番外編7 月には宇宙人やウサギも居ればアナハイム社もある
ボクは走った。それはもう全力で。
運動は苦手だが、今なら現役運動部部員にも勝てる! ような気がする……。
「あっ、光だっ!」
一心不乱に走り続けていると、ついに光が漏れる部屋を発見した。
僅かに開いたドアから、今のボクには慈愛に満ちた恵みの光が救いの手を差し伸べているように見える。
ボクは勢いよくそのドアに突進し、すぐさまその部屋に入り、ドアを閉じた。
「……さっきから騒がしかったのは、圭太さんだったのですわね。咲彩かと思ってましたわ」
一息ついたボクに、聞き間違えることが無いであろう、ジェシカ先輩の声が投げ掛けられた。
ボクは申し訳ないのと、醜態を晒した恥ずかしさから頭を下げたまま、
「すみません」
と謝罪を口にした。
「別にいいですわ。もう、さっきまでの圭太さんの無様な姿は隠しカメラによって撮られていますから、後でじっくり鑑賞会と行きましてよ!」
ジェシカ先輩は悪魔だった。
ボクはもう謝る気が失せたので、顔を上げて、部屋の様子を確認する。
広い部屋だ。普通の居間のように見えるけど、ジェシカ先輩の趣味というより、仕事部屋と言った方がいいだろうか、たくさんの本棚がある。小説を書いているようだから、きっとたくさん資料を持っているだろうし、本も読んでいることだろう。
そんな本に囲まれて、ジェシカ先輩は、ノートパソコンと格闘していた。なにやらぶつぶつと「管理システムに進入し、圭太さんの黒歴史を入手ですわ!」と張り切っているご様子だ。
未来の自分のためにもボクはそれを全力で阻止した。
ジェシカ先輩の目がどことなく赤みを帯びていたのが気になったが、それよりも黒歴史を奪還するのが優先だ。
五分後、ボクとジェシカ先輩は息を切らしながら、二人掛けの小さな丸いテーブルの端と端で睨みあった。
「や、やるようになりましたわね……流石は咲彩の相手を毎日しているだけありますわ」
「好きでやっている訳じゃないですよ。ボク以外に適任の人が見付り次第、漫才部は退部しますから」
「あらあらツンデレさんね」
「なっ!? ボクはツンデレじゃないですよ」
「ふふっ、ツンデレは皆そう言いましてよ」
「それは言うでしょうね。だからといって、ボクもそうであるという結論に至るのは間違っていますよ」
「あ〜はいはい、圭太さんがツンデレかどうかなんてどうでもいいですわ。それよりも、どうして咲彩はワタクシにデレてくれないのかしら?」
「…………」
ジェシカ先輩は苛め過ぎを自覚していないのだろうか?
いや、まさかね……。
「やっぱり、フラグが立っていないんですよ」
うむむ、と難しい顔をするジェシカ先輩。
「それなら、お風呂場でドッキリ、二人だけの秘密、忘れられない過去、などの必須イベントは達したはずですわ!」
「……一体何があったんですか?」
ボクが不安そうな顔をしているのを見て、ジェシカ先輩は憤慨しつつも答えた。
「お風呂場でドッキリ、それは言葉通りお風呂場で鉢合わせする事ですわ……」
「あ、ああ、そういう――」
「熊と」
「ってはい!? 熊と遭遇!? お風呂場で!?」
ボクは思わず立ち上がってツッコミを入れてしまった。
慌てるボクを見てジェシカ先輩は不敵に笑う。
「そうですわ。そして、咲彩の危機に颯爽と駆けつけるワタクシ! 共に熊を倒し、吊橋効果によって、好感度がグッとアップ間違い無しですわ!」
恐ろしい。シチュエーションを間違えれば、吊橋効果がここまで役に立たないとは……。
「そ、そうですね。ええ、はい」
半ば投げやりに受け答えし、次の話を訊く。
「それで、二人だけの秘密というのは?」
「それはですわね。あれは、一年前、とても気に入らない先生が居たんですわ。その先生を咲彩と協力して――――――――――――したんですわ」
「………………」
ダメだ。汗が止め処無く溢れてくる。どうしよう、聞くべきではなかった。
恍惚の表情を浮かべ、ジェシカ先輩は怪しく口元を歪めた。
「その事により、ワタクシと咲彩は二人だけの秘密を持ち、共犯者になったんですわ!」
「ダメですって! そんな重い話をしないで下さいよ! ボクはそんな秘密、共有したく無かったですよ! というか、もう二人だけの秘密じゃなくなってるじゃないですか!」
「はっ!? 圭太さん、よくもワタクシを乗せましたわね!」
「えぇ!? ボクが悪いんですか!? 絶対に違いますよね!」
また、睨み合いが始まり、緊張の時間が流れていく。
一秒一秒がねっとりと重苦しい。
「ま、いいですわ。次は忘れられない過去について語ってあげますわ! そう、あれは、惨い戦いだったわ」
……初っ端から危険な臭いが……。戦いって一体……なに!?
「流石にワタクシにフリーダムでも中々厳しい戦況で、民間人を巻き込んでしまいましたの……その中に、子どもが居て、家族をすべて失ってしまいましたわ」
「ちょっと待ってください。それは、まんま――」
「咲彩がシンとでも言いたいんですの? 咲彩をあんなヘタレと一緒にして欲しくないですわね」
「あ、す、すみません」
「咲彩は、シンの妹ですわっ!」
「れ、歴史が変わった!?」
「まさか、その少女がガ○ダムのパイロットになって再び戦う事になるなんて思いもし無かったですわ……」
切なげな吐息をのようにそう語り、ジェシカ先輩は手と手を絡めた。
「……それのどこに愛情を感じるんですか? 寧ろ憎まれまくりですよ!」
「いいえ、捻くれた愛なだけですわ! まさしく倒錯的一例ですわね!」
ジェシカ先輩はとてもポジティブな人らしい。よくもまぁ、そこまでして好意を寄せられないのは何故なのか、と悩めるものだ。人類の神秘だ。
「さて、冗談はこの辺にして、月が綺麗ですわね」
「え? あ、そうですね」
突然話を変えられ、焦るボクだったが、意味のわからない話を続けられるよりはマシなので乗っかる事にした。
ボクとジェシカ先輩は、夜空に浮か月を仰ぎ見た。
「月……いいですわね。見てると、血が騒ぎますわ」
「え?」
「よかったですわね、圭太さん。もしも満月でしたら、危なかったですわ」
「えぇ!?」
な、何が!? 満月だった場合、一体何が起こったの!?
「ん〜月、月……そういえば、ハッチに入れたままのサテラ○トキャノン、使ってみようかしら」
「それは絶対ダメですよ!」
「ふぅ、圭太さん。セーラー服は好きかしら?」
「質問の意図がわかりませんが、ブレザーよりは好きですね」
「じゃあ着ましょう! そして、美男子戦士セーラー――」
「いやですよっ! 月に代わってお仕置きなんてしませんからね! それに、美少女戦士ですよね!?」
「はぁ……細かいですわね。いいですわ、それなら、サン○ットを出しま――」
「出さなくていいですからっ!」
その後、しばらくの間、ジェシカ先輩に遊ばれた。頭痛がかなり増してしまった……。
でも、今考えてみると、あれは強がりだったのかもしれない。
ふぅ〜。ストーリーが余り進みませんでしたが、次回で少しシリアスになって、物語は一気に動くと……いいなぁ。
頭の回転が悪いですが、少しずつだけどよくなってきました、やっぱり疲れを溜め過ぎていたみたいです。
学校が始まったらすぐに修学旅行ということで慌てる今日この頃。