第60話「軌道発電システム」
「これは……?」
重整備システムが再び文字で話し始めた。
「軌道発電システム・光起電モジュールです。自己メンテナンス機能により現在でも機能している可能性が非常に高く、本施設も利用を想定して非常受電設備の維持を行ってきました。同システムに対し送電要求を送信すれば、見通せる将来において本施設の健全性は維持されると推定されます」
「つまり……宇宙には太陽の光を電気に変える装置がたくさん用意されていて、正しい設備を用意してから宇宙に向けてお願いすると電気が送られてくるの!?」
「その通りです」
大変なことだ。私たちの知識からすればほぼ無限、汲めども尽きないエネルギー源が手にはいるということじゃないか。滅多に使えない独立大学連合の電気炉だってフル稼働させられるだろうし、他の場所にだって……そう考えたとき、つい先日稼働させたばかりのアストーセダムの価値が失われてしまうのではないかということに思い至った。世界全体のためにはなるかもしれないけれど、彼らにとっては――。
アトミールが耳元で囁いてきた。
「現代の技術では受電設備を作れない」
私の表情から懸念を読み取ってくれたのだろう。目線でアトミールに礼を言い、気を取り直して今の頼まれごとについて考えた。
「流れからすると、その受電設備というものを動かせばいいんだよね。……どうして取引を。私たちは侵入者でしょう?」
「一時的に現在の占有者の管理を受け入れていますが、彼らとあなた方は本機にとって等価値です」
「つまり?」
「正当な権限をもって本施設を利用している者ではないが、本施設の権利者にとっての敵でもなく、かつ本施設の維持にとって有益となる可能性がある存在」
そして現れる天秤の図。連邦より高い価値を支払うなら見逃してやろうということなんだな。ひゃあ。
「あれは全自律無人機でなく自律無人機だから、権限のある人間が与えた目的を達成すること以外には興味がないの」
「じゃあ……あなたや警備の人たちにはその、受電設備を動かす能力がないから私たちにやって欲しいと」
「正解」
花が咲き乱れる大変大袈裟な絵が私の意見を肯定してくれた。
「本施設の光起電モジュールは劣化が著しいため持ってあと一年でしょう。保安機能を突破し送電要求を送信できる何者かが再びここを訪れる可能性はほとんどありません。したがって、あなたがたを頼るのが最適解です」
「保安機能というのを破らないとあなたのやりたいことはできないんですね」
「受電系統の切り替えには保護が掛けられています。私には認証を破れませんが、あなた方の手際なら可能でしょう」
「一応聞きますけど、破れなかったらどうなりますか」
「本機の端末はあちらにも存在します。試行いただければ約束は果たされたものと判断しましょう。成否は問いません。また、本施設の警備無人機はすでに機能を停止しているため、大失敗したとしてもあなた方の危険には繋がらないはずです」
「警備無人機がない理由について教えてもらっても?」
アトミールが口を挟んだ。
「三百年ほど前に整備手順を変更して無力化しました。電子攻撃によって軍の統制を離れ、整備の円滑な遂行を妨害する兆候を検出したので」
もしかして無人機に物騒な発言はつきものなの? そんな疑問が口から出かかった。
「ともかく引き受けるしかなさそうだね。アトミール。行こうか」
†
重整備システムがアトミールに渡した情報をもとにして途中にあった平屋の遺構へと入っていく。照明は消えていたけれど、人の背丈ほどもある窓から昼過ぎの日差しが差し込んでくるので暗くはない。ぼろぼろに劣化した樹脂が壁際に積み重なっていて、その奥に立ち上がるむき出しの壁面は練岩のもの。遺体でも転がっていやしないかと内心不安だったけれど、幸いその気配はない。駐屯している人々が片付けてくれていたのかもしれない。
「無人機ってさ」
切り出した言葉に、先行するアトミールが小さく相槌の声を上げた。
「結構融通が利くよね。なんというか、ほら……」
「機械なんだからもっとルールにがんじがらめで官僚的な対応しかできないんじゃないのか、ということ?」
「そうそう。私たちの時代の機械ってそうじゃない。作った通りにしか動かないというか……。その延長線上にアトミールみたいなのがあるっていうのは想像しづらくって」
「それはねえ……。昔私が言ったの、覚えてる? 存在が目的に先立つあなたたちと違って、被造物は――」
「目的が存在に先立つ、だっけ」
あの言葉を口にしたときのどこか遠くを見るような目が印象に残っていた。
「モノは目的のために作られる。その目的をどんどん抽象化していけば、その分モノの側の裁量も大きくなる」
「仕事も似てるかもね。私は父さまから言われた仕事をやってたけど、父さま自身は自分で仕事を見つけて政務をしてたし」
話しているうち、通路の向こうに人工の灯りが漏れる部屋が見えた。あそこが目的地かな。
「そこで、目的として「言われた仕事を何でもこなす」が与えられたのが自律無人機。実際にはあの重整備システムみたいに特定の専門があることが多かったみたいだけど。関連する仕事も気を利かせて行うことがある。そして、私」
立ち止まった彼女と肩が並んだ。
「あのときはあんな風に言ったけど、実は目的ないんだよ。だって」
中央にある目的の場所はあっさりと見つかった。天井から人工の光が照りつける部屋に沢山の画面が並んだ部屋だ。その多くは真っ暗だけれど時折光を放つものもあり、重整備システム同様に文字や図形を描いている。いくつか抜き出してみようか。ええっと……「電源 構内予備」「電圧 正常」「光起電モジュール有効率 十五%」「お待ちしていました」
うん?
