャノンを――」
「もうそのネタは引っ張らないでいいですっ!」
「はいはい、それで、本当はどうしたのかしら?」
急に真面目になられ、ボクは正直困ってしまう。というよりは、またイラッときた。
「いえ、ただ、水が飲みたくなっただけですよ」
ふ〜と、とどうでもよさげに呟いて、ジェシカ先輩はまた月を見上げた。
「そうですの。安心しましたわ」
何が? と問いたいが、ここは乗せられてはいけない、と明滅するシグナルが訴えているので、追求しない事にした。
ボクは静かになった部屋を見渡し、水道が無い事を確認した。
「水でしたら、海にたくさんありましてよ」
「ボクには水道水も勿体無い、という事ですか……」
「そうとも言いますわね」
ジェシカ先輩が妙に冷たい。見れば、目が赤いのは見間違いじゃない事に気付けた。
もしかして、さっきまで泣いていたのだろうか? ジェシカ先輩が泣いている姿など想像できない。だが、今まで時折、寂しげな姿を見せていたのを思い出す。
「ジェシカ先輩、ボク、邪魔ですか?」
沈黙を挟んで、ジェシカ先輩は嫌悪の表情をボクへと向ける。
「圭太さんの優しさはとても自分勝手ですわね。全く、誰かの姿が脳裏に掠めて気分が悪くなりましてよ」
「すみません……」
何が悪かったのかは理解できなかったが、ここまでジェシカ先輩が不快を示した所を始めて見たので、ボクは素直に頭を下げた。
だが、それは逆効果だった。
「圭太さん、謝るべき理由がわからないのに、頭を下げるは甚だしいほどに不快ですわ」
「……すみません」
確かにそうかもしれない。安恵香にも同じ事を言われた気がする。
グサリ、と胸にナイフが突き立てられた痛みが走った。
「どうして、謝れば、金を与えれば、それで解決したと思うんですの……。そんな事では、苦しみも、悲しみも……何も、何も解決なんてしませんわ」
違和感を感じた。こちらを見るジェシカ先輩の視線が、どうしてもボクに定まらない。いや、本当にボクなんて見ていないんだ。
では、誰に向かって呪いの言葉をぶつけているんだ?
振り返ってももちろん誰も居ない。
「ジェシカ先輩……?」
「ワタクシはただ……欲しかっただけですわ……」
顔を伏せ、豪奢な金髪の間からキラリと輝く温かな雫が零れ落ちた。
ボクが泣かせてしまったのか?
罪悪感がせめぐ。だが、それよりも、ジェシカ先輩をどうにかしないと。
「なんでですの、どうして……気付いてくれませんのっ」
ここには居ない誰かに、ジェシカ先輩は涙声で続ける。それは、疑問であり静かな怒りであり、大きな悲しみだった。
色々なものがごちゃ混ぜになった涙が、止め処無く流れ続ける。
なんだ、この感覚は……。ボクは、この状況を知っている?
――安恵香。
大切だった存在がジェシカ先輩に重なる。
そうだ。あの時、泣いていたのは……安恵香だ。
何度も何度も裏切って、そして、最後には見捨てた、大切な幼馴染。
「あ、あぁぁぁ……」
視界がグニャリと歪む。後悔の記憶がジェシカ先輩の涙によって引き出され、ボクの体の主導権を奪っていく。
止めろっ! 今は、ボクが救われなくてはいけないのではない! ボクが、救う側なんだ!
溢れてくる記憶を押し戻す。
「ジェシカ先輩っ!」
名を叫び、いつぞやのジェシカ先輩のみたく、ボクはジェシカ先輩を抱き締めた。
なんか、勢いでやってしまったけど、大丈夫かな?
やってる自分が、一番ハラハラドキドキの展開に恐怖している。
「圭太さん……?」
抱き締める、といってもただ軽く後ろに手を回しているだけだ。ぎゅーとかしている訳ではない。そんな事をした日には、先輩に「えっちぃのはだめぇぇっ!!」と言って殺されるに違いない。
「あったかいですわ……」
しかし、展開はどこまでもボクを無視していった。逆にジェシカ先輩の方からボクに抱きついてくる。
どうか、誰も来ませんように、と祈るばかりだ。
あはは、まさか……このタイミングで誰かが現れるなんて事、有り得ないよね。
ガチャ、と聞こえた気がする。
それはドアを開ける音に似ていた気がする。
人の気配を背後に感じた気がする。
気がする。気がした。気がしたような。気がしなくもない。
………………はは。
「わわわ、忘れ物〜♪」
ドアから入ってきた人物は、どこぞの谷口のように謎の歌を口ずさみながら現れた。
振り返ったボクと、その人の目が合う。
その人は間違いなく、空葉先輩だった。
「失礼致しました」
模範的なお辞儀をし、空葉先輩は引き攣った笑みを浮かべつつ部屋のドアを閉めた。
「…………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ボクは叫んだ。もう、ここへと駆け込んだときのように、全身全霊で……。
でも、抱きついてくるジェシカ先輩は、ただ静かなままだった。
遅くなりましたぁ。
こんな時期ですが、なんと修学旅行に行っていたもので……。本当は一学期にあるものが、憎き豚フルさんいよって延期になっていたのですよ。
学校内にも豚フルが蔓延して、ちょっと大変です。少し前までは忘れ去られているようなやつだったのに……という感じです。
二学期も気張って行くぞぉ! と決意する今日この頃。