第49話「質量転換爆弾解体」
「起きて。ほら、クロエ」
嫌な夢を見ていた気がする。訪れた集落が悪い奴らに占領されてて、人質を取られて降参して、今から処刑されようとしているという夢。そう。夢。嫌な夢だった。もう少し良い夢見よう。この暖かくて柔らかい枕でもう一眠り――痛っ痛たた! にわかに手の甲が痛む。
「クロエ! しっかり!」
声が頭の中を跳ね回った。くらくらする頭。誰かに叩き起こされようとしているのだとようやく理解した。
「も、もー……。わかった。わかったってば。嫌な夢を見ちゃってさ……」
「現実の方がよほど悪夢でしょう。ほら、寝ぼけていないで、ちゃんと目を覚まして」
頬を挟まれ顔が動く。その先にいたのはアトミールだった。なんだ、そうかそうか。アトミールと一緒だったのか。彼女と一緒にリーヴルタリス・アストーシィを訪れて――。
「全部思い出した……」
「やっと気がついた。意地悪しているわけじゃないのはわかっているから、いいけど」
頬が不満に膨れている。何か気の利いたことを言わないと。えー。そういうの苦手なんだよな。
「よく寝てた?」
ほら見ろ。なんて月並みな。相当に寒いはぐらかしだったと思うけど、アトミールは呆れ混じりに笑ってくれた。
「私の体が人類にとってよほど優秀な寝具らしいと学習したくらいには」
「私も予想外だよ。やっぱりアトミールのおかげだね」
「っ……。とにかく集落の方が騒がしい。クロエには聞こえる?」
耳を澄ませてみるけれど、私の耳には何も聞こえない。首を横に振ると、彼女は小さく頷いた。
「どこかの家で白熱した議論がされているみたい。たぶん、集落の元々の住民だけ。金属らしい反射波を感じるから、武器も持っている可能性が高い」
えー、何それ。怖い。
「何するつもりなんだろう」
「村で最強の人を決めるための大会、とか」
「え?」
「……冗談。不安を和らげられるかなって」
「あー……」
湖の方から一陣の風が吹き込んで、居心地の悪い空気を連れ去った。
「言わないで。失敗したってわかっているから」
「いや、うん。ありがとう。気持ちは受け取っとく」
彼女のことを仲間として扱うと言いつつ、私はついつい部下のように扱ってしまっていた。私の失敗を助長しないよう、彼女は私との関わり方を変えようとしている。冗談もその一環だったのだろう。あんまり成功してはいないけど……。意欲は買ってあげたい。とっても。
「話し合いが終わったみたい。参加者の半分くらいが歩いてくる。武装もある」
息を呑む。一体何が置きようとしているのか。私たちにとって不都合なことじゃなければいいんだけど。
やがて、砂利のこすれる無数の足音が聞こえ始めた。
「やいお前たち。こんな遅くに何だってんだ」
賊の誰何する声が聞こえる。
「二人を離せ。さもないとひどいぞ」
金属のこすれる音。男の微かな悲鳴が聞こえる。
「おい、おい……落ち着けよ。急に何だよお前ら。あいつらは日が出たら処刑だ。お前らにだってお楽しみがあるかもしれねえ。ほら、武器を降ろせって。今なら黙っててやるよ」
ちら、とたいまつの見張りの方へと目を向ける。彼の目線はダムの付け根の方、村の人たちの方へと向けられている。私たちへの注意は置き去りだ。
「ここにいて」
アトミールは自身をいましめていた縄を簡単に引き千切った。見る間に見張りの方へと走る。気付いて振り向く寸前、彼女の右手がたいまつへ届いた。
「てめえ!」
鋭い破裂音とともに男はうずくまって倒れた。
「殺したの?」
アトミールは無言でこちらに歩み寄り、片手で私の戒めを解いた。表情から問いかけへの答えを読み解くことはできない。
「死なない程度の電撃。見て」
たいまつに照らされた見張りの顔には脂汗が浮かび、痙攣する四肢を丸めて押さえ込もうとしている。あまり気持ちの良い眺めではないけれど、少なくとも生きてはいるようだ。
「良かった」
