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28話 結婚して下さい! ああ、そんなセリフは幼稚園時代に……

「咲彩、ボクと……結婚して下さい!」


 梅雨に入る前のまだ暑いながらもスッキリとした気温が、四方から浴びせられ、僅かに汗が滲む。

 ボクは、顔を赤くして俯く先輩と直立不動のまま向き合っていた。

 緊張の時間は、ねちっこく、嫌らしく長く長く感じられた。


「け、圭太く……ん」


 先輩が戸惑うようにボクの名前を呼ぶ。その声には、僅かながらに親しみが感じられた。

 それは既に、OKと答えているようにも思える甘い吐息であった。

 しかし、次の言葉は紡がれない。重々しく、荘厳で堅牢な門の奥に、その想いは潜め、現れない。


 ボクは待った。先輩からのその言葉を待った。待ち続けた。

 しかし、もう限界だ。リミッターは吹っ飛んで、理性なんてもので耐えられない。

 そんな甘々なボクと先輩を、観察するように睨む、一人の少女が居た。



 …………付いて来れない読者のために、時間を遡ろうと思う。

 どうしてボクが、こんな事になっているのか、そう、それは――――




「先輩、今日の試験はどうでしたか?」


「それは聞かない約束でしょ」


「いえ、してません」


「うぅぅ……色々な意味で終わったわ。もう真っ白に燃え尽きたわ……」


 部室へとボクより後に訪れた先輩へ、昨日と同じように、パイプ椅子へと腰掛けながらそう尋ねた。二三度のやり取りで先輩がまたかんばしくない結果であった事を悟る。

 弱風にも飛ばされるほどに弱りきった先輩が、よろよろと、ボクから向い側のパイプ椅子へと目指し歩いて行く。その間、三回躓いたので、もう限界が近いのだな、と思った。


 やっとのことで椅子へと落ち着いた先輩は、はふぅ〜と可愛らしく息をつき、グッタリとした。


「明日で終わりますから、もう少しの辛抱ですよ」


「いや、もういや……誰か、誰かわたしをいっそ殺してっ!」


 ヒステリックに叫ぶ先輩は、そこらのホラー映画より迫真の演技で、本当に恐ろしい。


「後少しですから、我慢しましょう」


「うぅぅ、鬼ね、後輩くんは鬼の生まれ変わりなのね……」


「いえ、前世がどうかは知りませんが、ボクは鬼ではないです」


「真面目に答えないでよ後輩くん。まるでわたしが馬鹿……だけど、馬鹿みたいじゃない!」


 もう壊れ始めていた。一年の時もこんな調子に壊れていたのだろうか……。

 あれ? そもそも、同級生の友達と勉強会とかを開こうと思わないのだろうか?

 これだけ騒がしかったりする人なのだから、まさか友人が居ないとは考えられない。それに、考えてみれば、ジェシカ先輩が居たではないか。


「その通りですわっ! 圭太さん、一瞬でもワタクシの存在を忘却した罪は万死に値するものですが、一度目なのでお許しさせて上げますわ」


「ええ!? いつの間に現れたんですか、それにボクの心を読まないで下さいよ!」


 ドアの前に、優雅に構えるブロンドヘアーのジェシカ先輩が、不敵に笑う。


「いいえ、読んだのは、心ではなく、著者が書いた、」


「現実世界に干渉するなんてご法度ですよ!」


「あら? だって前回の話で、」


「だから、前回登場していないジェシカ先輩がそれを知っていちゃいけないんですよ!!」


「あ、そう。それでね、咲彩、」


「って、ええ!? ボクを無視ですか!」


「なーにジェシカ」


「あれ? 先輩も無視なんですか! ボクの境遇無視なんですね!」


「ごちゃごちゃ外野がうるさいですわね」


「す、すみません……」


 ボクは大人なジェシカ先輩に窘められ、部室の端っこで小さく丸くなった。

 酷い……頑張ってテンションを上げてツッコミを入れた結果がこれなんて……。余りにも酷すぎる。

 そんな痛々しいボクの存在はスルーされ、先輩とジェシカ先輩は何やら語り出した。


「手伝ってもらいたい事があるんですの」


「手伝い?」


「そうですわ。今書いている小説の中で、最も重要なシーンなのですけど、どうにもシーンが頭に浮かばないのですわ…」


「うん、それで……何を手伝えばいいの?」


「だから、そのシーンを実際に漫才部の二人に再現してほしいのよ……。手伝ってくれまして?」


「も、もちろん、困った時は漫才部に任せなさい!」


 ああ、先輩が慌てて了承するのは部室という大きな人質が……。あれ? 二人って……ボクも!?

 演技なんてとてもじゃないけど……。




 そして、現在に至る。

 ジェシカ先輩が求めていたもの、それは、甘々で、免疫が無い人が見れば吐き気がするような……そんな感じのシーン。

 ボクはその免疫が無い部類に入ると思う。


「…………」


 理性でカバーされた心が暴走をしようとする。ジッと見てくるジェシカ先輩がなんともストレスを増長させるのだ。

 あぁぁ……だれか、いっそボクを殺してくれ。


「こ、後輩くん、わたしにはやっぱり……無理ぃぃ……」


 これは脚本には無い台詞。つまりは、先輩は限界に達したのだ。

 脱力を掛けられ過ぎて、気力が50になったパイロットのようにしょんぼりした先輩は、しおしおと干乾びて、床に倒れ込んだ。


「先輩……ボクもげんか、い……で、す……」


 ボクもまた臨界点をとっくに突破していて、先輩の諦めにより緩くなった気持ちが同じく諦めへと導く。

 そして、ボクもまた床へと倒れた。


「あらら、漫才部の二人なら、人前で羞恥を晒すのになれていて、熱演できる思っていましたのに……。残念ですわ」


 勝手な事を言うジェシカ先輩に何か言い返す力など残っていない。

 扉が閉まる音がした。恐らくは、ジェシカ先輩がボクたちの屍を放置して、去って行ったのだろう。



 その後、ボクと先輩は黒歴史的な思い出を作った事を一生背負ったそうな……。いや、別にそこまで引きずらないと思うけどね……。

 でも……冗談でも先輩に結婚してくださいなんて……ああ、一生の後悔だ。

なんというか、漫才部の二人はいい様に遊ばれています。

さて、テストによる偉大な力によって先輩のパワーは抑えられています。そう、でも明日には解放され…………。


もう少し捻ったネタが欲しいなぁと思う今日この頃。

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