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彼女は俺の幼なじみで、昔から家族ぐるみの付き合いがあった。彼女の親ははっきり言って良くない親で、娘をほとんどうちの家族に押しつけるようにしていたので、俺と彼女はまるで兄妹のように同じ屋根の下で育った。
俺の親も共働きで家に両方ともいない時間が多かったので、その間は俺が彼女の面倒を見た。彼女の食事の用意も俺の担当だった。
彼女は、いつも笑っている子供だった。
楽しそうに? いいや、おどおど、きょどきょどと。他人の感情を刺激しないように曖昧な笑顔で部屋の隅っこにいる、そんな少女だった。
多分、自分の親と時間を過ごす際にそういう距離感が一番被害を受けなかったからだろう。
思い返せば、俺は仕方なく彼女の面倒を見ていた。
俺の親の言いつけ通り家事をしていた中で作業の一つとして彼女の食事を作り、何か話しかけられれば言葉は返した。そんな俺のことを、彼女はどう勘違いしたのか面倒見のいい兄貴分として慕ってくれていたようだった。だが俺自身はそのことに何も思い入れは感じていなかった。
だから。
俺が高校生で彼女が中学を卒業した年の三月、彼女が俺に恋心を告白してきたとき、俺は本心から彼女を拒否した。
なぜなら。
彼女が嫌いだったから。
おどおどと上目遣いで弱く笑う彼女が大嫌いだったから。
クソだとしか言いようのない自身の親に対していつも媚びた作り笑いを浮かべる彼女を見る度に、反吐が出そうだったから。
「俺はお前のその嘘くせえ笑い顔が大っ嫌いだ」
そう言った俺の言葉を聞いて、彼女はひどくショックを受けた顔をした。
今にして思えば当たり前だし、ひどい話でもある。俺もまあ、よくよく思い上がった傲慢なガキだったものだ。
今の俺があのときあの場所にいたら、きっと俺自身をぶん殴ってる。
ともかく、それがあのときの俺の答え。今の彼女を形成する転機になったらしい言葉。
その後しばらく彼女は泣いていたが、俺は構わず放っておいた。
それからの数日間、彼女は部屋の隅でうずくまっていた。その目は放心して床を見ているか、それとも縋るように俺を見ているかだった。俺が言葉を翻すのを切望しているような嘆願の表情が癪にさわったので、俺はそんな彼女をほぼ無視した。いつものように、飯の支度や風呂の用意はした。それ以上構うつもりは毛頭なかった。
一般的な子供なら、すぐにでも自分の家に帰りたかったはずだと思う。親が彼女を慰めてくれるようなまともな親だったなら。だがそうではなく、むしろなるべく帰ってくるなと明言すらされていたので、彼女は家に帰ろうともせず、かといって他に行く場所もなく、部屋の隅でうずくまっていた。
勝手にしてろ、と俺は思っていた。
今まで通り、世話はしてやる。でもそれは仕方なくだ。進んでじゃない。そう思っていた。
事務的に食事を用意し、風呂が沸けばさっさと入れと声をかけるだけはかけた。彼女の表情の変化など、気にもしなかった。少なくとも数日の間は。
気がつくと。
彼女は笑わなくなっていた。
俺は何日も経ってからようやくそれに気づき、食事を用意しながら言った。
「なんだ、へらへら笑いはやめたのかよ」
すると彼女は俺をにらんだ。
「だって、嫌いなんでしょ? 私が笑うのが」
俺はちょっと驚いたが、肩をすくめた。
「お前の嘘くさい笑顔が嫌いなだけだ。
だけど、お前も極端だな。高校が始まったらそんな顔すんなよ? 友達なくすぞ」
「……」
彼女は俺をにらんでいたが、ぷいっとそっぽを向いた。
それから数日、彼女は浴室の鏡の前に陣取って自分の顔をにらんでいた。
後で本人から聞いたところによると、笑顔の練習をしていたそうだ。
「嘘っぽく見えなければいいんでしょ。
そんな笑顔を身につければいいんでしょ。
そうすれば、私は好かれるんでしょう」
彼女が高校に入って新しく出来た友人たちに嘘のように明るい笑顔を見せているのをたまたま街で見かけたのは、しばらく後のことだ。
彼女が自分で自分を映した動画を配信するようになったのは、それからさらに先のこと。
しかめっ面の本人いわく。
「友達に勧められたんだけど、すごくいい。
鏡よりもすごくいい。
自分の笑顔を他人目線で見てみると、どこが嘘っぽいのかよく分かる」
数年経つと彼女はいつの間にか人気のある動画配信者になっていた。自分で撮るだけでなく、他人に呼ばれたり、どこぞの会社が主催する公的な催し物に出ることになったり、テレビにも出た。いわゆるアイドルという奴になったらしい。
テレビに出たときの紹介によると、輝く笑顔がとても素敵なアイドル、だそうだ。
だがそうして自分が出演した映像を俺の家で見直す彼女は、いつもしかめっ面だ。




