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明ける世界の夢見る機械  作者: 壕野一廻
第2部「立ちはだかる世界」第1章「新たな日々」
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第30話「旧・環宝冠山脈連邦」

 部屋に戻ろうとする途中でアトミールから声を掛けられた。

「今後の行動方針を決定する必要があります。フェリエスさんから頂いた情報の共有も兼ねてお話させてください」

「そう? じゃあティンさんも呼んで――」

 口を開きかけたとき、彼女は口を塞ぐような仕草をした。

「二人きりで。お願いします」

 部屋の錠前を下ろして彼女へと向き直る。部屋の応接椅子が小さく見えた。

「これで大丈夫。……ほんと、アトミールって大きいよね」

「機体が大型であることは、計算資源や蓄電能力を豊かに備え、大型駆動装置の装備が可能であることを意味します。単純な数値化できる指標(カタログスペック)の上では極めて有利です」

「そっか。だからアルスパリア、あの人はアトミールよりもっと背が高かったんだね」

「大型化すればその分重くなりますし、人類に適合させている都市機能に適合しなくなります。私の標準体格は、性能要求と都市機能への適合性を勘案して均衡を取ったものです。戦闘に特化させるならば、そんな制限は不要ですからね」

 最後は吐き捨てるようだった。今となっては、彼女の気持ちはよくわかる。姑息な方法で出し抜かれた気持ちなんだ。

「アトミールのことだから、体格も調整できるんでしょ? 戦うときだけ変えたり、とか」

 フォローをしたつもりだったけど、彼女は愉快でないようだった。顔を大仰にしかめて首を振る。

「嫌です。自己修復ならまだしも、戦闘に有利となる水準の機体変更を即座に行うことはできません。早くて数日、徹底的にやれば数週間規模になるでしょう。となると、戦闘に備えるならば戦闘に特化した状態を常に維持する必要があります。私は戦闘に特化していないことに価値があるのであって、アルスパリア〇五二の類似品として自己を再定義することに興味はありません」

 おお、辛辣。別に彼女は怒っているわけではない。ただ、素直に気持ちを表現するようになっただけだ。特に、私に対しては。

「そっか。ごめんね」

「いえ。これは単に私のわがままですから」

 少しの間沈黙。私は、下から持ってきたお菓子を一口食べた。

「もう一つだけ、わがままを言っても良いですか」

 いいぞ、どんどん言ってね。心の中で呟きながらお菓子を飲み込む。こういう才能もあるんだから、アトミールってば凄い。

「空手形は切らない主義なの。先に聞かせて」

「アルスパリア〇五二は私さえ破壊すれば満足します。庇うような行動は絶対に取らないでください」

 なんだ。二つのわがままは、つまるところ一つなのか。自分は自分の思うように生きたい。そのために死んだとしても構わない、と。見上げた覚悟だと思う。でも、私にだってわがままを言う権利はある。芝居がかって口を尖らせる。

「そんな約束はしたくないね」

「どうしてですか。クロエさんに不利益はないはずです」

「死ぬのは……嫌だけどさ……。アトミールを見殺しにするのも嫌だよ。それを今、きっぱり絶対手を出すななんて言われても」

 やれやれ、というように首を振って、アトミールは私の目を猫背がちに覗き込んでくる。

あれ(・・)が付随被害を考慮せず私を破壊しにきたとき、あなたの献身は単なる無駄死にです。私は破壊されることを望みませんが、その上あなたの生命が浪費されるようなことにはなお耐えられません」

 無駄死にとまで言われてしまうと、さしもの私も反論がしづらい。しばらく考え込んだのち、降参することにした。

「わかった。わかったよ。じゃあ、無意味な手出しはしない。でも、勝ち目があるって思ったらやるよ。それならいいでしょ?」

「……いいでしょう。クロエさんの判断力を信じます」

「よし! じゃあ、約束ね。はい、契約成立」

 彼女の手を奪って握りしめた。

 彼女と私の視線、そして結ばれた手という頂点によって作られた三角形は、彼女の目がこちらに向いたことで崩れた。

「話を戻しましょう。受領した情報を分析したところ、エータについて独自の結論に至りました。おそらく、エータは単純な宗教団体ではありません。何らかの背後関係が強く疑われます」

 耳を疑う私に追い打ちを掛けるように、彼女は根拠を並べ始める。

「これらの資料は集計の観点が不足していたので、独自に集計しました。黒板を借ります。いいですか、まず時系列の観点で整理するとこう。元々治安機関が注目するような行動は多くありませんでした。内容的にも偶発的衝突の部類が多い。ところが、ここ数年になって件数が急増し、政治中枢に対する浸透工作のような政治的非公然活動が多くを占めるようになりました。このことから、近年になって何らかの意志決定が行われ、直接行動路線を取り始めたと考えるのが合理的です」

