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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第2部第2章「ケイレアへの道」
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第46話「リーヴルタリス・アストーシィ」

 湖の畔には苔むした木組みの小屋が建っていた。流れてきた雲が空を覆い始めたこともあって陰気な印象がある。

「木こり仕事するときに使ってたんですけど、ほら、この辺のめぼしい木は全部切っちまったんで」

 先頭に立つ少年が言う。穀物を散らしたように広がる切り株が彼の言葉を裏付けていた。

「ありがとう。確かに悪くなさそうだね。……どうしてこんなに木を切っちゃったんだろう。結構新しい切り株だよね」

「砦を作るのに使うんだって言ってました」

 少年の目が「先輩」へと向けられる。アトミールに連行された彼はすっかり大人しくなっている。

「そうなの?」

「……リーヴルタリスは古代の道路沿いの細長い村だからな。入口をがっちり塞げば盤石さ」

 口だけは今も達者。だけどそのことは大した問題じゃない。手帳を取り出す。真ん中よりちょっと奥のページ、これこれ。アトミールが描いてくれた村周辺の地図だ。古代のものだから多少の変化はあるだろうけど、極端に大きな変化はないだろう。今目の前にある湖が(もと)湖、問題のダムであるリーヴルタリス・アストーシィによって(もと)川がせき止められてできている。そうか、ここの村名はダムの名前そのままなのかと気付く。古代には存在しなかった村だというから、崩壊戦争の混乱で逃げてきた人たちが住み着いたのだろう。この湖の畔を粗末な道がぐねぐねと通って、半ばを過ぎると村に辿り着く。反対側は山の斜面だから、なるほど途中に砦を作れば難攻不落になるだろう。

「あなたは……」

 私の視線を浴びた少年がびくりと背筋を伸ばす。まだ、完全に気を許してはくれていないのだろう。まあ、仕方ないか。考えてみると、私はまだ彼の名前すら知らないんだから。いや、そうか。そういうとこだな。

「名前、教えてもらってなかったよね」

 彼は不意を衝かれたようだったけど、嫌というわけではないようだ。すぐに靴屋のリヤンという名前を教えてくれた。

「へー。靴屋さんなんだ。凄いね。あなたも作るの?」

「いや、靴屋っても直すばっかで……。穴を継いだりするだけです」

 なるほどな。街で買ったりした靴を地元で修理するということか。ということは――。

「もしかして、最近は靴屋さん忙しい?」

「そうすね。ガキの頃から手伝ってましたけど、倍くらいは忙しいと思います。なんでわかるんですか?」

「ちょっと予想してみただけ」

 靴を街で買ってくる頻度が減るほど靴の直しは増えるはず。つまり、地域が貧しくなっていることを示す指標になるかと思った。なんてことを説明するのは失礼かも知れないから、あえて口にはしなかった。

「リヤン。私たちでこの人を連れて行く。あなたはここで待っていて」

 私たちは小屋へと足を向けた。

「随分とあの坊主を買ってるんだな」

 かび臭い小屋に入るなり、「先輩」が嫌味っぽく口にした。

「お構いなく」

 私が道を空けるとそのままアトミールは彼を奥に連れていき、木の柱に縛り付けはじめた。

「どこか苦しいところはありませんか」

 アトミールの手つきはとても罪人に対するものではない。まるで客人に対するような――とまで考えてから、お客さんを柱に縛り付けたりはしないなと思い直す。拘束という断固とした行いを、ここまで丁重に行うことができるというのはとても矛盾して不思議な印象だ。彼女が言うところの、全自律無人機たるもの感情に行動を左右されてはならないというやつなのかな。

「快適だよ。縄がなければ完璧だがね。……優しいもんだ。どうしてそんなにする? 俺は敵じゃあないのか?」

 人権というものが古代にはまるで空気のように息づいていたというのは、奇跡のようなことだと思う。私はちょっとばかり変わっているからそういう概念を知っているし、優れた古代の考え方として大切にしてみようと思っているけれども、普通の人はそう考えないだろう。

「あなたにも人として生まれながらにして与えられた権利があります。必要以上の身体拘束は望ましくありません」

「先輩」のせせら笑う声が狭い小屋に木霊した。

「生まれながらだぁ? ならこんな山奥でのんきにしてて良いもんかね。そいつが踏みにじられてる奴らはそこら中にいるぜ」

 ほらね、世界はこんな風にできているんだ、という諦めの気持ちに心を持って行かれそうになった。いいよ、殺しちゃって。私がそう言えば、アトミールはどう答えるだろう。いけない。頭を振って野蛮な衝動を押しとどめる。

