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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第2部第2章「ケイレアへの道」
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第47話「理神の火(ラメ・ラギア)」

 ひどい雨だ。道はぬかるみ、フードからは雨が垂れて顔に当たる。一歩歩く度、靴の中敷きから水が滲んで気持ち悪い。もっとも、狙い通りの天気ではある。

「本当にやるんですね?」

 同じくフードを被った二人と顔を合わせ、頷く。

 これからやろうとする作戦には大きな危険がある。もっと良い方法があるんじゃないかという話は出た。けど、この案以外はいずれも時間が掛かりすぎるか、もっと危険だった。

 やがて黒くそびえ立つものが見えてくる。上端が鋸歯状になった幅広の影。砦の城壁だな、と当たりをつける。壁が出来上がって門を作っている最中というリヤンからの情報通りだ。その城壁に一箇所、大きな切れ目があった。あそこが門の予定地ということだろう。

「行こう」

 そして私たちは足取りを速めた。

 やがて駆け足になる。正面から吹き付ける大きな雨粒が顔を濡らし、雨具で守られた体へと伝っていく。あのときみたいだと思った。アトミールに失望されてしまったあのとき走った夜の。でも、今の彼女はすぐ目の前にいて、ぴったり足を合わせて走ってくれている。だからあのときののしかかるような苦しさはない。

 近付くにつれて、入口付近に即席の障害物が置かれているのが見えてきた。その向こうには篝火を掲げた人の影がある。

「止まれ! 誰だ!」

 人影が上擦った声で呼ばわった。さあ、ここが正念場だ。頼むよ、アトミール。

「おおい、俺だ。急いで(かしら)に会わなくちゃあいけねえ」

「先輩」の声で返事があった。この頃には入口までの距離も近づき、篝火に照らされた歩哨の顔が見えてきた。まただ。私よりも、いや、リヤンよりも幼い。

「あっごめんなさい! 今開けます!」

 少年の動きは緊張からか操り人形のようにぎこちない。力む声と共に障害物の影が脇へと避けていく。

「助かるぜ。気をつけろよ」

 アトミールの後ろについて通り過ぎようとしたとき、少年が慌てた様子で私たちの前に立ち塞がった。

「あっ、合い言葉! 忘れてた! すんません。お願いします!」

 しまった。この展開は考えてなかった。アトミールは知ってるかなと甘く期待してみるものの、彼女からも答えがない。これはまずいぞ。最悪は強行突破するしかないか。私は覚悟を決めた。

理神の火(ラメ・ラギア)! 理神の火(ラメ・ラギア)だよ!」

 リヤンの声だった。

「なんだぁ。リヤンもいたのか。先に言えよなあ」

「ごめんごめん。息が切れててさ」

 張り詰めていた空気が一気に和らいだ。思わず安堵のため息が出る。冷や汗ものだったが、あとは手早く突破の一手だ。

「おいリヤン。無駄話の余裕はねえ。急ぐぞ。そっちの奴! 持ち場を離れんな。体を濡らすなよ。他の番兵にも言っとけ」

「は、はい!」

 まんまと砦を突破することに成功した私たちはしばらく進み、稜線の向こう側へと辿り着いた。ここからなら村の様子が見えるはずだ。

「この辺で大丈夫かな」

「周囲に警戒すべき反応はありません」

 アトミールからの返事だ。アトミールからの返事なのだが……。「先輩」の声で聞かされることにはなんともいえない気味悪さがあった。

「あのさ……。もう、よくない? すごくむずむずするんだよ、その声」

「これでいいでしょうか」

 澄んで落ち着いたアトミールの声が返ってきた。

「機体の復元もしておきます。どうもこの姿は……よくありません。できれば二度と同じ作戦はしたくないですね」

 目の前にいた小柄な人影が見る間に伸びていき、見慣れた彼女の後ろ姿へと戻った。

「うん。やはりこのほうがいいですね。さあ、観測を始めましょうか」

 今回の作戦はアトミールの優れた目と電波の力で物を見る力の二つで夜のとばりを貫くことが前提になっている。私たちにできることは雨に打たれて待つことばかりだ。

 ちらちらとリヤンの視線を感じる。フェリくらいの間柄なら黙っていてもさほど居心地の悪さは感じないのだけど。今日会ったばかりの人と二人、無言でいるのは気まずい。

理神(ラギア)の火って、どういう意味なんだろう」

 あんまり庶民的じゃない話題のような気がする。でも、ただちに思いついた無難そうな話題はこれくらいしかなかった。

「合い言葉ってしか聞いてないです。クロエラエールさんは知ってるんですか」

「ううん。私も初耳。ラギアさまの神話については結構詳しいつもりなんだけどね」

 何しろ私の専門は熱と活力の関係だ。こういう世界の根本的ななりたち(・・・・)は理神の管轄するところ。教養神学として特に深く学ぶ神性として理神を選ぶのは自然な流れだ。