「警備部が捕捉できていないだけ、ということはないの? フェリが最近の情報しか集められていないだけということもありそうだし」

 手元にある情報の傾向が、全体の傾向を表しているとは限らない。統計の基本というやつ。古代には常識だったと聞いたし、アトミールだって当然知ってはいるはずだ。

「クロエさんの指摘は妥当です。バイアスを完全に排除するためには情報獲得の方法を制御する必要がありますが、限界があります。したがって、誤断の可能性を留保しつつ推論をしていくしかありません。その上で有用な補助線たり得るのが、『未知敵対者』の存在です」

 アトミールはそう言って、今の図を消し始めた。

「私たちの旅には奇妙な点が多い。始まりの日からして異常なのです。戦略兵器の直撃にも耐えるよう設計された星の浮島支処の隔壁が解放されていた理由に心当たりはありますか」

 彼女が眠っていた遺跡の名だ。厳重な扉によって封印されていて、幾度とない調査をはねのけてきた謎めいた遺跡が、海賊が私たちの領地を襲ったまさにその日に限って扉を開いていた。あの日々は目まぐるしくて疑問に思う余裕がなかったけれど、言われてみれば奇妙だ。私が黙って首を横に振るのを確かめると、彼女は再び口を開く。

「まるであの海賊たちを迎え入れようとしていたかのようでした。ここから考えられる可能性は二つ。まずは彼らや未知敵対者が開けさせた可能性。そして、扉が自然に開く何らかの条件を彼らが知っていた可能性です」

 扉が開く条件と聞いて、私の頭にひらめくものがあった。

「そういえば、受付の機械が何か言ってたよ。放棄してから時間が経ったので公的特別措置がどうの……だったかな」

「少し待ってください……なるほど。公的研究機関は、破棄されないまま一定期間放置された場合には原則として内部を公開するように定められる法があったようです。理由としては、まさに今のような状況を想定していたようですね。長期間公的施設が放置される状況は社会の崩壊状況を強く示唆するので、情報を秘匿するよりも公開した方が有益であるという趣旨です」

 そんな未来の話まで考えていた国でも滅びてしまうなんて、なんだか空しいな。

「ふうん……って、またなんか話が逸れてない?」

「く、クロエさんが悪いんですよ。こういう話をするとクロエさんいつも喜ぶじゃないですか」

「それは……そうかも……」

 いたたまれない。私は思わず頭を掻いた。

「クロエさんの話からすると、後者の可能性が高いでしょう。この施設を知っていて、しかも隔壁が解放される日を正確に把握していたとなると、未知敵対者は恐らく、旧環宝冠山脈連邦の行政組織と関係があります」

 誤魔化し笑いを浮かべていた顔をどう持っていくべきか困った末、顔の筋肉が変な引きつり方をしている。さぞかし変な顔になっているだろう。

「え?」

「ですから、前崩壊時代から連続性を持つ、環宝冠山脈連邦の政権関係者が背後にいると思われます」

「えーっ!? じゃあ、ケイレアが?」

 大変なことだ。連邦中央を相手に回して戦うなんてなったら、とんでもなく面倒なことになる。私たちは大丈夫でも、領地に追討の兵を挙げられたりするかもしれない。そうなったら父さまたちはどうなることか。取り乱しかけた私を彼女が手で制する。

今の(・・)環宝冠山脈連邦は無関係でしょう。行政が未知敵対者と関係しているなら、海賊や宗教などを隠れ蓑にする必要はありません」

「今のってことは……連邦が二つあるってこと?」

「前崩壊時代の環宝冠山脈連邦の少なくとも一部を継承した勢力が二つ以上存在するというのがより厳密な表現です。その内の非主流派である未知敵対者は国土を継承できなかったようですが、科学技術の少なくとも一部を継承することに成功していると考えるべきでしょう」

「ややこしいな。でも、本当だったらいろんなことがひっくり返る話だよ。古術学やってるのが馬鹿みたいな気がしてきちゃう」

 もう誰かが知っていて独り占めにしているものを必死になって掻き集めているんだから。そう考えて、いいや、と思い直す。

「でもまあ、いいのかな。そうやって積み上げていったものには、出来合いの成果をそのまま使っているだけとは違う何かがきっとあるんだから」


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