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出会った子猫が私の人生に色をくれた【2】

私は驚いた。消え去っていた感情が、少し、湧いた気がする。


そっと持ち上げてみたが子猫の体はすっかり冷え切ってしまっていた。きっと長くは持たないだろう。私はそう思っていた。

子猫の体の芯はまだ温かいが、暖炉の火が消えていくように少しずつ熱が消えるような感じだった。


少しだけ湧いた生きていて嬉しいという感情が小さな生き物が迎えようとしている死の前に少しずつ、また薄れ去っていく。


「お前も死ぬのか。でも、冷たいコンクリートの上で死ぬなんて嫌だもんな……」


ペット禁止のアパートだったが、せめて一晩ぐらい、この子が逝ってしまうまでは許してくれるだろう。

そう思った私は両手ですくい上げる様に子猫を持ち上げ、自宅に連れて帰った。


助かるはずがないと考えていたが、とりあえず冷え切って体を温めてご飯をあげようと思った。

死が少しづつ近づいてる子猫に、どうしてそうしようと思ったのかは分からない。

きっと最後ぐらい、この子猫にも幸せがあってもいいのではないか、と思ったのだろう。


両手で支えていた命を、決して落とさないように片手に持ち変える。

タンスなど必要のない暮らしで、引っ越した時から衣類を入れたままになっていた小さな段ボールを片手でひっくり返すとバサバサと中身が落ちていき、空っぽにする。

浴室に無造作に積まれたバスタオル何枚か引っ張り出すと、砂の様にバタバタと床に崩れ落ちていったが、気にも留めなかった。


急いで段ボールにバスタオル敷き詰めて、子猫を慎重に置いた。

そっと頭を触ると、まだ少し温もりがあった。


そして、頭を触れた時だった。


『にー……』


私はキッチンに走り出していた。

急いで、電気ポットでお湯を沸かし、ペットボトルに注ぐ。

このままでは熱すぎると思いペットボトルを浴室で崩れ落ちたタオルを一枚広い、脇の下で挟んで温度を確認した。これぐらいなら大丈夫だろうか?


恐る恐る、グルグル巻きにしたお湯の入ったペットボトルを子猫のそばに置いた。

すると子猫は自らペットボトルに近づこうと、必死に体を動かそうとしている。

この日は特に寒い日だった。初めて部屋のエアコンの電源を入れ、部屋がこれ以上冷えないよう、そして暑くなり過ぎないようにした。


「子猫ってミルクでいいんだっけ……」


こんな真夜中に動物病院なんて開いていないだろうし、焦っていた私は調べるという選択肢がなかった。

子猫の体が少し温まったのを確認して、私は家を飛び出した。

コンビニなら猫用のエサも置いてあるだろうと思い、急ぎ足で向かった。


「っしゃいませー」


真夜中のコンビニに入るとカウンターの中にいた中年の男性店員がこちらを見た。


急いで出てきたので、この寒い気温の中、薄着の私を変な人間だと思ったのだろう。

そんな目線には気が付かず、ペット用品が置いてある棚に急いだ。


「……!」


持っていた希望がいとも簡単に打ちのめされた。

ドライフードや猫缶は置いてあったが子猫用のミルクは置いていなかったのだ。


「普通の牛乳じゃダメかな……」


猫なんて飼ったこともない私はとりあえず『子猫用ゼリータイプ』と書いてあった猫用の缶詰と普通の牛乳をもってレジに向かう。


「あの、子猫の用のミルクって置いてないでしょうか……」」

レジの店員に尋ねてみた。

中年だと思っていたが、もう少し年上だった。

50代ぐらいのおじさんだろうか、一瞬考え、男性の口が開いた。


「うちでは置いてないですね。スーパーなら置いてあるんでしょうけど」


「そうですよね。置いてない、ですよね……」

私は(うつむ)いた。必死に生きようとするあの命を、自分は助けることが許されないのだろうかと。


一筋の希望を失ったというのはこういった感じなのだろうか。

とりあえず子猫用の缶詰と牛乳だけでも食べてくれるだろうか。


「お客さん、猫拾いました?」

レジスターに商品を通していたおじさんがこちらを見て話しかけてきた。


「そうなんです。これぐらい小さな子猫なんですけど、ミルクを飲ませないとと思って…」

私はすがる思いで子猫のサイズを伝えた。


「じゃあ普通の牛乳なんか飲ませたらアカン。下痢して死んでまうぞ」

おじさんの口調が少しきつくなった。

そのままおじさんが言葉を続けた。


「俺も昔猫を飼ってたことがある。ちょっと待ってな」

そういいながら通していた会計の金額をすべて取りしカウンターから出ていった。

店内を何か所か回ると、再びカウンターに戻ってくる。

おじさんの手には卵と練乳、そしてガーゼをもってきて、

レジ横に捨てられたレシートに裏に胸元から取り出したペンで何かを書き込んでいく。


「本当に何もない時の緊急用ってやつな。昔病院に連れていったときに先生に教えてもらったんだわ。でも朝一で病院に連れて行ってちゃんとした見てもらえ。動物病院ならここ出て左に真っすぐ進めばあっから」


おじさんは淡々と、しかし丁寧に教えてくれた。


「ありがとうございます……!」


おじさんの対応に目尻から涙が零れそうになっていた。

急いで会計を済ませ、おじさんに深々と感謝した私は小走りで自宅に帰った。


猫はまだ生きているだろうか、もしかしたら……。

そんな不安を抱きつつ自宅の扉を開け、靴もその辺に脱ぎ捨てると、段ボールの中を覗き込んだ。


ペットボトルにくっつく様に移動していたが、鳴き声がしない。

ダメだった。間に合わなかった。私の小さな願いすら叶わなかった……。


ついにあふれ出た涙が頬を伝い、段ボールの中に敷いたタオルに吸い込まれて消えていく。

ゆっくりと、優しく、子猫の頭を撫でた。

すると子猫の体が小さく、確実に動いたのが見えた。


「良かった、まだ生きてる……!」


安堵した私は流れ落ちた涙を服の裾でゴシゴシと拭うと、すぐにキッチンに向かった。

おじさんからもらったメモを見つつミルクを作る。

--------------------------------

1.1カップぐらいの牛乳を沸騰しないように弱火で温める

2.温めたら卵黄を入れる(卵白は入れるな!)

3.練乳を数滴(入れすぎるな!)

4.かき混ぜて40度位になったらガーゼに染み込ませて飲ませる

(哺乳瓶かスポイトがあればそっちを使う)


朝市で病院に連れてけ。9時に開いてる。

地図……

--------------------------------


おじさんはすごく丁寧に書いてくれていた。

動物病院までの簡単な地図まで手書きで書いてくれていた。


レシピ通りにミルクを作り、恐る恐る子猫に近づけると少しだが飲むような仕草をした。

それからは子猫がその仕草がしなくなるまでミルクを与え続けた。


時間は午前3時を過ぎたぐらいだった。

ぬるくなったペットボトルを取り換え、子猫を眺めながら気が付けば眠ってしまっていた。


朝、セットしていた携帯のアラームがけたたましく鳴った。

その音に驚いた私は重い体を起こしつつ、起きていた出来事を思い出した。


「そうだ、子猫!」


はっと我に返り、また段ボールをの中を覗き込んだ。

少し元気が出たのだろうか、子猫のお腹が少し膨らんではしぼみ、また膨らんではしぼんだ。

どうやら呼吸はしていたようだった。


時間はもうすぐ九時、私は生まれて初めて、仮病を装って会社を休んだ。


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