64話 女子と海へ行くのが無理だった期間が過ぎれば、あなたは立派な獣です
「そうだ、海へ行こうっ!」
周囲へと汗を撒き散らし、先輩は席から立ち上がった。
「市営のプールで我慢しましょうよ」
どこかで聞いたことがあるようなセリフを、元気よく言い放つ先輩に、ボクは席につきだらけきった格好で、正直な気持ちを伝えた。
外は、たまらなく暑い。だが、部室だって負けず劣らず暑い。
冷房が無いのは我慢するとして、やっぱり風通しが悪すぎるのだ。
ボクは、もうこまめに水分補給していないと、意識が朦朧としてくる。
先輩だって、あんなに元気の良い態度を取っているが、相当辛いはずだ。
「ダメよ後輩くん! わたしたちは若いわ! もう海に行って、キャピキャピしなきゃダメなのよっ!」
「きゃぴきゃぴって……」
「幾ら学校の水泳授業でスク水を堪能しても、たまにはビキニも見たくなるでしょ?」
「いえ、前にも言ったと思いますけど、スク水にそんな魅力を感じません」
ボクがだらけた声でそう答えると、先輩は呆然とし、唇を震えさせた。
「なっ……後輩くん、あなた、正気?」
「…………」
とりあえず、ボクは唖然とした。
先輩の中でのボクってどういう認識をされているのか、本当に気になるな……。
「正気だからこそ、です」
「嘘だっ!!」
先輩は、テーブルを拳で叩き、豹変したレ○みたいな凶悪な顔で叫んだ。
それに怖じ気つつも、なんとか立ち直し、ボクは嘆息する。
「ひぐらしネタはもう過去のような気がしますが、とりあえず! スク水は、一般人からしたらなにも魅力を感じません!」
「嘘だっ!!」
「二度もやらなくていいです! そもそもですね、水着は、ワンピース型が一番です!」
「後輩くん、遂に本性を現したわね!」
「えっ……あ」
しまった。ノリで、自分の好みを口にしていた……。
先輩が、変態を見る目でボクを見てる!? なんだろう……物凄く、屈辱だ……。
それに鬱になる。ワンピース型の水着といえば、安恵香じゃないか。いつも、水色のワンピースを着ていたっけ。
「後輩くん、どうしたの?」
おちょくりモードへと入ろうとしていた先輩が、急に真面目な顔になってボクに尋ねた。
多分、昔の事を思い出して心配されるような顔をしていたんだろう。
「いえ、なんでもないです」
先輩はテーブルに身を乗り出してボクの顔色を窺ってくる。
そうしてから、眉を吊り上げて声を張り上げた。
「なんでもないって顔じゃないじゃないっ!!」
怒鳴ってから、すぐに寂しそうな顔をする。
「後輩くんとは、三ヶ月ぐらいの付き合いだけど……なにか背負っているのはわたしにはわかるわ。それは、わたしには相談できない事?」
「そ、それは……」
ああ、こういう時の先輩は苦手だ。どうにか誤魔化せないだろうか?
たとえばネタを出すとか……。
ボクはボケなんて本当に素人だからな。テンションが上がっていれば出来なくも無いけど、この状態では……。
いや、やるだけやってみようっ! ボクの過去は、ボク一人が背負うべくものだから。
「先輩……。ボク、実は人間じゃないんです」
ボクはどこか物悲しい雰囲気を醸し出しつつ、俯いたままにそう言った。
「えっ!? それじゃあ、後輩くんは……」
空気を読んだのか、芸人としての血がそうさせるのか、素で驚いているのか、どれかはわからないが、乗ってはくれたようだ。
「そうな――」
「ってそこはボケるタイミングじゃないでしょっ!!」
「ぐはっ!!」
先輩の動きに慣れてきたボクが……捕捉出来なかっただと!?
いつもの瞬間移動でボクの横に現れた先輩に、見事に鳩尾へと攻撃をくらった。
「後輩くん、人にはね、ケジメというものが大切よ」
毅然とした態度を取る先輩だが、先輩にだけはそのセリフを言われたくなった。
多大なダメージにより足元がふらつくボクは、床に倒れた後に、先輩の語りの続きを聞いた。
「それすらも忘れてしまった後輩くんは、一夏の思い出で成長すべきね。そう! 今度、海へ行くわよっ!」
「う……み……」
海、海……海?
床に倒れた時に頭を打ったせいで、思考が思うように進まない。
「ちゃんと水着を用意しておくのよ! それじゃ!」
先輩の気配が部室から消えるのを感じた。
ってボクは放置なのか? 流石に体が思うように動かない。それほどまでに見事な一撃だった。
あぁぁ……誰か、ボクを助けてください…………。
別に馬鹿にしている訳ではないです。あ、例のごとくこの一言目はサブタイトルへのコメントです。
今日はちょっと涼しいです。
だから、世界は平和です。私の、ですがね。
やっぱり更新が遅くなっております。なんでしょうか、ストーリーを動かそうとすると、やっぱり考える事が増えて疲れます。
どうにか一区切り付けたいものです……。
夏休みだからぐれたくなる今日この頃。