「ごめん。こういう話は……つまらないかな」

「そんなことないです。ウチの村には司祭さまは住んでらっしゃらないですから」

 気を使わせちゃってる気もするけど、とりあえずは彼に甘えることにした。黙っているよりかは幾分いいだろう。

「理神の火という言葉は間違っていないんだけど、あまり意味のある言葉でもないんだ。火というか、火が燃える、雨が降る、こういう自然の出来事は全部ラギアさまの領分だから、あえて理神の、という風に付ける意味がないからね」

 頑張ってかみ砕いてみたけど、リヤンに通じるだろうか。考え込む彼をしばし見守る。

「塩は必ずしょっぱいから、塩の塩味、みたいには言わない、みたいな話ですか」

「おお。そんな感じそんな感じ。才能あるよ」

「そうすかね……」

 褒めたつもりだったんだけど、あんまり反応はよくない。えーとえーと。話を続けようか。

「とにかく理神の火っていうのはおかしいんだよ。生命神の火(ラメ・イオミア)だったらわかるんだけど」

 生命神は理神の産物である火に目を付け、人に与えた。人は火によって夜を照らし、煮炊きをし、鉄を鍛え、生命神の期待通り、争いを激化させた。

 以来、私たちは火の虜だ。火のもたらす恐ろしい威力を知りつつも、それから逃れては生きていくことすらままならない。生命神の火(ラメ・イオミア)と言えばこのような二面性を持つものを表す慣用句だ。

「理神の火、頑張って考えてみると……何か、ラギアさまの本質に迫るような火、という意味になるのかなあ」

 何かに辿り着きそうで辿り着かない。そんなまどろっこしさを感じていたとき、アトミールの切羽詰まった声が聞こえた。

「非常に危険な事態が進んでいる可能性があります。お二人を抱えさせてくれませんか」

「ちょっと待って待って。抱えるというのと危ないっていうのがよく繋がらなうわぁ!?」

「すみません、後から説明します!」

 問答無用。わけもわからないままに私はアトミールに抱え上げられた。

 小脇に抱えられたまま全力疾走で運ばれる経験のある人はいるだろうか。おそらく数少ない経験者の一人であろう私が断言する。そんな経験はしないほうがいい。道が悪ければ尚更だ。上下左右に激しく揺さぶられ、内蔵とお肌がひっくり返りそうになる。前も後ろもわからないこと請け合いだ。

「説明! 説明して! なんで私こんなことされてるの!!」

 これくらいの苦情を言う権利はあるだろう。

「お二人に歩いて頂くより、この方が速いですから」

「す、筋は通ってるけどさあ……! リヤン、大丈夫?」

「大丈夫じゃないです! 目が回るううううう!」

 奇遇だね。私もだよ。このままじゃアトミールの両脇にぶら下がる肉の塊になってしまう。

「せめてさ! もうちょっとこう、揺さぶられない感じにならないかな?」

「……わかりました。あと少しだけ待ってください」

 ややあって、体が安定し始めた。ちょうど彼女の腰あたりにうつ伏せで浮かんでいるような格好だ。腰と肩のあたりで紐か何かによって吊られているようだ。

「ケーブルを作って肩から降ろしました。緩衝装置を介しているので楽になったと思います。いかがでしょう」

「うん、完璧。傍目には曲芸か何かにしか見えないこと以外はね。それで、詳しい状況聞かせてくれる?」

「はい。予想以上に危機が間近に迫っている可能性があります。強い電波反射を伴い、かつ僅かに発熱する大型の荷物を背負った人物がダムへと移動中です。彼らの目標がダムの爆破をいつでも行えるようにすることであるならば、最悪の可能性として一つの事態が想定されます。すなわち――」

 理神の火と呼ばれるべきものに、一つの心当たりが浮かんだ。悪趣味で名高い生命神ですら人に与えることをためらうような火。理神だけのものに留めておく必要のあるような火。崩壊戦争で人類文明を破壊したのは、何も暴走した無人機による直接攻撃ばかりではなかったと伝えられている。

「質量転換爆弾」

 私とアトミールの声は綺麗に重なり、夜雨の中に消えていった。


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