出会った子猫が私の人生に色をくれた【3】
すっかり冷えていたペットボトルの中身をもう一度温めたお湯で満たしていく。
子猫を潰してしまわないようにバスタオルも追加して段ボールに入れた。
自宅から出て、おじさんが書いてくれたレシートを片手に動物病院に向かった。
途中であのコンビニを通りかかったので中をちらりと見たが、あのおじさんの姿はなく、若い男性がスーツ姿の男性の接客をしているようだった。
いつかお礼をしなきゃ。そう思いつつ、動物病院へ足を戻す。
辿りついた病院は真っ赤な看板に、『太田動物病院』と消えかけた白いペンキがうっすらと残っている。
かなり昔からここにある病院なのだろう。
病院の扉を開けると、病院の看護師のような恰好をした女性が受付のカウンターにいて、こちらを見た。
「おはようございます。どうされました?」
柔らかい物腰の女性だった。
「あの、子猫を拾いまして、すぐに診てほしいんです!」
そういうと看護師は私が持っていた段ボールを覗き込んだ。
「ちょっと待っててくださいね」
女性はそういうと、カウンターの奥へ消えていった。
数分待つと、女性はカウンターではなく、隣の『診察室』と書かれた扉を開けた。
「こちらへどうぞ」
女性に言われるがままに診察室に入る。
普通の病院ある先生が座るような机と私の腰ぐらいの高さの診察台。色々な用具が入っているであろう棚が設置されていた。
目をきょろきょろとしていると、奥から白髪交じりで少し小太りのおじさんがマスクに白衣姿で現れた。
「子猫拾たって? どれ、ちょっと見せてみ」
そういうと私は診察台の上に段ボールを置いた。
おじさんの先生は両手で子猫を拾い上げると、看護師の女性が素早く段ボールを退けた。
そして子猫を診察台に卸すと、診察台に備え付けられた体重計で子猫の重さを図っていた。
「750グラムか」
そういうと先生はカルテに体重を書き込んだ。
次に子猫の口をにーっとなる様に開け、口の中を覗き込む。体中やお尻の穴を確認して回ると、またカルテに何かを書き込んでいった。
「ダニもなし。うん、ちょっと小さいけど、もう離乳してるね。ほら、歯が生えてるだろう?」
そういうと子猫の口元を少し開け、私に歯が生えていることを確認させた。
昨日はかすかな鳴き声しか聞こえなかったが、子猫には立派な歯が生えていた。
「多分トイレとかも自分で分かると思うから。とりあえず栄養剤の注射と、病院で出してる缶詰とドライフードを出すね。もしドライフードが固そうにしてたら少しお湯で少し柔らかくしてみて」
先生から説明を受け、子猫をまた段ボールに入れると待合室に戻った。
しばらくして、看護師の女性に呼ばれる。
子猫を連れてカウンターに向かうと、ビニール袋いっぱいに缶詰とドライフードを渡してくれた。
人に比べるとかなり高額な金額がレジスターに表示されるが、これで子猫が元気になるのであれば安いものと考え、支払うと。元来た道を重たいビニールを抱えて戻る。
少しずつ元気を取り戻したのだろうか。
『にー、にー』鳴く声が次第に大きくなる。
私はそれが堪らなく嬉しかった。
自宅に戻り、両親から色々と必要だろうと渡されていた食器類の中から、なるべく子猫が食べやすそうなお皿と、水を入れられる用の小皿を出した。
病院で渡されたあまりスーパーで見ないような缶詰を横に書いてあった容量だけお皿に乗せる。キッチンで水も汲むと、子猫の入っている段ボールにそっと置いてみた。
よたよたと、それでも確実にご飯に向かって歩き始めた。
スンスンと臭いを嗅ぎ、ぺろりと少しだけ、口に含んだようだった。
食べ物だと理解したのだろう、それからはがっつく様に止まらず、お皿がピカピカになるまで舐め続けていた。
気が付いた頃には少し水も減っていたので飲んでいてくれていたようである。
こうしてやっと、少しだけ安心したと実感した。
その日のお昼はコンビニでお弁当を買った。しかし、あのおじさんには出会えなかった。
レンジでお弁当を軽く温めると、また缶詰から出したご飯を片手に持ち、段ボールの横に座る。
ご飯の乗ったお皿を勢いよくムシャムシャと食べる猫を見て、私もお弁当をモグモグと食べた。
この日の夜も同じように子猫と私は並んでご飯を食べた。
夜、やっと私が布団に入ると、大きな声ではなく、
『にー……にー……』と弱そうな声で子猫は泣いた。
きっと母親を探しているのだろう。でもお前のお母さんはもういないんだよ、という私の声は子猫には届かなかった。
それからも泣き止まず、流石に周りに気が付かれるかもしれないと思い、枕をベッドの隅にずらすと、空いたスペースに段ボールを置いた、横になったまま段ボールに片手を突っ込んでみると、フワッとした温かい何かがくっついてきた。
そのころにはあんなに必死に母親を探していた子猫がすっかり寝てしまっていた。
私もそれに安心して気が付いた頃には深い眠りについてしまった。
そして一つの不安を思い出す。
休んだこと、会社から何か言われないかな……と。