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60話 知りたくない現実はあなたにもあるはず!

「夏休みですわね」


「そうですね」


「熱いですわね」


「そうですね」


 口調からわかると思うが、ボクは何時もなら先輩とするような会話をジェシカ先輩としている。

 ボクは何時もの席に着き、ジェシカ先輩は先輩が座る椅子の一つ横の椅子に腰掛けている。

 こんな状況が三日も続けば、流石に何かしなくてはいけない気がしてくる。だけど、ジェシカ先輩が対策に乗り出さないのを見ると、問題ないようにも思える。


「あのジェシカ先輩、先輩はほっといていいんですか?」


「あら、圭太さん、咲彩のことを心配してるのですわね」


「一応は」


 こんな状況――先輩が部室にやってこないのだ。それも、あのボクとジェシカ先輩が抱き合っていた(?)のを見てからだ。そういう、男女に関する話題などはとことん苦手なので、もしかしたら、意外にダメージが大きかったのかもしれない。

 ボクは正直、困っている。夏休みに入っても、毎日ここを訪れるのは、流石に苦痛だ。暑いし、そもそもだるい。


 今日で、学校は終わり、生徒たちは、努力の後、または不努力の後、と呼べる成績表なるものを持って、鬼(両親)が待つ家へと帰っていくのだ。

 幸いにも、成績に関してはボクは問題ない。だから、一部の生徒のように、帰宅を恐れる事は無いのだ。だが、先輩を思うと帰るに帰れない。

 ジェシカ先輩は、上の空といった様子で、ほとんど意識が目の前へと向けられていない。内心では、先輩に対してやり過ぎた事を反省しているのかもしれない。


「それにしても、咲彩が居ない部室は静かですわね」


 部室を見回して、ふとジェシカ先輩が呟いた。


「…………そうですね」


 本日三度目のセリフで答え、ボクは先輩の席へと目をやった。

 ここ最近、何故だかよく過去を振り返る。そのたびに、拒否をし、逃げているのが、なんとも情けない。

 立ち向かう、そう決意したのに、ボクはまだ勇気が持てていない。


「まるで、細菌兵器で滅びた村のようですわ」


 慈しむように言ったにしては、随分と恐ろしい例えだった。


「もう少し、言い方があると思うんですが……」


 軽いダメ出しをすると、ジェシカ先輩は、ん〜と唸ってから、別の例えを出した。


「まるで、授業中に大声でネタを叫んで、思いっ切りすべってしまった空気ですわ」


「……あれは、不憫ですよね。居た堪れない。もうちょっと、明るい例えというのはないんですか?」


「そうですわねぇ、窓の内側に広がる……孤独の世界のようですわ」


 ……ん? さっきまでの二つとおもむきが違う。

 ボクはジェシカ先輩の顔を見た。どこか、寂しげな様子で窓の外を眺めている。

 想像するに、窓の内側というのは、この部室の事ではない。だけど、なら、ジェシカ先輩はどこの窓の内側を頭に浮かべているんだ?


「あの、ジェシカ先輩、それはどういう意味です?」


 ゆっくりとジェシカ先輩が、ボクの方を向いた。


「どういう意味とは?」


「だから、その……孤独の世界っていうのは――」


「部室よ、わたしは帰ってきたぁぁぁっ!!」


 ボクの声は、騒がしい何者かによって阻まれた。いや、該当するのは一人しか居ない。


「ふっふっふっふっふ! 後輩くん、今日からビシバシと特訓よ! もう校長の抜け落ちていく髪の如く!」


 三日ぶりの先輩は、特に変わったところは無かった。寧ろ、何か内側から有り余るパワーが溢れている。

 先輩は、制服のスカートをなびかせて、勇ましい足取りで、入室した。


「あっ! ジェシカ!! よくもあんた、わたしを騙したわね!!」


「ん? あらあら、嫌ですわね。ワタクシ、ちゃんと教えて差し上げましてよ」


 眉を吊り上げて先輩は、飄々とするジェシカ先輩に抗議した。ボクには、話がわからない。

 一歩、一歩、威圧を込めるようにして歩を刻む先輩は、激昂し、荒ぶる獣オーラを奔流のごとく垂れ流しに放出している。その向かう先が、今日ばかりはボクにでは無いのが、とても救いだ。

 ジェシカ先輩と先輩が、鋭く尖ったナイフのような視線を交錯させ、見えない戦いを繰りげた。


「何がちゃんと教えたっていうのよ! もう少しで留年するはめになるところだったわよっ!!」


 火花を散らしていた二人だったが、先輩がそれを破り、吠えた。


「嫌ですわね。未曾有は、『みぞうゆう』って読むと、笑いが取れるわよ、って言っただけですわ!」


「それが悪いのよっ! 点が取れる、と勘違いして、回答に『みぞうゆう』って書いちゃったじゃない! そ、それに、踏襲を、『ふしゅう』とか、詳細を『ようさい』とか、全部言われたとおりに書いちゃったじゃない!」


「人の話はちゃんと聞くものですわ」


「なっ!? ジェシカ! あんな回答しちゃったから、先生に、『堂本、お前はどこのローゼン閣下だ?』って言われたじゃない!」


「あ〜、やっぱり麻生総理と間違われたのね」


「やっぱり、って確信犯じゃない! 酷いわジェシカ!」


「ふぅ……。いいじゃない。内閣支持率が低迷していて、まるで人気が落ちてきた咲彩にはお似合いでしてよ」


「むむむ〜っ!! 人気落ちてないもん! わたしは、大人気だもん! 子どもから大人まで皆がわたしを愛してるもん! そう、生きとして生けるもの、すべての者がわたしを――」


「ええ、そうですわね。現実は、時には知らない方が幸せですわ」


「えっ!? ちょ、ちょっとジェシカ? そんな、どうして目線を逸らすの? どうして、薄ら笑みを浮かべてるの!?」


 さっきまで、どこまでも増長しそうな勢いだった先輩が、ジェシカ先輩によって、一気に奈落の底へと落とされたように、恐怖でプルプル震えている。やっぱり、ジェシカ先輩のが上手らしい。

 二人はそれから、ずっとそんなやり取りを繰り返していた。会話内容から、成績が芳しくない先輩が、どうやら救済処置として、追試を受けることになったようで、ジェシカ先輩に教えを乞い、習ったとおりに答えたら、危なかった(恥をかいた)という話らしい。


 不意に、先輩の子犬のような円らな瞳が、ボクを捉えた。


「後輩くんっ! ジェシカに何か言ってやってよ!」


「いえ、それよりも、三日間、部室に来なかったのって、もしかして……追試のための勉強を家とかでしていたからですか?」


 部室に、ジェシカ先輩が来ていたから、放課後に勉強を教えてもらっていたわけではないだろう。授業の間の小休憩や、昼休みを使ったのだろうな。


「えっ? そうだけど、なんで?」


 あどけない笑み。

 ……そうですか。先輩は、やっぱり先輩なんですね。


「気にしないで下さい」


 ボクはそう答え、三日間の杞憂を恨めしく思うのだった。

私はありましたね。そう、あの忌々しい過去が……。

ってここで語ってもしょうがないですけど。


さてはて、物語はまたどこかシリアスです。ここらで、一人の人物の物語を決着付けたいのですけど、どうやってやるか悩みどころです。

圭太と咲彩、二人はどうなることやら〜。


完全に夜型人間になりつつある今日この頃。

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