49話 悪も案外ツンデレにカテゴライズされるのかもしれない
燦々《さんさん》と降り注ぐ太陽の光は、ボクと先輩だけが居る部室を、迷惑なほどに照らす。
蝉の鳴き声はまだ聞こえてこないが、暑さからすると、既に夏本番だ。
入道雲が恋しくなってくる。
「夏ですねぇ」
気温から今一集中できないボクは、読書を中断し、反対側の席で暑さに負け気味の先輩に向かって呟いた。
先輩は、試験効果と環境要因により、どこか呆けた顔をしている。瞳もどこか虚ろだ。
「そうねぇ」
気の抜ける声で返答は返ってきた。
暑いのだから、わざわざ土曜日までここに来なくてもいいと思うんだけどな。というボクも来ているのはなんとも複雑な気分にさせられるが……。
「夏は、やっぱり漫才部もイベントはあるんですか?」
「特には……」
「そうですか」
会話が続かない。先輩に元気がないと、基本、面白い会話は生まれない。
「夏祭りとかには行くんですか? あの、市の方がやる、花火大会があるじゃないですか」
「花火かぁ……。あの、夜空に浮かぶ光の花たちを見ると、どうも昔の血が騒ぐのよね」
「どんな血ですか……」
「裏路地で他校の生意気な生徒をピーーーーー」
「自主規制するほどのことをやったんですか」
「違うわよ。わたし、そんな恐ろしい事してないわ。ただ、お金を貸してくれたら嬉しいな〜とか、てめぇ! 調子に乗んなよタコがっ!! って言って鉄パイプで…………とか、この薬を呑むと頭がよくなるよ〜とか、ね」
「もろにダメですよっ! そんな事、カミングアウトしないで下さいよっ! というか、鉄パイプで何をしたんですか!?」
「暑苦しいわね、後輩くん。鉄パイプで……ただ、脇腹をくすぐっただけよ」
「うわ、なんで鉄パイプでわざわざくすぐるんですか!? なんかやってること可愛いですよ!」
「なっ!? 可愛くなんかないわ! わたしは悪よ! お金だって貸し借りしてたんだから!」
「ちゃんと返してたんですか!?」
「当たり前でしょ! 悪は律儀なの!」
そうなのか。今日日の悪は、律儀なんだな……。また、ボクの世界が広がった。多分、間違った方向にだけどね。
気付くと、先輩は何時もの元気を取り戻し、ボクもなんだかテンションが上がってきていた。
「ま、まぁいいですよ。ちゃんと返すのは偉いです」
「えっへんっ!」
「そこで胸を張るのはなんともあれですが、とりあえず、最後の薬は流石に行き過ぎかと……」
さっきまで誇らしげにしていた先輩の表情に影が差す。
「わ、わかってるわ……。やっぱり、あの時、親切に頭の回転を良くすると好評のチョコ(お菓子的な意味で)をあげたから……わたしが学年最下位になってしまったのよ…………」
「って、薬ってチョコですかっ! なんなんですか! 物凄く親切じゃないですか!!」
「う、うるさいわね! 悪は仲間には優しい、それが世界の常識よっ!!」
し、知らなかった……。そんなのか。乱暴に見えて、案外仲間内では優しいキャラなのか、悪たちは。
先輩の話を総合すると、こんな場面が浮かんできた。
『おいっ、てめぇ金貸しやがれよっ!』
『ひ、ひぃぃ、ごめんなさい、これしか持ってないんです!』
『ん? ああ、十分だ。それじゃあ、さっさと住所教えやがれやっ!!』
『わ、わわわわかりました! えっと○○町××-×ですっ』
『わかった、あんちゃん、金、ありがとな』
そして一ヵ月後。
その人の家を訪ねる自称、悪。
『おいっ! 出てこいや!』
『は、はい!』
『ほら、金だ』
『えっ?』
『返しに来たって言ってんだろうがっ!! 黙って受け取れやっ!』
『は、はいぃぃっ!』
『足らなかったら言ってくれ』
『だ、だだだ大丈夫です……。あの、これ、寧ろ増えているんですけど……』
悪は背中を向けて言った。
『釣りだ、とっとけ』
そして、颯爽と去っていく。
ボクは夢物語から返ってきた。
なんだろう、あの美談的な感じのストーリー。
「先輩、悪って凄いですね。なんだか、きっと素直じゃないんですね」
脳内劇場の内容を反芻しながら、ボクは言った。
「そうよっ! 悪は皆シャイで、誤解されがちなのよ! だからっ! わたしもシャイなんだからねっ!」
先輩は、やっと理解できたか、という感じに満足そうな様子を見せてくる。
「そうですね。ある意味……」
「ある意味ってなによっ!」
「いえ、なんというか……シャイっていよりは、うぶですよね」
「うぶ?」
「だって、男女の関係の話や、下ネタが苦手じゃないですか」
「あ、ああ。それは、後輩くんがエロ過ぎるからわたしが付いていけないのよ。変なのは、後輩くんよ!」
「…………酷いですね。ボクだってそこまでエロを欲してないですよ。どこぞの、誠くんみたく性欲を持て余してないですよ」
「いいえ、思春期男子は例外なくエロの塊よ、化身よ、それ自体よ!」
「どこまで男子を敵にまわす気ですか……」
「そうよっ! 重要な事に気付いたわ!」
先輩は、そう言って、椅子から立ち上がる。今日は上には乗らないようだ。
「なんですか?」
たいした事ではないだろうから、どうでもよさげに答えた。
「後輩くんの家を家庭訪問よっ!!」
「家庭訪問ですか。そんなのご自由に………………家庭訪問? か……てい、ほうもん? カテイホウモン??」
「どうしたの後輩くん。微妙になまって発音して」
「あの、家庭訪問は勘弁して下さい。それだけは、本当に勘弁して下さい。家には金目のものなんて一つもございませんからぁ」
「ちょ、ちょっと行き成り涙を浮かべて懇願しないでよっ。なんかわたし、物凄い悪い人みたいじゃない!」
悪ではなかったのか? と一瞬よぎったがスルー。
もう土下座をしてボクは先輩に頼んでいた。プライドなんてくそくらえ!
「本当に勘弁して下さい! 家には幼い子どもが居るんです」
「べ、別にわたしは国の役人じゃないわよっ!」
「と、とにかくっ! 本当に家庭訪問だけは、なにとぞ、なにとぞぉ」
「どこの爺や! もう! こうなったら意地でも家庭訪問するからね! その日を楽しみにしてなさいっ!!」
そう言うと、土下座をするボクの横を自称悪、改め、自称悪人ではないが悪、な先輩が優雅なモーションで去っていく。
ボクはそれを……ただ、黙って見送る事しか出来なかった。
素直になれないのはやっぱり辛いものがあるんですよ。きっと、不良の方々も……ってまぁ私はあんまりあれがツンデレでも好きになれそうにありませんがね……。
地球温暖化問題ってどうなったんだろう、な今日この頃。