立ち上がると全身の筋肉が凝り固まっているのがわかった。伸びと共に血が四肢へ行き渡っていくのを目を閉じて味わっていると、顔のそばに熱を感じる。アトミールがたいまつを差し出していた。
「あそこに立って持っていて欲しいの。できる?」
「わかった。監視を誤魔化してればいいんだね」
私が持ち場に立ったときには足音が人影を伴いはじめていた。その集団から息を切らした声が叫ぶ。
「おおい。クロエさま、アトミールさん。助けに来ました!」
「リヤン!」
聞き慣れた声。先頭で灯りを持つ人影が立ち止まった。
「あ、あれ? 二人とも捕まっていたんじゃあ……」
「あなたたちのお陰で隙ができたの。今はどういう状況?」
ばつ悪そうに人影が俯くのが見えた。
「ゆうべの様子を見て、やっぱりおかしいって思ったんです。もう見てられなくて……。みんなに相談して協力してもらいました。昨日は本当にすみません。あいつらをやっつけたら、その……」
「村をなんとかする約束でしょ。大丈夫だよ。あなたたちは悪くない」
人影たちが喜びにざわめくのが聞こえた。
「みなさん。印象的な会話も結構ですが、まずは爆弾をなんとかしなくてはいけません」
そうか。私以外には敬語なんだ。
「え? そんなもん湖にでも捨てちまえばいいんじゃないですか。俺たちはそういうつもりでしたけど」
リヤンが拍子抜けという声を出す。いやいやいや。そうか。質量転換爆弾なんて知るわけないもんな。
「えっとね……。この爆弾はそんなもんじゃないんだ。ここで爆発したら村ごと消えちゃうし、湖に投げ込んだら……アトミール、どうなると思う?」
「水中で衝撃波の威力は大幅に増加します。ダムは完全に破壊されるでしょう。熱線や衝撃波が村へ波及することは避けられるかもしれませんが……あとは核分裂型質量転換爆弾でないことを祈るだけですね。この場合、放射性物質が水と一緒に撒き散らされます。そうでなくても多量の中性子線が放出されることは避けられませんが……」
「つまりね。ダムは完全に壊れるし、最悪この辺りの土地が人の住める場所ではなくなっちゃう」
「そんな! じゃあ、爆発させちゃあ元も子もなかったってことですか」
「憶測ですが……皆さんを自分達の仲間として完全に引き込むための罠であったかもしれませんね。地方監部との話し合いが決裂して村がなくなってしまえば、皆さんは彼らに従うしかありませんから」
人々のざわめきが粗野な罵声混じりに大きくなっていく。
「とにかく! 時間がありません! みなさんは村へ戻って守りを固めていてください。なるべく家の外には出ないで。湖が直接見えない場所の家に固まっているのが最善です。あとの事態は私たちが収拾します。クロエ、これでいい?」
「今捕まえた人たちはどこかに捕まえておいてくれると助かるかな。できれば、丁寧に扱ってあげて」
「クロエさまがそう言うなら……わかりました。キョール、ヴィユン、頼む」
二人の体格の良い少年が出てきて見張りを拘束していく。
「気をつけて!」
去っていく彼らの背中に私は呼びかけた。
さて、次は問題の根幹だ。私たちは爆弾へと向き合うことにした。
「敵には警戒しなくて大丈夫?」
「今のところ反応はないよ。だから……クロエも離れて。その方が安全だし、クロエがいてもあまり状況は変わらないでしょう。最悪の場合も考えられるから――」
なるほど。アトミールの言いたいことはわかった。よーくわかった。でも、答えは一つだ。
「死んでも嫌だね」
爆弾に足を向けかけていた彼女が足を止めてこちらへ振り返った。灯に照らされた彼女の驚いた顔と言ったら! 今の私はとっても意地の悪い顔をしていることだろう。
「おかえし。それに、私がこうして灯を持ってた方が相手の反応が遅れるでしょ」
「……わかった。そのまま後ろを警戒していて。私は電波でしか観測できないから」
してやったり。益体もない勝ち負けに心を躍らせながら彼女の指示に従った。