「……行こう」

 いけない。野蛮な衝動をなんとか押しとどめて私は小屋を出た。

 アトミールが出てくるまで待つ。やや離れた道沿いにはリヤンが佇んでいて、ちらちらと私を見る。蝶番の軋む音。右を向くと、彼女が出てきたところだった。

 出てくるなりアトミールが物言いたげにじっと見つめてきた。

「リヤンさんへの信頼が過剰ではありませんか?」

 遠くに聞こえないようさりげなく呟くようで、でも確かな抗議の色を帯びている。

「裏切るかも、ってこと?」

 返事は囁くようにした。彼女の耳にはこれで十分だ。

「そこまでは言いませんが――。少なくとも、裏切りによるリスクを最小化するよう立ち回る必要はあるのではありませんか」

 正論だと思った。でも。

「今はフェリ流にやってみない?」

「フェリエスさん流ですか?」

 唐突だったか。ちょっと反省。

「つまりね……リヤンはどうして今私たちに従っていると思う? 私たちが小屋に入っている間に逃げても良かったわけでしょ」

「そんなことは当然警戒していました。私の能動電磁視界では常に……」

 何かに気付いた様子で言葉を詰まらせる。

「そう。そんなことリヤンは知らない。知らないのに逃げなかったのは恐怖もあったかもしれないけど……私たちを試しているんだと思う」

「ようやくあなたの意図を理解しました。これは一種の契約ですね。クロエさんは彼や彼の所属する共同体の利益になると約束した。彼は今、この約束の履行に期待する方が、賊の行動に期待するよりも利益になると判断している。従って、この信頼関係が崩れない限り彼は私たちの要求に応じる」

 流石アトミール。一度わかり始めればあっという間だ。

「そう。だから、彼の期待を裏切らない行いをしなくちゃいけない。これが大前提。その上でアトミールが言うような安全策は取ってもいいかもしれないけど」

 これがフェリ流。つまり、威徳をもって従わしむるというやつだ。彼女ほどうまくやれる自信はない。けど、この方針で行かない限り、リーヴルタリス村の問題を解決するときに流血は避けられない。そんな気がした。

 内心の不安は閉じ込めてリヤンのところへと戻る。

「お待たせ。そうしたら作戦会議だね。村の様子を教えてくれる?」

 目が泳いだ。何か妙なことを言ってしまったかな。

「えーと、どういうことを話せばいいんですか」

 それもそうか。もっと具体的に言わないと困っちゃうね、確かに。

「賊は村の人たちにひどいことをしていない?」

 リヤンは拳を握りしめた。

「逆らわない奴にはしてないです。食べ物を集めたり、砦作りを手伝わせたりするくらいで。でも、逆らった奴はすぐに殺しちまいます。俺の父ちゃんも……」

「お父様はどうして?」

「父ちゃんは村のみんなが奴らの兵隊になるのが嫌だったんだと思います。父ちゃんたちとか爺ちゃんたちはあんまりかしら(・・・)の意見には賛成じゃなかったから。()が俺を鍛錬するって言い出したとき嫌がって、それで……」

「あんまりだよ、そんなの……」

 声が漏れた。その時倒れたリヤンのお父様はさぞ無念だっただろう。リヤンもそのことについて思うところがあるようだが、それでも彼らに従っていた。一体何故と訪ねたくなったけど、これはきっと聞かない方が良い。心の傷口に塩を塗り込むようなことだろうから。

 それにしても村民のうちの若者から兵を徴発して組織しているというのは厄介だぞ。最初に戦う相手が無辜の徴兵隊、みたいな話になりかねない。村の人たちと戦いたくはない。

「最初の頃は抵抗する人もいた、ということね。今はもういないのかな」

「そうですね。俺たちは試しに従ってみるしかないって思ってるし、母ちゃんとか年寄りとかはもう黙って言うことを聞くしかないって思ってます」

 いよいよ一暴れすれば解決するような問題ではなさそうだ。慎重に動いた方がいい。偵察がしたいな。

「リヤン。この辺りで村の様子を見るならどこがいいと思う?」

 リヤンが村の方へ指を差す。

「あっちの見晴らし台がいいですけど、ちょうどそこに砦を作ってるんで……」

「むう」

 思わしくない返事。つい黙り込んでしまう。

「大丈夫ですか?」

 うん? アトミールに目を向ける。

「いえ、眼鏡を外されたので、どうされたのかなと」

 ぼやけた視野で見る分だけ彼女のシルエットだけが強調されて見えた。

「あー……。本質が抽象されて見えるから……とか?」

「だいぶ曖昧ですね」

 厳しい指摘だ。きっと大学で同じようなことを言えば同じようなことを言われたろうな。答えあぐねて髪を撫でる。

「ごめん。あんまり意識してなかった」

 あははと誤魔化し笑い。た、頼りない。こんなんじゃリヤンに見限られちゃう。考えろ、クロエラエール・ヒンチリフ。完全な情報は得られない。限られた情報の中で判断しなければいけないときは原則に立ち返って考えるんだ。そうすれば、最小限の情報で判断できる。判断しきれなくたって、必要な情報が何かを絞り込むことはできるかもしれない。頭の中の図書館で目録を開き、戦いについての知識を引き出す。

「戦いの原則は相手の重心を打ち砕くこと。この場合の重心は多分(かしら)だろうね。つまり……うまく忍び込んで、(かしら)さえ取り押さえてしまえば犠牲は最小限にできる。どうかな」

「斬首作戦ですか。悪くないと思います。問題は、どうやって賊の幹部を取り押さえるかですが……。クロエさん、何かお考えは?」

 空を見上げた。雲はいよいよ厚くなり、今にも降りだしそうだ。

「リヤン。砦の番は誰が?」

「村のみんなです。あいつら、腕利きの斥候だけ麓に出して残りは指図したりしてますから」

「ふんふん……じゃ、こうしてみよう。アトミール、ちょっと無理させちゃうけど、いいかな」


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