その場所にも重整備システムの端末は待ち構えていて、愉快な絵文字と一緒に「お待ちしていました」と画面に描き出している。私がその様子に圧倒されている間にも、二人の人ならざる知性は実務的なやりとりを行っている。
「汎用光バスに繋いで電源管理システムを支配下に置き、受電系統の切り替え操作をすればいいんですね」
「おおむねそうです。上位システムを含む構成を共有しましょう」
その言葉をきっかけとしてアトミールと重整備システムが情報を交換したらしかった。
「なるほど……。多元連続認証で人間と判断した対象によって物理インターロックボタンが押下された状態でなければ状態の変更を受け付けない。クロエに操作して貰えばいいね」
今までレスポンスの良かった重整備システムの反応が妙に遅れ、躊躇うように一文字一文字ゆっくりと文字が流れ始めた。
「本機の問題ではありません。あんな乱暴なことをすると予見することなどできるわけが」
まるで都合の悪い状況を前にして言い訳を並び立てるよう。アトミールの声の調子が一段低くなる。
「レスポンスの悪い通信は好きじゃありません。率直に説明してください」
「……多元連続認証に必要なセンサーが駐留部隊によって一定以上破壊されたので、多元連続認証は安全モードに。すなわち定められた秘密鍵を持たない限り正規の形で認証を受けることはできません」
「えっ。遺跡を……破壊……? なんで?」
二人の会話に思わず割り込んでしまった。
「本機は本施設の安定稼働のため必要な方法を彼らに示唆しました。しかし技術的な表現を含む本機の説明が彼らには難解であったらしく、かつ、彼らには本機に対して説明の改善を求めるということをしませんでした。彼らの憶測に基づいた操作によって機器類は破壊され、復旧は困難です」
機械の言葉で目一杯罵倒を試みているのが強く感じられた。
「だいたいわかりました。やってみましょう。保安システムの端末は? クラスター上の仮想環境ですか。厄介ですが……ちょっと失礼」
アトミールが機械と機械の間の隙間を指でなぞると白い泥が残されて、やがて隙間の奥へと消えていった。
一体何をしでかしてくれるのか。期待と緊張の中いくばくかの時間が流れ、やがて彼女が再び口を開いた。
「クロエ。気を付けて。暗くなるよ」
突然室内が闇に包まれた。何事かと思う間もなく再び部屋は明るさを取り戻し、一度は灯が消えた画面たちも私たちへ盛んに情報を囁きはじめている。
「電圧 十五%」と赤く描かれた画面が何度か点滅すると、画面上にある「電源 構内予備」と記載された部分が「電源 切替中(構内予備 -> 軌道直接受電)」に切り替わった。
「え? もうできたの?」
話の流れからするともっとずっと苦労するものとばかり思っていた。
「多元連続認証モジュールが持つデバイス認証機能に脆弱性があってね。つまり門番をすげ替えてしまったというわけ。合言葉の決め方に問題があるから、ある条件を満たせば門番がすげ変わったことに城の方では気が付けない」
ふんわりとは理解した。けれど、それを機械に対してやるというのは容易なことじゃないのだろうな。たぶん。
「物理的に回路に干渉することはさすがに想定の外ですよ……。いえ、助かりました。おかげで本施設は当分の間存続できそうです」
「じゃあ、取引はこれで完了ですね」
「ええ。早速ですが約束の……」
重整備システムは突然押し黙ってしまった。
私が戸惑っていると、重整備システムから情報を得たのだろうアトミールが私の目をまっすぐに見つめた。
「古代の重車両がこちらに接近している。恐らく帝国の。連邦の「秘密兵器」と衝突したら……」
まずい。あまりにまずい。位置を考えれば相手は北辺帝国。こんな場所に秘密兵器を隠していることがあちらに知られたらもはや全面衝突への道筋が完全に整えられてしまう。一体どうしてこんな場所に。頭が真っ白になりそうな私の肩を誰かが掴む。
「クロエ! クロエラエール・ヒンチリフ。私たちがなんとかしなければ最悪の事態になる。落ち着いて。私たちならできる」
「そ、そんなこと言われても……」
思わぬ言い訳が口をついて出る。
「そんなことない。私に考えがある。重整備システム、協力してくれますね?」
「利害の一致するところです。加工機の利用権限を提供しましょう」
私の知らないところで話が進んでいる。でも、そうだ。アトミールの言うとおり。今ここで黙っているわけにはいかない。
「わかったよ。やる。それで、私は何をすればいいの」
私はいきなり自分が暖かいものの中にいるのを感じた。アトミールに抱きしめられている。
「すまないんだけど……一番危ないのはクロエなんだよね。本当にごめん。クロエにはおとりになってもらう」
あ、もしかして私騙された? そんな言葉が胸の中で浮かび、泡のように消えて諦めへと変わった。まあ、いいか。アトミールからこうして貰うの、悪くない取引だ




