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仕事を終え、終電に近い電車に乗って帰宅。
電気がついていたので、彼女がいるのは分かっていた。居間に入ると、彼女がいつものように定位置に座って自分が映る動画を批判的に見つめていた。
こちらに目を向けると、にこりともせず言った。
「お腹すいた。何か作ってよ」
「また晩飯食ってなかったのか。
俺を待たずに適当に外食してろよ。
俺より金稼いでるだろ、お前」
「嫌」
俺は肩をすくめた。
「こんな夜遅くに食うと太るぞ。
……軽く腹に入れるぐらいのものしか作らないからな。
素麺があったかな。それぐらいだ」
「それで」
彼女はまた自分が映る動画のチェックに意識を戻した。
俺は台所に入り、適当に湯を沸かして素麺を入れ、適当に二人分のつゆを用意した。ネギを少し切って、それだけだと味気ないなと思ったので、味の変化用に梅肉を皿に少し盛った。
できあがったので居間に運び、彼女の前のテーブルに並べて、自分は彼女の隣に座った。
笑顔の彼女が映る動画を眺めながら、俺はしばらく無言で彼女と並んで遅い晩飯に箸をつけた。
動画の中の彼女の声と、素麺を食べる音だけの時間が過ぎた後。
なんとなく、俺は言った。
「俺は後悔してるよ。
俺にはあのとき、お前の笑顔にケチをつける資格なんかなかった。
常に本心からの表情を浮かべるのが格好いいなんて、結局はガキの理想論だよな。
他人のために表情を作ることを嫌がるなんて、社会を知らないガキの思い上がりだった。
お前は今じゃ、俺より立派な大人だよ」
画面の中でまるで本心からに見える笑顔を作って自分の居場所をしっかり確保している彼女は、成功した大人だと思う。
会社の中で下手な作り笑いをしてなんとか自分の居場所にしがみついている俺は、まあ、少なくともガキではなくなったんだろう。成功する未来はとんと見えないが。
そう思っていると。
かなり長い沈黙の後に。
画面の中で笑う自分を指さして、彼女が言った。
「ねえ。
私に毎日あんな風に笑っていて欲しい? 朝から晩まで、ずっと。あなたの前にいるときも、ずっと」
「……どうかな。
いや、今さらだな。
絶対落ち着かない気分になる。
今さら大人の外面を取り繕って付き合う仲でもないだろ。
好きな顔をしてろよ」
ガキの理想論だとしても。
ガキの思い上がりだとしても。
いや、ガキの頃に上手く本心を伝え合えなかったからこそかもしれないが。
俺は、彼女の本心からのしかめっ面を見ているほうが落ち着く。
彼女には、本心とは違う笑顔はして欲しくない。
「笑いたくなったら好きなように笑えよ。
そうでないなら、俺にはしかめっ面を向けてくれるのがお似合いだ。
お互いわがままなガキみたいに、さ」
そう俺が答えると。
少しの間、真剣に言葉を考えるような様子をしていた後に。
彼女は言った。
「私は、あのときあなたが私をふったことに感謝してる。
あなたの言葉に感謝してる。
あなたがああ言ってくれなかったら、私は変われなかったから」
彼女の口角はほんの少し上がって、もしかしたら笑っていたのかもしれない。動画の中の彼女とは違う、ひねくれた分かりにくい笑顔で。
それから。
「今日は泊まっていくから。朝ご飯はもっとちゃんとしたもの作ってよ。それからお昼ご飯用に弁当も作って。あれがいいな、シラスの入った卵焼き」
「お前はいつまで俺に飯の用意をさせるつもりだよ」
「結婚するまで? 結婚した後も?」
「それはどういう意味だ。俺はどういう立場になるんだ」
「知らない」
俺はしかめっ面の彼女と一緒に、動画の中の彼女の笑顔を眺めながら時間を過ごした。
いつものように。ずっと。