「クロエはこういうの好きそうだから、要所は口で説明しながら作業するね。弾体の汎用メタ情報インターフェイスに接続。成功。大部分は暗号化されているけど、最低限の管理情報は取れる。IOPー一二ー三二個人携行質量転換爆破資材。良かった。純粋核融合型。これなら放射性物質の放出は最小限。転換出力は……村の人たちは駄目かな……あの砦くらいの距離なら……」
呟きながらてきぱきと作業を進めていくのを私は黙って見ていた。
「電波受信機は見つけた。でも、これを破壊するのは危険だと思う」
「どうして?」
「私が爆弾の開発者だったら、一番脆弱な通信系を破壊されることは真っ先に想定する。破壊されたことを何らかの方法で検知して起爆するようなことだってできる」
彼女の意見には説得力があった。
「純粋核融合型弾頭を起爆するには大きなエネルギーが必要なはず。そのエネルギー源さえ遮断すれば不活性化できる。問題は、エネルギー源が何なのかだけど」
「アルスパリアに撃たれた電磁衝撃弾だっけ。どうかな。あんな小さいのにアトミールがやられちゃうくらいの電撃を出すんでしょ」
「すごい。私も今思いついたところ。人間、時々訳のわからない処理速度を出すよね。私には怖くて使えないようなヒューリスティクスを平気で使うからだと思うけど。爆薬発電機の線は蓋然性が高い。調べてみるね」
やがて、果汁を煮詰めたような甘ったるい臭いが鼻をついた。
「何してるの?」
「筐体の一部を融かして穴を空けたの。微小機械を流し込んで内部構造に干渉する」
白い泥を使うのか。あの遺跡から地上までだって行けるという話だったし、こんな爆弾に穴を空けるくらい簡単そうだ。
「これ……かな……。似たような形状の構造物が並んでいて、極太のケーブルに接続されてる」
「罠は考えられない?」
「絶対大丈夫とは言い切れない。でも、筐体を開けられることは想定していても、内部構造を微小機械で抜かれることは想定外だと思う。ねえ、クロエ。自覚してる?」
「え?」
「私はね。真独立型微小機械によって構成された群体型高度自律無人機。本来なら絶対に研究室から出してはいけない物。どこかの軽はずみな誰かが外に引っ張り出したりなんかしなければ、こんなところにいるはずがない。そんなものが使われることをまともな人間は想定しない」
「……もしかして怒ってる?」
「呆れているだけ。どうせいくら格好いいことを言っても土壇場になったら慌てふためくんだろうというところも含めて。ほら、これから導線を切りますよ。失敗したら心中です。機械と心中なんていうのは不快だろうけど、大人しく諦めてくださいね」
うーん。見抜かれてる。アトミールとか周りがなんとかしてくれるだろうという甘えの気持ちには自覚がある。しょげ込んでいたら、小さな呟き声が聞こえた。
「ありがとう。私を信じてくれて」
「やだな。湿っぽい。……こういう言い方アトミールは嫌いだろうけど、私もありがとうね、付いてきてくれて」
なんとなくお互い話すことがなくなり、手持ち無沙汰な時間が流れた。
空は白みつつあり、ダム周辺の景色がうっすらと見えはじめている。昨夜から景色のことになんて気を配っていられなかった。薄ぼんやりと照らされた広く穏やかな湖面と人工の滝とが練岩のダムによって隔てられている。それは、人の技術と自然の二つから抽出した美しさが結晶しているように見えた。
思わず漏れたため息が、アトミールのそれと重なった。
「……終わり。導線を切断したあと爆薬発電機も通信系も完全に分解したから、起爆は確実にありえない」
「じゃあ、たいまつも……?」
「お好きに」
「やった!」
思い切り湖水に突っ込んだたいまつは、火の消える小気味よい音を残して流れていった。
「信号飛んできた。ふうん。これが起爆信号」
彼女の声。恐る恐る爆弾に目をやるけれど、特に何も起こらない。
「は~~~~~。よかったよ~~~! 大好き!!」
私たちは勝ったんだ。溢れ出る喜びを抱きしめる腕に込め、アトミールと分かち合った。




