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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第2部第2章「ケイレアへの道」
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第68話「多表式暗号」

 アトミールは厳密でない説明が好きじゃない。理解できるかどうかを棚上げにして全部を聞きたがる私の影響もあるのかもしれない。そんなわけで、傍受内容を解析した結果についての説明はとても技術的で難解だったけれど、要約するとこういうことだ。ティンさんに関する身元照会手続きを行ったところ、アストーセにいる何者かは敏感に反応した。通信は暗号になっていたけれど、アトミールからすればなんてことのない簡単な暗号だったそうだ。思い当たる暗号化方法を列挙して型どおりの解読方法を試すだけだよと彼女は言うけれど、人間はそんなことできないからね? そんな指摘をして彼女を喜ばせるか、それとも軽く流して話し合いを円滑に進めるか。今この瞬間は後者の方がよさそうだ。ごめんね、アトミール。

 ともかく、この暗号文は、ケイレアにいる何者かに対して「当該人物に関する照会を遅滞なく適切に執り行うこと」を求めていた。明言されてはいないけれど、ここに言う適切な執り行いとは偽装工作か何かである可能性が高い。アストーセやケイレアに内通者がいることはもはや驚くべきことでもなかったけれど、フェリは満足げな表情をしていた。

「通信所を通じた送信手続きでは原則として送信者と内容が記録されるから、必ず警備部が認識できる。気をつけていたけれど、特にそれらしい送信記録はなかったわね」

「原則があれば例外もあるわけだ」

 フェリはこれまた満足そうに頷いた。

「そう。記録に残らない秘密送信要求がある。ごく限られた立場の人しか要求できないんだけど……具体的にそれが誰かは、まだ私の中に留めておいた方がいいわね。うかつに知っているとかえって危険かもしれない」

「どうして? 知ってた方が警戒できると思うけど」

 首を傾げる私に、フェリは肩を竦めた。

「急遽その誰かと会うことになったとするでしょ。顔に出さずにいられて?」

 う、うーん。自信ないな。そう言われると仕方がない。私が黙り込むと、入れ替わりにアトミールが口を開いた。

「より重大なのはケイレアからの返信。見て」

 書いてよこした紙の上段には滅茶苦茶な文字の羅列があって、下段にはそれを解読した文章が記されている。アトミールの言うところの「多表式暗号」が脆くも崩れ去った残骸だ。

「要請に対しては三号計画最終準備段階のため着手が遅れている。手続き上の問題を理由として回答を延期するので、貴殿におかれては当該処置が不審を招かぬよう善処されたい」

 たまたまケイレア方面に武器が流入しているとき、ケイレアの中央官界内部で謎めいた計画が進行している。偶然と考えるよりは必然と考えた方がいいと思う。武器の使い手がこの通信の送信者であろうことはほぼ間違いなさそうだ。

「で、どうする、という話だよね」

 フェリが真剣な顔で私を見た。

「これは私が当初考えていたよりずっと危険な話になってる。クロエ。一人の友人として忠告させて。もう、何をするのが一番安全かはわからないけれど……。少なくともケイレアを目指すのはやめたほうがいいわ。内乱で混乱した首都なんて誰かを謀殺するには好都合だし、そうでなくとも偶発的に殺されることはあり得る。一旦違う方面に向かって様子を見るとか、ヒンチリフに戻るとか……」

 これまた正論だった。でも――――。

「ごめん。フェリ。それは聞けないかな」

 沈黙が痛い。今のなしと言いたいけれど、今は引き下がれない。

「説明なさい。考えあってのことじゃないなら承知しないんだから」

「それはね……」

 それは言葉を選ぶ作業というよりも、自分自身の考えをまとめながら口にする作業だった。

「事件の核心に近い方が安全な部類の事件だと思う。遠く離れていればいるほど、中央の激動に振り回されて身動きが取れない。そうしている間に味方が一人また一人といなくなって、最後には私一人だけ、みたいな。怖いよ。正直もう家に帰りたい。でも、その道は私だけじゃなくってヒンチリフという家や領地そのものにとっても一番危ない道だと思うから」

 フェリは厳しい表情を崩さず私を見つめていたけれど、やがて相好を崩した。

「……あなた、肝心なときに限って強情なのよね。もう勝手にしなさい。ただし」

 フェリは勿体を付けるように言葉を句切った。

「強情はいいけど、意地は張らないように。あなたは予約済み(・・・・)なんだから、義務を履行できなくなる前には相談すること。わかった?」

 身勝手な優しさを発揮してフェリは胸を張る。こんな人の存在を背後に感じていられるんだと思ったら、抱えていた不安が少し和らいだような気がした。

「そちらこそ気をつけて。私の見えないところでも、危ない橋を沢山渡ってくれてるんでしょ」

「余計なお世話。私はどうにでもなるから、あなたは自分を心配しなさい」

 私の気遣いは彼女の自尊心を傷つけてしまったらしかったけれど、その拗ねた声が今は嬉しかった。


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